とある日常の非日常的なコト。
「終わったかぁ~~~?」
「終わりませぇぇぇぇぇん~~~!」
そんな会話は日常茶飯事の事。
科学班は雑務処理がもの凄く大量で、徹夜という言葉はもういらないほど24時間働いている。
「室長~~……?室長ぉ~~~~?」
コムイは完全に機能停止状態だった。
リーバーはフラフラとそれこそ幽霊のようにコムイを殴る。
「起きてくださいよぉ~~室長ぉ~~!」
いつもの『リナリー起こし』をすればいいものを、今のリーバーはそこまで頭が回らない。
数十回殴った所でリーバーは耳元で囁いた。
「リナリーちゃんが結婚しちゃいますよ~~」
「うおおおおおおおおリナリー!!!!」
どこから取り出したのかロケット砲を振り回すコムイ。
「勝手に寝ないでくださいよぉ~~!」
落ち着きを取り戻したコムイは、フラフラと焦点が合わない目で司令室のドアに近寄る。
「どこ行くんスか室長~~!仕事してくださいよぉ~~!!」
「……に入る」
「はい~~?」
「お風呂に入る!!!」
叫び声にも似た音量でコムイは半狂乱でドアを開ける。
しかしリーバーは負けじと後ろから羽交い締めにする。
「え、いや、ちょっと待ってくださいよ!まだ仕事がぁ~~!!」
「いやだぁぁぁぁ!入るんだいっ!お風呂に入るの~~~!!」
空中で空回りするコムイの足がマンガのようにいくつも残像を作る。
もう2人は涙ながらに訴え続ける。
「そんなの入らなくたって生きていけますって!!」
「もう4日も入ってないんだよぅ!!リナリーに嫌われちゃうよ~~!!」
「俺だって入ってないッスよ!!」
「はいっ!風呂に入ってリフレ~~ッシュしたい人この指止まれっ!!」
くるっと向きを変えてコムイが指を掲げると、数人が泣きながら抱き付いてきた。
「室長ぉ~~~!!!」なんてムサい男達の人だかりが一斉にできあがる。
「じゃっ!という事で後はよろしくねリーバーくん☆」
「よろしくね☆じゃなくて!!」
十数人対一人では明らかに分が悪くて、半ば引きずられていくリーバー。
「それじゃあリーバーくんも入れば良いんだよ!」
「は!?」
「はい決まり決まり~~!!」
「いやいや、司令室空にしてどうするんスか!」
「まぁ何とかなる☆」
「何とかなりませんてーー!お、俺は……仕事があああぁぁぁぁ…………!!」
ずるずると、リーバーの叫びはフェイドアウトしていった。
7・Irresistibility
「あ~~~~いい湯ッスねぇ……」
うっとりとリーバーは湯舟に浸かる。
その他数人も魂が抜けそうな勢いでほけ~っと悦な気分になっている。
「気持ちいいだろぅ~~?」
「はぃ~~~気持ちいいッス………」
結局、リーバーも風呂に入りたかったらしい。
皆、思い思いに風呂を楽しんでいた。
体を洗う者、風呂で泳ぐ者、コムイとリーバーのように風呂に浸かって昇天している者など。
さながら中学生の修学旅行のようであった。
―――と、そんな時。
「あ、ホントだ人がいない」
「でしょ~!この時間が一番空いてるんですよ!」
突然聞こえた女の声に、男湯の面々は凍り付いた。
(お、おい、あの声って……)
(リナリーちゃんとアリィンさんじゃあ……!)
コソコソと会話をしていると、とある人物からもの凄い殺気オーラが溢れているのに気がついて口を噤んだ。
何故こんなに向こうの会話が聞こえるのか?
それはここを作った人の下心からである……のかはよくわからない。
ゴクリと生唾を飲み込むような音が男湯の各所から聞こえた。
「……どうやら女湯の方みたいッスね……」
「~~~~~!」
コムイは声にならない程怒りで震えていた。
僕のリナリーを……!そんな目で見るなぁ!想像するなーーー!!
そんな威嚇の形相で周りの男達を威圧して回る。
……だけど、誰も風呂から出ようとは言い出さない。
そんな抗争など露知らず、女湯でははしゃぎ声が聞こえる。
「うわぁ……いつも思ってたんですけどアリィンさんって凄くスタイルがいいですよね~!」
「何言ってるのよ~……リナリーちゃんだってスタイルいいじゃないのよ~!
ほらこの肌!スベスベで柔らかくていいなぁ……!」
「へ、変な所触らないでくださいよ~っ!アリィンさんだって……着やせするタイプなんですね……」
「もう、私の見物料は高いよ~?」
(ブッ……!!)
数人の脱落者達が次々と鼻血を吹き出す。
浴槽がだんだんと赤く染まっていくが、誰も出ようとはしない。
男組としてはもう意地だった。
「アリィンさんなら男の人が黙っちゃいないですよね~!」
「残念、そんなにモテないよ」
「え!?恋人とかいないんですか!?アリィンさんなら絶対いると思ったのに……」
「……昔はいたけどね」
(おい!アリィンさん彼氏いないんだとよ!)
(何ぃ!?じゃ、じゃあ俺にもチャンスあるかな!?)
(バカ言うなよ!お前みたいな奴アリィンさんが相手にすると思うか!?)
数人がコソコソと話す所に、遠くの方から殺気を感じて思わず身を震わせた。
(……ん?リナリーちゃんの話じゃないのに何で?)
ふとそう思う人もいたが、状況が状況なだけにそれ以上不思議には思わなかった。
「へぇ~~いいなぁ……私もちょっと憧れちゃうけど、何せあの兄さんが……」
「あぁ、あれを説得するのは大変そうだね……」
アリィンは怒濤の如く暴れ回る姿を想像して、少しリナリーに同情した。
「そうか、じゃあまだ男の子と付き合った事ないんだ?」
「そんなまだないですよ~!」
リナリーは顔を赤らめて慌てて手を振る。
そんな様子が初々しくて可愛くて、少女だなぁ……なんて思った。
「……どんな恋でも、やっておいて損な事はないと思うよ」
アリィンだって、コムイが初めて付き合った人ではない。
初恋もあって失恋もあって……そして期限付きの恋愛。
今思い出すと腹立たしい事件もあった、だけどそれらは全て自分の糧になっていると思う。
良い意味でも…………悪い意味でも様々な感情を経験できた。
……どんな未来になったとしても、全ての過去が重なって『私』ができる。
「傷つく事もあると思う……だけど、そうやって人間って生きていくんだから」
「……傷ついたんですか?」
「……傷ついた事はないよ……苦しかったけど……」
それは……きっと忘れられない最後の恋愛。
(アリィンさん……色々経験してるんだ……)
(誰だよアリィンさんを苦しめたのはっ!)
(そうだ!俺なら絶対そんな事しないぞ!)
「……………」
男達が口々に興奮する中、ふとコムイの目付きが変わった事は誰も知らない。
「あ~~凄く気持ちいい……」
湯舟に浸かっておばさんみたいだけど、気持ちいいんだからしょうがない。
「……でも何でお風呂の湯が青いの……?」
「これ……今日はまだまともな方ですね」
コムイは実験と称して様々な入浴剤をお風呂に入れる。
それで危ない目に遭った人は数知れず。
だけど懲りずにあの科学オタクは生き生きと入浴剤の研究を続ける。
「まったく、変な所でこだわりをもつ人ね……」
「……あの、アリィンさんと兄さんってどんな知り合いだったんですか?」
「え……?」
「だって兄さんが女の人と仲良さそうにしてるのってあんまり見た事がなかったから………」
「……そうね……」
リナリーの興味津々な顔に、アリィンはちょっとだけ昔話をする気になった。
彼の大事な妹と2人だからか、開放的なお風呂だからそんな気になったのかはわからないけど。
最近は、あの頃の事ばかり思い出して仕方がない。
「……私の父は中国人でね、イギリスで道場を開いていたの。あ、母はイギリス人だけどね」
「あ、じゃあアリィンさんてハーフなんだぁ。どこか東洋人っぽくない顔だったから……」
あまりヨーロッパ系の顔でもないけどね、アリィンはそう付け加えて笑った。
「18歳くらいの時に両親は事故で死んじゃって……その時に私が道場を継いだの」
片田舎の、本当に小さな異色の道場。
「でもその頃道場は廃れててね……何とか門下生を見つけようと思って色んな街に行くようになった」
必死だった。
異国の地で一人、見せ物になって渡り歩いて……
「街の真ん中で模範演技をして、興味のありそうな人を引き込んではまた違う街に行って……」
たった独りで生きていかなくてはならない、そう言い聞かせながら作り笑顔の毎日。
親しい仲間は何人もいた、だけど道場を始めた父の血を継ぐのは私だけ。
そうやっていつも気を張り巡らせていた。
正直、投げ出したくなったんだ。
ヨーロッパで中国武術が流行る訳ないと思ってたし、ふいに訪れた『主』という責任。
頼っちゃいけない、何故かそう思っていた。
「……そんな時だったかな、同じ東洋人に会ったのは」
「それが兄さん?」
「そう……」
……ヨーロッパという異国で見つけた彼女は、一際異彩を放っていた。
人が群がる中で、長い黒髪を靡かせながら棍を器用に扱う。
研究で明け暮れる毎日に、宝石のように煌めく赤い瞳は一瞬で僕の目を引いた。
――「君も東洋人なんだ?」――
気がつけば彼女を取り囲む人だかりの一番前にまで来ていて、思わず声をかけた。
多数の視線を浴びて、我を忘れて飛び出した事に気がついて一瞬どうしようかと焦った。
だけど彼女も同じ東洋人を見つけた喜びからか、満面の笑顔で答えてくれた………
「道場とは全く関係のない仲間ができたからかな……凄く嬉しかった」
最初は同じ東洋人だという事で、これほど心強い仲間はいないと思えるほど彼を頼りにした。
彼も私を頼りにしてくれていたと思う。
だけど、夢も目的も曖昧な私とは逆に彼には強い意志があった。
「コムイね、妹を助けるんだってずっと研究ばかりしていたよ」
それから次第に……何かに必死になってる姿に憧れを持つようになって。
いつしか、あの優しい眼差しに見惚れてしまった。
「でも……こんな可愛い妹だなんて思わなかったな。コムイが溺愛するのもわかるよ」
「へへ……ちょっとしつこいですけどね」
「そんな事言って~、お兄さんの事好きでしょ?」
「……それはそうですよ……だって、私を助けてくれたんだから……」
恥ずかしそうだったけど、リナリーは嬉しそうに頬を染めた。
その笑顔はコムイが取り戻したものなんだなぁ……
……よかったね、コムイ……
「リナリーちゃん、お兄さんを支えてあげてね……?」
「え?は、はい……それはもちろん!」
その笑顔が見られたのだから、あの2年半が無駄ではなかったと思いたい。
あんなに必死だったコムイの姿を傍で見られた……それだけでとても尊い思い出な気がした。
……私の代わりに、コムイを愛してあげて……
その願いを、アリィンは笑顔に乗せた。
「……あれ?もう出るんですか?」
赤い顔したリーバーが声を掛けるが、コムイは振り向くことなく大浴場を出る。
それがきっかけになったのか、のぼせかかった男達が一斉に湯舟から飛び出す。
「……仕事、溜まってるからね……」
コムイは誰にということもなく呟いた。
それが……アリィンを苦しませて勝ち取った地位にいる僕の、唯一出来ることだから………
「……そういえば俺、前に室長の噂を耳にした事あるんですけど」
全員がそろそろ湯舟から出ようと思っていた矢先、一人がふいに口を開いた。
上半身を出しかかったリーバーも何となくそちらに意識がいく。
「なんだよそれ?」
「本当かどうか知りませんけど、コムイ室長……室長になる前に同棲していたらしいですよ」
「は?本当なんかそれ?」
「あくまで噂ですから何とも言えないですけど……」
「で、その相手は誰なんだよ?」
「さぁ~……そこまでは……」
男達は、さっきのアリィンの昔話を思い出していた。
そして早々に風呂から上がったコムイの態度。
「……まさか……」
「ま、まさか……いや、そんな事ないですよね!」
「そ、それはないだろ!だって昔付き合ってたとか、そんな素振り一切見せないし!」
「……隠してるとか?」
「……さぁ~~~……?」
男達は揃って首を傾げた。
だけどどこにも確証はない為、その話はそれ以上される事はなかった。
たぶん思い過ごしだろうと、そういう結論になった。
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風呂話(笑)
日常風景みたいなものを書いてみたかったので。
風呂につかる外国人………ちょっと面白いぞ(え?)