17・それでも触れたいと伸ばした手
ダイアモンドフォースの人員が整ったのも束の間、事態は最悪な状況へ流れていた。
「全面戦争、か……」
プロトデビルンが潜んでいるという星は、マインドコントロールが解かれた兵士からの証言で判明した。
だが応援を要請したはずの地球の統合軍司令から下った命令は、
プロトデビルンの星へ行き敵を殲滅させよ、という非情な内容だけだった。
無謀というか無理難題だ、どう計算しても作戦成功確率は限りなく0に近い。
つまりは死にに行けという事、マクロス7船団は時間稼ぎの為に生け贄にされたのだ。
「リュシア大尉も志願なさるのですか!?」
「ええ、貴方もでしょう?」
「で、ですが……!」
命令を遂行する為に、生き残る確率が最も高いとして立案された作戦がオペレーション・スターゲイザー。
少数精鋭だけで敵の星に奇襲をかけ、星の中心まで辿り着いた者が反応兵器を打ち込むという作戦内容だ。
最も高いといっても、やはり成功確率はかなり低いらしいが。
覚悟のできた少数精鋭メンバー、言い換えれば死んでくれる人間を募っているようなものだが、
リュシアもガムリンも、他Dフォースメンバーも進んで志願を決めた。
「これは軍人として生きてきた私のけじめ。今これに命を賭けなければ、私は何の為に生きてきたというの」
戦う為に生きてきた、守る為に戦ってきた。
「軍のやり方には未だ疑問は感じるよ、何が正しいのかは正直わからない。
だけど戦いたくないからと待っていても皆は守れない、
死にたくないからと逃げたら……今まで私が殺してきた人達に申し訳が立たない」
ガムリンは苦い顔で俯いたまま。
それにね、と続けられた言葉にゆっくりと顔を上げると、柔らかく微笑んでいるリュシアがいた。
「バサラが歌いたいって作戦に志願したのよ。だったら私はバサラを守りたい」
「……大尉……」
「たぶん貴方と一緒だよ、バサラを思う存分歌わせてあげたい」
今、何故軍人でいるのかと問われたら、きっとそう答える。
「彼は私を変えた。バサラの歌は私も、そして恐らく敵も変えてしまう。
だから私は、バサラのステージを守る為に最後まで軍人でいる」
こんな軍人は前代未聞だろうねと笑うと、呆けていたガムリンが慌てたように首を振った。
歌はガムリンも変えた、そして誓うように頷き合った。
バサラという希望を、決して潰えさせないと。
「もし……生きて帰って来れたら、その時は……軍を辞める事を視野に入れようと思う」
プロトデビルンとの戦争が終結し、隊の後処理と引き継ぎが終わったら、
新しい道を模索してもいいのではないだろうか。
作戦決行前夜、メンバーにはそれぞれ自由時間を与えられた。
それが大切な者達への最後の挨拶をする為のものだとは、誰もが承知している。
「リュシア」
「……レナード」
呼び止めたのは優しい眼差しのレナード。
彼は戦闘要員でない為に必然的に今回の作戦対象には入っていない。
「作戦に志願したそうだな」
「……うん」
「生きて、帰って来いよ」
「ありがとう……」
長い間一緒にいたのだからわかる、彼は自分を止めたがっていると。
だけどできなくて、自分を尊重してくれるからこうやって笑ってくれていた。
ごめんと、レナードは一言断るとリュシアの腕を引いた。
抱き留められてリュシアは呆然としていたが、その痛い程の力に意識は冴えていく。
「友人として、俺の力をリュシアに送るから」
「うん」
「お前は、この道を選んだんだよな……?」
例えばあのままレナードと恋人を続け、結婚して退役していたら、
死にに行くような作戦に志願する事などなかったのかもしれない。
戦いとは無縁の世界でレナードを支えながら子を育てる、そんな人生があったかもしれない。
「うん……後悔はしてないよ」
(だって、もしそうだったらバサラには会えなかった……)
レナードに抱き締められながら、別の男の事を考えている自分がおかしかった。
「……なら、帰ってきたら酒に付き合ってくれよ。思いっきり飲ませてやるからな」
「うん、いくらでも」
少しだけ力は緩んだものの、未だ回される腕に苦笑してリュシアはゆっくりと体を離した。
「これからミレーヌちゃんのバースデーパーティなの」
招待状もらったからと見せると、ようやくレナードは顔を緩めた。
「……そうか、楽しんでこいよ」
「そのつもり」
そうしてリュシアはレナードに背を向けて歩き出した。
ごめん、胸に渦巻くのはそんな罪悪感ばかり。
後悔はしていない、だけどもしかしたらもっと幸せになれる道があったのかもしれない。
それはもう考えても仕方のない事だけど。
ミレーヌのパーティーは盛況だった。
多くの人間が誕生日を祝う中、ただ一人作戦に参加させてもらえなかった彼女は泣いていたが、
何とか涙を拭うと最後には生演奏を始めた。
その喧噪から少しだけ離れた場所にいたリュシアに声を掛けたのは、遅れて到着したマックスだった。
「すまなかったな今まで、ずっとミレーヌの報告をさせてしまっていた」
「……いいえ、楽しんでいましたから」
時折報告はしていたが、最近ではFIRE BOMBERが有名になった事で報告する必要性が薄れていた。
だが、彼に頼まれなければ自分はバサラと出会えなかったのだと思うと、不思議な気分だった。
様々な事象が重なり合ってバサラに惹かれた。奇跡のようなものだった。
視線の先の彼女は、気丈に歌い続ける。
「強くなられました、艦長とミリア市長のお嬢さんは」
「む……そうだな」
そして1つだけわかった事がある。
ミレーヌとバサラの間には、確かな絆が存在していると。
(ミレーヌちゃんは……やっぱり心の何処かでバサラを……)
泣いていたミレーヌを諭したのはバサラだった。
バサラの言葉で涙を堪えたミレーヌ、そして彼も幾分か柔らかい表情でそれを見下ろしていた。
メンバーなんだから信頼しあうのは当たり前なんだろうが、それだけではないものを感じた。
わかっている、わかっているのにモヤモヤする。
パーティーも終わり、皆が余韻に浸りながらもあるべき場所へ帰っていく。
リュシアは、一人ギターを抱えて屋上に上がろうとするバサラを見つけ、
後を追いかけようと足を進めていると、思わぬ声がかかった。
「あーあいつだよ!いつもバサラのまわりをウロチョロしてる奴!」
振り向くと、血の気の多そうな少女達が威嚇するように睨んでいた。
彼女達は確か、女だけで構成された暴走族のメンバーだ。
「抜け駆けしやがって!レックスだってバサラが好きなんだぞ!」
「やめな」
騒ぐ少女達を静かに諫めたのは、レックスと呼ばれた暴走族のトップ。
以前に鉢合わせになった事もある、妙に色気のある金髪の女性だった。
(彼女がレックス……)
レックスはリュシアの前に立つと、威嚇する訳でもなく探るように見つめてくる。
「あんた、名前は」
「……リュシア」
何か言ってくるだろうかと思っていたが、それ以上レックスは口を開かない。
それきり互いに黙り込んでしまったので、重苦しい空間の中睨み合いが続いた。
「………」
「………」
レックスはじっと見つめるだけ、そしてリュシアも何かを言えそうになかった。
邪魔するなとも、自分の方がバサラを好きなのだとも。
結局の所、互いに言い争う権利なんてのは持っていないのだ。
(この人……本当にバサラが好きなんだ)
同じ人を好きだからだろうか、それだけは痛い程感じ取れた。
本気の目がリュシアを見据えてくる、だから負けじと目を反らさない。
すると先に視線を外したのはレックスだった。
「……行くよ」
「レックス!どうして!」
少女達の抗議を無視してレックスは行ってしまい、止めてあったバイクで走り出す。
彼女達は困惑しながらも後を追い、バイクの喧しい音は全て消えた。
「レックス……」
互いに本当にバサラが好きだからこそ、この争いに意味がない事をわかっていたのだろう。
(いくら足掻いたって……バサラは誰のものにもならないのだから)
バサラの歌、バサラの声。
全てを心に刻ませようと、リュシアは目を閉じた。
最期の時にも彼の声が頭に響くように。
こつん、とバサラの背と自分の背を合わせるようにして座り込んだ。
視界に広がるのは人工の星空、背後からはギターの音と染み渡るような声。
「ねえバサラ……もし私が死んだら、私の為に歌ってくれる?」
ギギルの時みたいに、泣いてくれるだろうか。
冗談のつもりで言ったのだけれど、バサラは気に入らなかったようだ。
「何言ってんだよ、くだらねえ」
「うん……そうだね、ごめん」
くすくすと笑った声は思いの外か細くなってしまったようで、怪訝そうな声が返ってきた。
「……どうしたんだよ、お前」
「どうもしないよ。こういう事考える方が普通なんだよ」
怖くて仕方ない、覚悟はできているつもりだけれど本当は死にたくなんてない。
危険度はバサラだって同じなのに、彼は全く負の感情を持っていないようだった。
羨ましくて、逆に勇気づけられる。
「じゃあ、生きて帰ってきたら、また歌ってくれる?」
「へっ、当たり前じゃねぇか」
再びメロディーが奏でられる。
不安な心を払拭してくれるような、不思議な歌。
彼が傍にいるのなら、歌をずっと聴いていられるのなら……怖くなくなるのかもしれない。
「全部終わったら……統合軍を辞めようと思う」
歌声にかき消えるようにポツリと呟いた。
だけど彼はきちんと答えてくれた。
「いいんじゃねぇか、それがお前のハートなんだろ」
「……うん」
それから会話はなくなった。ただ歌だけを聴いていた。
リュシアの世界は、いつの間にか彼の歌が全てになっている。
たとえ彼が自分を見ていないのだとしても、歌だけが彼の世界なのだとしても。
――それでも、私がバサラを好きなのは抑えられそうにないのだから。
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タイトル配布元――ジャベリン
作戦前の穏やかな時間。