「アリィン、復帰後初の任務だ」
司令室に呼び出されたので来てみると、ようやく私に任務の話がやってきた。
怪我が完治してからいつでも任務に出れるようにと毎日欠かさずトレーニングしてきたし。
これでやっとコムイの役に立つ事ができる。
「比較的楽な内容だけど、気を抜いたら危ないからね」
「はい、わかってる」
「パートナーは神田くん。もうすぐ来る頃だと思うよ」
……なんて、事務的な会話だろう。
「……今まで迷惑かけてたからしっかりやって来るね」
「ああ、無理しない程度に頑張っておいで」
また、欲が出そうになる。
今は仕事なのに、少しでも私を『恋人』として心配して欲しいなんて。
「でも神田くんと一緒なら何も心配はないね」
「…………っ?」
……引っかかる台詞だと思うのは気のせい?
確かに神田くんなら信頼できるし、背中預けられる存在だし。
でも、どうして今それを言うの?
私が気にしすぎるだけ?
……ねぇ、どうして私の目を見てくれないの?
一瞬の沈黙があった後、ノックの音と共に神田くんが入ってきた。
「ごめんね、任務続きで」
「……別に」
ここの所任務続きで少し疲れた顔をしている神田くん。
……待機中のエクソシスト、他にもいるのに……
「じゃあ2人揃ったから、これ資料ね。よく目を通しておいて」
……どうして?
「フランスの小さな村なんだけど、村人が忽然と姿を消したらしい」
顔上げてよ……こっち見てよ……
……私は、貴方の何なの……?
35・Stifle
「あ、久しぶりねアリィン、お買い物?」
「ううん、やっと帰って来れたから気晴らしにね」
任務は無事に終える事ができて、さっき報告も済ませてきた。
コムイに休んでいいよと言われたけど、何となく気分転換がしたくて部屋にも帰らないで教団の山を降りた。
任務の間もあまり集中できなくて何度自分で自分を叱咤しただろう。
これではまた怪我してしまう、それだけは避けたかった。
コムイに迷惑かけるのだけは嫌だった。
「大変ねぇ……でも頑張ってね、私も出来る限り協力するから」
「ふふ、ありがとう」
教団の山から降りてすぐの街は教団の者がよく買い出しに来る。
その中でも、教団の協力者であるこの店でほとんどの買物を済ませる。
ここは所謂『何でも屋』で、様々な情報も入手する事ができる。
「このあたりは大丈夫そうね」
「最近は特に気になるような事はないね。あ、良いコーヒー豆が入ったんだけど持っていく?」
「ありがと、ウチって絶対コーヒー消費量が一番多いと思うんだよね」
これとこれとこれ、なんて買う商品を指さしながら、近況も混ぜて会話をする。
この店の看板娘とも呼べる彼女とは同じ年頃で、いつしか友達のような間柄になっていた。
「あのねアリィン、突然なんだけど……私達、結婚する事にしたの」
「え!?本当に!?」
いきなりの報告に目を丸くしていると、奥から誠実そうな男性が現れた。
彼も協力者の1人であり彼女と付き合っている事は前から知っていたが、
まさかこのタイミングで結婚に踏み切るとは思っていなかった。
仲睦まじそうに腕を組み、そして幸せそうに微笑んだ。
「私達は協力者だから、浮ついた事してる暇なんてないのはわかってる。
だけどこんなご時世だからこそ、早いうちに結婚しようって決めたの」
ね?と見上げてくる彼女に彼も笑ってみせた。
「俺達はいつ死ぬかわからない、もしかしたら明日死ぬかも知れない。
だから短い間だけでもこいつと一緒に生きて、今の内にたくさん幸せにしてやろうってな」
「おめでとう……そんな、短い間とか言わないでずっと幸せになってよ!」
人生の幸せの絶頂にいる2人にアリィンも自然と笑顔が零れる。
しっかり未来を見定めて、だけど相手を幸せにしてやろうという想い。
愛し合い、支え合うその姿は温かくて、だけど眩しい存在で。
「えへへ、ありがとアリィン」
綺麗な笑顔を溢れさす彼女が、少し羨ましいなと思った。
アリィンだって29歳だ、結婚に憧れた事だってある、子供が欲しいと思った事もある。
愛してる人の子供を持つというのはどんな感覚なのか夢に見た事もある。
子供の頃は、家庭を持つという幸せを思い描いたものだった。
だけど初恋を経験し、恋愛を重ねていくごとに、
そうなるのが当たり前だと想像していたものがどんどんと遠くの存在になる。
こんなものかと現実を知り、ある程度の満足で許容するしかなかった。
……そしてたった1人愛した人は、そんな幸せを求めてはいけない人だった。
いつしか、『女の子』の願望は消えていた。
「アリィンもそろそろいい歳でしょ?そういう人はいないの?」
「え、私?……う~ん……でも私はエクソシストだから」
「そんなの関係ないって、誰にでも幸せになる資格はあるんだから!そうだ、アリィンにいいものあげる!」
ゴソゴソとポケットから取り出したのは、2つのリングが鎖のように繋がっているペンダント。
「これはおまじないのペンダントなんだよ」
「おまじない?」
「2つのリングが離れないようになってるでしょ?
片方のリングに自分の名前、もう片方のリングに好きな人の名前を刻むとね、2人はずっと一緒にいられるっていう、恋のおまじない」
「へえ……懐かしいね、おまじないとか」
「せっかく遠くから買い付けたんだけど、私達はもう必要ないからアリィンにあげる」
「そうなの?じゃあもらっておこうかな……」
若い頃に戻ったようで何となく嬉しい。
「アリィンだって付き合ってる男の1人や2人はいるんでしょ?これで一気に結婚まで持ち込むのよ!」
その言葉でアリィンの顔は一気に曇った。
「…………うん……」
アリィンはペンダントを眺めた。
銀色のリングは決して離れないというように寄り添っていた。
それを握りしめると思いの外冷たくて、余計に不安な気持ちに駆られた。
司令室に戻ると、ソファーに誰かの後ろ姿が見える。
すぐにそれは足を抱えてうずくまっているアリィンだとわかった。
寝ているのかと正面に回ってみると、彼女はスッと顔を上げ『おかえり』と微笑んだ。
……何かがおかしい。
「アリィン……どうした?」
「ん~?どうもしないよ?」
顔色一つ変えないでアリィンは再び膝に顔を埋めた。
スカートなのに足を上げているから、正面に立っているとその中が見えてしまいそうで、
不自然にならないように目を反らしてコムイは自分の椅子に座った。
―――「リナリーちゃん、これあげる」
「え、ホントですか!?ありがとうございます……!」
「これはね、好きな人とずっと一緒にいられるっていう恋のおまじないなの」
「……好きな人とずっと、ですか……?」
「リナリーちゃんにはまだそんな人いないかもしれないけど、もしできたら使ってみてね。結構効くらしいよ」
「……でも、それならこれはアリィンさんが―――」
『アリィンさんが使った方がいい』とは、その完璧な笑顔の前ではどうしてか言えなかった。
「……あ、ありがとうございますアリィンさん、使う時が来たら一番に報告しますから……」
「ええ、楽しみにしてるね」―――
「……アリィンがそうやって寝てる時は何か悩みがある時だろ?」
……珍しく心配してくれてるんだ。
ねぇ、それは仲間として?恋人として?
「……何でもない、ちょっと傷口が痛んだだけ」
「…………ならいいけど」
バレバレの嘘だったけど、コムイはそれ以上は何も言ってこなかった。
一瞬だけ合った漆黒の目は、すぐに見えなくなった。
―――好きな人とずっと一緒にいられるおまじない―――
……ずっと、コムイと一緒にいられる……?
だって私……コムイの気持ちをはっきり聞いた訳じゃないんだよ。
――忘れた事はない――
――やり直そう――
忘れた事はないったって、好きでいたとは言ってないし。
コムイが私を想ってくれている、それに自信を持って頷くには……あまりにも無理がある。
これでは今までとあまり変わらない。ただの、仲間でしかない。
それとも、私は貴方を信じていればいいの?
貴方は私を好きでいてくれるんだと?根拠は?
……信じさせてくれるだけの言葉を、貴方は一言でも言ってくれた?
仕事以外に会う機会なんていくらでもあったのに。
こんなの……恋人でも何でもないじゃない。
……ねぇ、これは私の我がままなの?
私がまた1人で空回りしてるだけなの?
あんな可愛らしい願掛けを持ってたって、虚しくなるだけだ。
「……コムイ……この戦いはいつまで続くの?」
このエクソシストと室長という関係はいつまで?
仲間という生温い関係でいられるのはいつまで?
「……全てのカタがつくまで、だね」
「…………そう」
今はまだ仲間という関係に縋っていられる。
だけど全てのカタがついたら、私達は一体どうなってしまうんだろう……
こんなんじゃ、昔と何も変わらない。
未来を予想しようとしても、不安しか浮かばない。
私が言葉を切ればコムイはまた仕事に戻る。
あの頃とは違って、この沈黙が『安らぎ』とはもう思えない。
つい先日までは全てが愛おしくて、幸せだったのに。
何も怖いものなんてなかったのに。
日を重ねていくごとに、雲のようなものが私の中で大きくなって。
……コムイと、上手く話せなくなった。
仕事上の会話なんかじゃなくて、普段どんな事を話していたのか思い出せない。
どんな風に切り出したらいいのかわからない。
あの頃……出会った頃は、取り留めのない事ばかり話していたのに。
何を話して、どうやって笑い合っていたのだろうか。
わからない。
……今はもう、不安で仕方がないんだ。
ヨリを戻したんだと思っても安心しきれなくて。
付き合っているという感覚もほとんどなくて。
言いたい事が増えていく、だけど言えない。
ねぇ、いつか……いえ、後もう少しかもしれない……
貴方はまた、私を――――?
お願い……顔を上げて、私の目を見て、安心させてよ……
……その、何も言わない貴方が怖い。
そうだよ、私は……怖いんだ。
ずっと、ずっと……………怖くて仕方がないんだ。
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ヒロイン、沈みモードまっしぐらです(笑)
前と同じシーンですが考えてる事が少し変わってます。
これでヒロインの心情もちょっとはわかりやすくなったかな、と思います。