「わざわざ買い物に付き合ってもらっちゃって……すみませんアリィンさん」
「いいのよ、私も買い物したかったしね」
コムリン事件から数日、未だ修復工事が行われている司令室にアレンはヒョコっと顔を出した。
どうやら日用品を買いに誰かを誘いに来たらしいのだが、
そういうのに一番得意そうな………というか目的のリナリーはちょうど外出していなかった。
そこで、いつも司令室に出入りしているアリィンが代わりに一緒に行くことになった、という次第だ。
「ごめんね、リナリーちゃんの方がよかったでしょ?」
「い、いいえ!そんなことは決して!!」
アレンは力一杯手を振る。
「可愛いもんねリナリーちゃん」
……アリィンさんも十分綺麗です……
「?何か言った?」
「いいえ!何でもないです!!」
挙動不審なアレンの両手に抱えた紙袋がガサガサと音を立てる。
「あの……いつも司令室で手伝いしてますよね?」
「どうせ部屋にいてもする事ないし、暇潰しに。……でも今は仕事どころじゃないけどね」
「そ、そうですか……」
語尾が微妙に強調されていてアレンは汗が噴き出るのを感じた。
……アリィンさん、怒ってても笑顔だから怖いなぁ……
「アリィンさんは何を買ったんですか?」
とりあえずアレンは話を変える事にした。
すると買ったものを覚えきれてないらしく、紙袋の中を物色しながらアリィンは順に挙げていく。
「え~と、リナリーちゃんにはリボンと、科学班のみんなにはケーキと栄養剤と……あとはブルーマウンテンかな」
「ブルーマウンテン?」
「コーヒーの銘柄よ、コムイが好きなの。インスタントより本格派っていう変なこだわり持ってたり、コーヒーには煩くて」
「へぇ~アリィンさんってコムイさんの事何でも知ってるんですね!」
「……どうかな、私は人より多くコムイの事を知ってるだけだよ」
「え?」
アリィンは伏し目がちに声のトーンを落とす。
「他人の事は全て知り得ない事だから」
「……………」
僕は、何かいけない事を言ってしまったのだろうか……
9・Relation
「あ、帰ってたんだ。おかえり神田くん」
「………………」
アリィンさんがわざわざ声をかけてくれたのに、神田はアリィンさんと僕を一睨みしただけでスルー。
アリィンさんも神田の反応を予測していたらしく、仕方ないという顔だった。
でも神田は、無視なら無視でさっさと行ってしまえばいいものを―――
「若作り」
「!!」
アリィンさんの横にきた時、神田はボソッと何かを囁いた。
……アリィンさんからただならぬ気が溢れてる……
「……そのように見える?」
「見えるから言ってんだろ」
「……神田く―――!」
アリィンさんが至極穏やかに聞いたけど、神田はサラリと即答。
そしてアリィンさんの反論も聞かないまま去っていった神田。
一体何て言ったんだろう……
「え?神田とアリィンさんが決闘?!」
部屋で買ってきた物を整頓していると、同じエクソシストの仲間からそんな話を耳にした。
どうやらこれから修錬場で行われるらしい。
も、もしかしてさっきのアレのせいじゃあ……?!
嫌な予感がして修錬場に急いだ。
古めかしい扉を開けると、もうすでに幾人かのギャラリーが回りを囲んでいた。
少しずるい方法だけど、謝りつつ一番前のよく見える位置まで人を押しのけると。
本当にアリィンさんと神田が対峙していた。
「さあ、準備はいい?」
「……ってか、何でこんなに野次馬が多いんだよ……」
「あら、人がいると力が出せないとか?」
「……んな訳ねぇだろ」
神田は呆れたように息を吐く。
ローテンションとは逆にアリィンさんは十分やる気らしい。
「(……あの、何で決闘になったんですか?)」
「(ああ、それはだな……)」
隣にいる、ずっと様子を見ていたらしい人にコソコソと事情を聞く。
事の発端はやっぱりアリィンさん。
「一緒に戦ってくれない?」と、アリィンさんは修錬中だった神田に声をかけて。
特に断る理由もなく神田は引き受けたらしい。
……爽やか笑顔なのが逆に怖い……
「いいじゃないのよ、たまには相手がいる訓練をしても」
「別に俺じゃなくてもいいだろ」
「神田くんが一番適任だと思ったから。
……別に私が勝ったらさっきの訂正してもらおうとか考えてないから」
「……それが目的か……」
「いいえ、あくまで修錬が目的だから」
にっこりと棍を振り回すアリィンさんを見て、神田も嫌々ながら剣を取り出す。
「なら俺が勝ったらどうしてくれるんだ」
「……そうね、蕎麦を一週間おごってあげる」
「そんなに食わねぇよ……まあ、いいけどよ」
神田が先に構え出す。
「売られた喧嘩は買う主義だ」
アリィンさんも同時に棍を強く握りしめる。
「それならよかった」
そこで2人の気が一瞬静まり、後ろのギャラリー達も僕も息を呑む。
「……手加減しねぇぞ」
「私もそのつもりだから」
やがてどちらからともなくこの決闘は始まりを告げた。
「す、凄い……アリィンさん、神田と互角にやりあってる……」
もう結構な時間が流れてるのに。
一向に決着がつく兆しが見られない。
神田が剣を薙げばアリィンさんがヒラリとそれを避け、今度は棍を突き出す。
しかし神田も、普通の人の2倍動いてるんじゃないかという素早さでやり過ごし、それと同時にまた剣が宙を舞う。
そんな感じが延々と続いて一歩も引かない状態となっている。
「アリィンさんって凄く強かったんだ……」
ギャラリー達もそう思っているらしく、さっきからアリィンさんの方ばかり観察してる。
棍を手に、踊るようにくるくると器用に舞う不思議な東洋の武術。
遠心力で円を描く艶やかな黒い髪は、戦っているという事を忘れてしまいそうになるほど綺麗で。
どこか東洋人っぽくない顔付きに、汗と共に輝く赤い瞳。
嬉しそうに……戦っている事を楽しんでいるように笑顔で神田の攻撃を受け流す。
アリィンさんってこんな顔もするんだ……
それは、いつも見ている優しい微笑みではなかった。
「あ、そんな所にいたのかアレン!」
ふと僕を呼ぶ声に振り返ると、大量の書類を抱えたリーバー班長が。
「お前に任務だとよ!室長が待ってる!」
「……!」
一瞬、本当に微かにアリィンさんの気が削がれた。
そしてそれを見逃すはずはない神田は隙をついて懐に飛び込む。
「……っ!!」
アリィンは慌てて神田をやり過ごそうと体を動かしたが、一瞬の時間分の差は取り戻せず。
棍は宙を舞った。
アリィンさんの喉元に剣先が光り、辺りには静寂が訪れた。
「外に意識がいくとは随分余裕じゃないか」
「……ええ、負けたね」
アリィンさんはスッパリと負けを認めた。
それと同時にギャラリーから拍手喝采が送られる。
いくら勝敗がついたと言えど、それまでの鍔迫り合いは息を呑むほどの迫力で。
互いに大きな声援が与えられた。
アリィンさんは床に落ちた棍を拾って神田を真っ直ぐ向き直る。
2人とも随分と息が切れていた。
「楽しかったよ、ありがとう」
「……ふん、実践だったら死んでるぞ」
「そうね……じゃあ約束通り、一週間蕎麦おごってあげるから」
すると神田は落ち着きのない素振りであさっての方角で頭を掻く。
「?」
「……別に一週間じゃなくてもいい」
「え?どうして?」
「……………」
……何かを言いにくそうにしている神田をこの時に初めて見た。
「……っ……いいっつってんだからいいんだよ!」
「……そう……ありがとう」
「だけど今日の分はおごってもらうからな!」
「……はいはい」
……もしかして、神田はアリィンさんを一人前のエクソシストとして認めたのかもしれない。
負けたのはアリィンさんだけど……あそこまで神田の息を切らせるとは。
……たぶん、どちらが勝ってもいい状態だったのだろう。
アリィンさんも同じ事思ったのかな。
どことなく嬉しそうな口元だった。
ギャラリーもばらばらと減っていく中、自室に帰ろうとしていた神田の横からアリィンさんがヒョコっと顔を出す。
アリィンさんと神田はほぼ同じ身長らしく、目線が揃っている。
「それから、何歳でも女の子は一応傷つきやすいって事覚えておいて」
「……お前、『女の子』って歳でも―――」
「わかった?」
半分脅しのような笑顔に神田は投げやりに答えた。
「チッ……わかったよ、言わなきゃいいんだろ?」
「……ふふ、わかればよろしい」
「……っ……」
アリィンさんは満足そうに仁王立ちになってそう言った。
背中を向いていたからどんな顔付きだったのか見えないけど、
それを見ていた人は何故か驚いたように目を大きく開かせていた。
そして、神田らしくない動揺を見せてアリィンさんから目を反らす。
「……うるせぇ…」
いつもの刺々しい言葉じゃなかった。
決闘し始めたかと思うと、今のような不思議な会話もするような間柄で。
……アリィンさんと神田って仲が良いのかよくわからないなぁ……
結論、そんな感想を持った。
「……あ、資料が半分ない……」
さっき司令室で説明を受けていた時は全部あったのに。
どうやら半分だけ置いてきてしまったようだ。
面倒くさいけど取りにいくか。
アレンはよろよろと自室から出た。
……あれ?話し声だ。
軽く司令室に顔を出そうと思っていたところに、どうやら先に来ていた人がいるらしい。
「あはは、何言ってるのよ」
「……そうだね」
あ、あの声はアリィンさんだ。
アリィンさんと話してるなら入っても大丈夫だと考えて、特に何も考えずに足を踏み入れた。
……ぅわっ……!
咄嗟に物陰に隠れるアレン。
その顔は湯気が立ちそうなほど真っ赤になっていた。
だ、だって……コムイさんとアリィンさんが……笑い合ってるから……
突然でびっくりしたけど、やはり何をしているか気になるのが人間である。
アレンは未だ赤い顔でこっそりと中を覗く。
「でも本当に美味いよ」
「ちょっと入れ方を変えてみたからね」
2人はどうやらコーヒーを飲んでいる。
それだけなのに、コムイさんは凄く穏やかな顔でアリィンさんを見下ろして。
アリィンさんはソファーに座って満足そうにコムイさんを見上げていて。
……『幸せな恋人達』というタイトルが付きそうなほど、絵になる形で見つめ合ってる。
……2人は付き合ってるのかな。
でもそう言った方が正しいくらい世界ができあがっていて。
こうして見ているだけでドキドキするような、不思議な感覚。
アリィンさん本当に嬉しそうだなぁ……
いつも笑顔だけど、コムイさんに向けてる笑顔とは全然違う。
何だろう……中から溢れてくるものが違う気がする。
……どうしよう、中に入りにくいな……
「どうした?司令室にあっただろ?」
手ぶらで帰っていく姿を見つけて、リーバーはアレンに声をかけた。
「いえ、その……今アリィンさんがいて……」
躊躇いがちに言うと、リーバーもその状況が想像できたらしく目をあさっての方向に向けた。
どうやら『あの光景』は科学班内では有名らしい。
「あ、あ~……そうか……」
「じゃあやっぱりアリィンさんとコムイさんって付き合ってるですか?」
「それがな~……よくわからないんだよ」
どうしてわからないのだろか、あれで決定的なはずなのに。
「そういう噂もあるんだが……室長もアリィンさんもそういう素振りを見せないんだよ」
「え?だってあれを見れば……」
「でもな、それだけなんだ。他の確証は一切ないんだ」
「…………」
変なの。
あのやり取りを見てたら一目瞭然じゃないか。
「ま、アレンにもそのうちわかるさ」
それは僕が子供だという事?
「……わかりました、どうせ任務は明日なのでそれまでに取りに来ます」
「おう、すまんな」
僕は取りあえずものわかりのいいフリをして研究室を後にする。
……よくわからない。
でもそれは僕が子供だから……?
僕といる時のアリィンさん。
神田といる時のアリィンさん。
コムイさんといる時のアリィンさん。
どれが本当のアリィンさんなんだろう…………
「……人間関係って難しいな」
そう思えただけでも、僕は少し大人になったのだろうか。
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アレン視点にしようとして見事に失敗した回。
今の人間関係の図を表してみた話です。
そして神田との格闘シーンは面倒くさ…いえ、そこまで重要じゃないので省略。
しかも簡単に負けてるヒロイン(笑)
始めはヒロインを勝たせようと思いましたが、それでは神田の立場がないのでやめました。
『室長』という言葉に反応したという事は、ヒロイン以外は知りません。
次回から、新たな展開となります。