赤いバルキリーは戦闘の度に勝手に現れては歌を聴かせてくる。
いくら妨害だと注意されても、敵に狙われようとも、
熱気バサラは一切攻撃をしようとはせず、ただ歌うだけ。
彼の目的は、未だわからないまま―――
4・君の生きる世界は綺麗すぎて
「嫌いですか?」
「え?」
アッシュがのほほんと体を伸ばしながら唐突に尋ねるものだから、リュシアは意味もなく瞬きを繰り返した。
「隊長がおかしくなるの、いつも熱気バサラとかいう奴が現れた後みたいですから」
「……ごめん」
「いいですよ、通常ならば援護すらさせてもらえないほど速いですからね、隊長は」
先の戦闘でもバサラの歌の影響か、リュシア機は攻撃を回避しきれずに軽いダメージを受けた。
隊員達の援護のおかげで何とか切り抜けたが、整備班が慌ただしそうに修理しているのを見ると重苦しい溜息ばかりが洩れる。
彼はだてにDフォースに在籍していないだけあって勘は鋭い。
腕はエース級なのにそれを最大限に利用しようとはせず、こうして呑気に人当たりのいい性格を見せるアッシュは、
こんな軍隊の中では珍しい存在であるが故に好ましいと感じる。
「……嫌いな訳じゃないよ。何て言うか……思考に雑念が入って集中力が途切れるというか……」
「真面目ですね、俺なんか完全にBGMにして飛んでますよ。
そうすると余計集中できる気がするんで。ほら、歌聞くと力が出るっていうあれですよ」
自前の楽観主義でバサラの歌を利用しているとは恐ろしい。
完全に頭に血が上っているガムリンや、惑わされて調子を狂わすリュシアとはもの凄い差だ。
「……そうだね。もう、迷惑かけないようにするから」
(バサラの歌は……軍人の私には、辛い)
戦闘中でなければ、いつでも聴いていたいと思うのに。
「隊長、これどうぞ」
「……FIRE BOMBERのディスク?」
「そうなんですよ、つい先日デビューしたらしいですよ」
リュシアは感慨深げにアッシュが持ってきたディスクを見つめた。
最後に会った時は、まだデビューとかそんな具体的な話などなかったのに。
そういえば、あれからずっと会っていない。
リュシア自身は赤いバルキリーと通信した事はない、だから直接対面するのも会話するのも、もう昔の事のようで。
「そのボーカルが熱気バサラですよ、あの戦闘中に割り込んでくるバルキリーの」
「そうだったの……」
「よかったらコピーあげますよ?歌に慣れたら戦闘中に調子を崩される事もないでしょう?」
「………」
アッシュに半ば強引に押しつけられ、リュシアはディスクを自室へ持ち帰った。
さっそく再生してみると聞き慣れた音が耳に流れ込んできた。(何故音源が戦闘中のなのかはわからないが)
(あ、バサラの声だ……)
戦闘中でなければ、何よりも心を満たすバサラの歌。
自分の身にまとっているものを奪い去って、温かい海に浮かんでいるかのような不思議な感覚にさせるもの。
戦闘中はどうにか集中力を保とうと意識から追い出すようにはしているが、それでもどこか上の空になってしまう。
(ずるいなぁ、バサラは……)
休みがとれるようになったらすぐ彼の所へ行って、あのベッドにくるまりたい。
それで彼の歌を聴いて、適度に引き締まった体を抱きしめて、深く眠りたい。
そうして知りたい、どうしてバサラが戦闘中に歌うのか。
あんな最新型のバルキリーを持っていて、どうして武器ではなく歌を敵に向けるのか聞きたい。
きっと彼は変わっていない。
いつ歌っても、どこで歌っても彼は変わらない。
私をただの人間にする、唯一の人。
ようやく許された貴重な休みの日。
アクショにある彼の部屋に行ってみたけれど目的の人物はいなかった。
今日FIRE BOMBERのライブはないという情報を手に入れていたから、きっとレコーディングか新曲合わせでもやっているのだろう。
(なんだ、バサラいないのか……)
出入り自由な部屋は主がいなければ寂しいもので。
項垂れた気持ちで窓を覗くと、瓦礫や廃棄物で荒れた向こうの公園に偶然にもバサラを見つけた。
今までこういう状況の場合は彼が帰ってくるのを寝て待っていたけれど、今は悲しくも戦争中。
いつ敵が来て非常招集がかかるかわからないから時間が惜しい、すぐにでも彼に会いたい。
リュシアはその一心で部屋を出た。
バサラは公園の中央にある一際大きな木に寄りかかって座っていた。
普段着ではなくライブ衣装を身につけていたから、近くにメンバーもいるのだろうけど今は見えない。
はやる気持ちを抑えてリュシアはバサラの背後からゆっくりと近づいて、
声がかけられる位置まで来たところで気配に気付いたのだろう、眼鏡の奥の双眸がこちらを振り返った。
「久しぶり、バサラ」
「リュシア」
特に驚いた風でもなく、「ああ、来たのか」といういつもの言葉。
それに何だか安心してリュシアはバサラに接する形で隣に座った。
「どうしたの?レイさんかミレーヌちゃんと喧嘩でもした?」
「……そんなとこ」
少し機嫌が悪そうだったから意見の衝突でもあったのだろう。
バサラが人工の空を見つめている時は自分の世界に入っている時だから、
そこに深く入り込みすぎないように気をつけて、リュシアは間を空けて話しかけた。
「ディスク聞いたよ。よかった」
「ふぅん」
軍人という鎧をまとっている時はできれば聞きたくないのが正直な所だが、無防備な状態で聞くのなら最高の歌だ。
何故戦闘中の音源だったのか、それがバサラの態度からわかる気がした。
(元々、有名になる事に興味がない人だからなぁ)
「でもよかったよ本当に……いつだって、バサラの歌は私の中に入り込んでくる」
リュシアは微笑みながらバサラの肩に頭をもたげた。
久しぶりの体温、久しぶりの生の声、ずっと張っていた緊張の糸が嘘のように解きほぐされる。
此処なら自分はただのリュシアに戻ってもいいんだと、体が既に覚えてしまっていた。
「ねぇバサラ、歌って」
――貴方が歌いたいと思うものを歌って。
デビューとかレコーディングとか私には関係ない……ただ、貴方の歌が聞きたいだけ。
「バサラの歌を聞くと、私は私になれる」
「……」
しばらく黙っていたバサラだったが、微かな身じろぎの後に静かな旋律が聞こえた。
体を通して伝わってくる歌の振動も心地よくて、リュシアは全身をバサラに預けた。
――ああ、本当にバサラは不思議な人だ。
私のように余計な雑念などなく、音楽だけに生きている。
気が向かなければ頼まれたって歌おうとしない人が、リュシアに応えるように口ずさんでくれている。
優しい人だ、いやそんな形容詞に囚われるような人でもない。
"誰かの為に歌う"などという世俗的な意味でなく、もっと高貴でもっと純潔なのだ、彼は。
「バサラ!……あっ」
迎えに来たのだろう、唐突に聞こえたミレーヌの声で歌声は止んだ。
目を開けるとピンクの髪の可愛らしい少女がそこにいて驚いた眼差しをしていた。
「久しぶり、ミレーヌちゃん」
「リュシアさん……今までどこに……」
「ちょっと色々と仕事が忙しくてね、ほら敵が攻めてきたからその影響を受けちゃって」
「そうなん、ですか……」
ミレーヌが複雑な表情をしていた事をリュシアは見逃さなかったが、それ以上両者は何も言わなかった。
話が途切れてしまって気まずいのか、少女は怒りを取り戻してバサラを睨む。
「もうバサラ!えっと、謝るから……早くレコーディングしちゃおうよ」
「……わかったよ」
「え……」
やはり意見の食い違いでもあったのだろう。
簡単に許してもらえると思っていなかったのか、すんなりと立ち上がったバサラにミレーヌは信じられないという顔付きだった。
ずっと接していたものが離されてリュシアの半身は急に冷めていく。
それが何だか寂しいなと感じているとバサラがふいに何かを投げてきた。
「?」
「どうせ部屋にいるんだろ?レモネード買っておいてくれよ」
「……ん、わかった」
リュシアは彼の電子マネーを握りしめて、柔らかく微笑んだ。
バサラの部屋で彼の帰りを怠惰に待ち、姿を見つけては子供のように甘えて。
体を求めれば何を言うでもなく応えてくれて、そして同じベッドで眠らせてくれる。
それを許されている自分がとても特別な存在のように思えたけど、彼がどう思っているかは全くわからない。
彼はもの凄く器の大きな人間なだけなのかもしれないと、時々感じる。
何故なら彼は、歌以外に興味がない。
「ねぇ、バサラ……」
「ん?」
気怠い体を動かしてバサラの引き締まった腕に寄り添った。
視線の先の窓には、何度か目撃した赤いバルキリーが暗闇の中で起立していた。
「敵に向かって歌ってたのって、バサラでしょ?どうして敵に歌うの?」
「……俺のハートを感じてほしいから、かな」
未知なる敵に対して歌うだけの男、それはマクロス7船団ではもはや誰もが知っている話題だ。
敵陣の中で歌うなんて、彼はかの有名なリン・ミンメイの真似でもしているのだろうか。
いや、彼は真似なんかしない。そういう人間じゃない。
「……敵なのに?」
「敵だとか味方だとか関係ねえな、俺の歌が聴こえるなら誰でもいい」
「じゃあ……戦わないって事?」
「戦争なんかそれこそくだらねえ」
「………」
彼は違う。今まで出会ってきた人間とは違う。
バサラは全てを超越した所で、常人には計り知れない考えを持った人間だ。
彼には敵という概念すらない。敵ですら自分の歌が聴ける観客の一人だと。
マイクローンもゼントラーディも今攻めてくる敵も、偏見も境界もなく捉えてる。
そして敵と戦う事だけしか考えない軍とは違い、戦うという選択肢がない。
戦争も人種も差別も……全て凌駕している人。
リュシアはバサラの腕に緩く巻き付き、不安を押さえ込んだ表情で身を縮こませた。
「……バサラならできそうな気がする……」
それに比べて自分は、戦う為に生きているような人間だ。
迫り来る者を端から敵だと決めつけ、敵は殲滅すべしと応戦した。
バサラとは違い、武器しか持たないリュシア。
人を感動させるボーカルとはほど遠い、人を殺す事しかできない軍人で。
バサラがくだらないと言った戦争の真っ直中で自分は何も考えずに愚かに存在している。
奇跡を起こすかもしれない彼の歌、そして死しかもたらさない自分の腕。
その差が大きすぎてリュシアは怖くなった。
自分は随分と穢れている。誰にも穢されないバサラの傍にいていいものだろうかと。
彼はどう思う?そのくだらない軍の中にリュシアがいる事を知ったら。
――彼は私を拒否するのだろうか?
歌を、歌ってくれなくなるのだろうか?
そんな事を恐れている自分は、きっと軍人としても失格に違いない。
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タイトル配布元――ジャベリン
確かマクロスの世界って電子マネー的なものだった気がする。
少なくとも紙幣&貨幣でなかったような…でも資料がない。