バサラの歌が間近で聴ける特等席、あの場所は何もリュシアの為だけのものではない。

彼が何も言わず許容しているのを良い事に、我が物顔で占領しているだけだ。
だから、それは別の人間でも可能だという事だ。

今までは鉢合わせた事はなかったが、そういう女がいても可笑しくはない。
そしてそれを目の当たりにしても、何かを言う権利なんてのは一切ない。

頭ではわかっている、だけどそれと感情は別問題だ。

だから本当は、知りたくなんてなかった。






8・世界が小さな終わりを迎えるとして






「いくぜ!!」

バサラに応えて、ライブ会場は一際大きな歓声に包まれる。
一番後ろからリュシアはそれを静かに見つめていた。

(……バサラ……)


――「そいつに乗ってる奴!やめろ!」――


少し掠れた歌声が響いている最中にも関わらず、ヘルメット越しに聞こえたあの声が頭を占める。
ガムリンに対してもそうだったが、バサラは統合軍が敵を殲滅させる事を良しと思っていない。
バサラは歌を敵にも伝えたい、ただそれだけのようだったけど。

「そんな事言ったって……」

バサラの言いたい事はわかる、敵を殲滅させるだけでは根本的には何も解決しないのだろう。
リュシアもわかっているが、それでも戦わなければこちらが被害を受けるだけだ。
だから戦わなければいけない、それが軍人となり部下も抱えているリュシアの宿命。

(……バサラは、私が軍人だと知ったらどう思うのかな……?)

「REMENBER16!」

ビルの屋上で空に歌っていた、あの新しい曲が奏でられる。
彼は本当に歌っている時が一番幸せそうだ。
死の危険すらも厭わず、音楽だけに生きている人。


――バサラが歌ってくれなくなる……それだけは嫌だった。


(?あの人は……?)

演奏中、突然ステージに上がってきたのはライダースーツの金髪美女。
彼女は脇目もふらずバサラに近づき、そしておもむろにキスをした。

「っ!」

知り合いだったのかバサラは驚いた様子もなく会話を続けて、そのまま歌い出した。
それは自分が彼に対してしている風景に似ていて、リュシアは息を詰まらせた。

バサラが関係を持つのは自分だけではないだろうとは予想していた。
彼は音楽のみに全ての神経を注ぎ、色恋沙汰などには本当に興味がない。
だけど拒否もしないから、嫌がる事もせず女達の要求に応えてみせたりする。

男女の関係に、彼は感情など持っていない。
彼女はリュシアと同じ、バサラに魅入られた女だろう。

知っていた、わかっていた。
彼は此方の要求する事には何でも応えてくれる。


――だけど彼は……決して私には、何も求めないという事を。


「……リュシア大尉?」
「ガムリン……」

仕事を終えたらしいガムリンは私服で、思わぬ上官を見つけて驚いていた。

「どうしたんですかこんな所で……って、艦長からの特命でしたね」
「ガムリンは、ミレーヌちゃんの歌を聞きにきたんでしょう?」
「え、ええ、まあ……」
「…………」

彼は始め、リュシアが好きだったはずだ。
だけど彼は半ば強制的に出会わされた見合い相手のミレーヌにどんどん入れ込んでいき、
毛嫌いしていたはずのFIRE BOMBERの演奏を聴きに来るまでになった。
ミレーヌという名前を出せば、彼は照れたように目を泳がせる。

いずれ……いや、もう既にガムリンはリュシアを追わなくなった。
結局、彼がリュシアに対して抱いていたものは憧れだったという事だ。

(そして……私は独りぼっち)

誰も……"リュシア"を見てくれる人は、誰もいない。

「……大尉?」
「行くんでしょう?ミレーヌちゃんの所に」

立ち上がってそう言うと、ガムリンは不思議そうな顔をしながらも後を付いてきた。
厳戒態勢であるはずの楽屋裏は案外すんなりと入れてもらえた。

「じゃあ、ミレーヌちゃんと楽しんできなさい」
「あ……あの、大尉はどうなさるおつもりですか?」
「私は帰るわよ、生憎自由時間が少なくてね」
「で、でも熱気バサラやミレーヌさんにご挨拶ぐらいなされてはどうですか?
お知り合いだったんでしょう?きっと、喜ばれるのではないでしょうか……?」
「…………」

会ってどうしろと言うんだ。
もしミレーヌがリュシアの事を喋っていたらどうする気なのか。
そうなったら、もうバサラに会わせる顔がない。

静かに立ち去ろうとしていたリュシアだったが、ふと思い出したのはステージ上でキスをしてみせた金髪のライダー。
ふつふつと悔しさが沸き上がってきて、リュシアは少しの逡巡の後、バサラ達の楽屋となっている車へ向かった。

それでも勇気が出せなくてしばらく車の近くで座り込んでいると、
楽しそうに話すガムリンとミレーヌが夜のデートに出かけるのが見えた。

(……よかったじゃない、ガムリン)

人間は普通の恋をするのが一番。
軍人ならなおさら、より幸せな家庭を築くのが良い。

(別に、バサラは心の休息所みたいなものだっただけだから……)

互いに何も知らない、自分にいたっては名前以外何も教えていない。
恋愛感情など持たずに肉体だけが結びついた、それもいつも自分から。

彼は疲れた心を癒すシェルターみたいな逃げ道、だけど帰る場所じゃない。
シェルターに他の誰が逃げ込んだって、自分は何か言える立場じゃない。


――所詮、私は彼にとってはファンの一部にすぎないのだろう。


悶々とした気分で俯いていると、ガサッという音と共に草むらから現れたのはさっきの金髪美女。
確かな足取りで特に躊躇いもせず、バサラが乗っているであろう車に入っていった。

「……」

不快感を覚えたリュシアは立ち上がると車に向かった。
入って何か言う訳じゃない、ただここに座り込んでるだけなのが気にくわなかっただけだ。

だがそれを遮るように、シティ7内に非常警報がけたたましく鳴り響いた。

「っ、敵襲か……」

急いで戻らねばと空を見上げていたリュシアだったが、突然目の前の車のドアが勢いよく開いた。

「っ!」
「おうリュシアか!今お前の相手をしてる暇はねぇんだ!」

バサラは変わらない様子で、飛ぶ鳥も落とすような勢いで走り去った。
気づいていない?リュシアが何者だと、ミレーヌから聞いていない?

安堵を感じたのはつかの間、車からふらりと出てきたのは胸元のはだけたあの女。

「…………」

リュシアはかつてない敵意を女に向けた。





――それだけは無理なんだ。

バサラの心が欲しいと願う事は。











「数々の戦闘、貴女には感謝しているわ」
「いえ、とんでもございません」

格納庫にやってきたミリアは、前の戦闘の事も含めてリュシアに労いの言葉をかけた。
統合軍本隊があるバトル7と別行動をとっている今、ミリア市長が直属の指揮官の役目を担っている。
だが彼女は、何を思ったのか自信満々に格納庫の奥を指さした。

「それで、私も乗ろうと思ってるの」
「バルキリーに……ですか?」

一度はガムリンが拝借した、あの赤いミリアカラーのバルキリーはその為か。
だが改造してあるとはいえ、どう見ても旧式の機体だ。

「ええ、今は人員が少ないの。なら私が出るのが得策でしょう?」

かつてのメルトランエースならばバルキリーに乗る事など造作もないだろう。
だが星間戦争からどれだけの年数が経ったか、ミリアの腕が今も健在なのかは正直な所未知数だ。

次の戦闘で、やはりミリアは前線に参加すると宣言した。
その事に最後まで賛同しなかったのは生真面目な性格のガムリンだった。

「市長!私達はダイアモンドフォースです!リュシア大尉の指示に従ってもらいます!」
「いいガムリン、こちらは市長の指示に従います」
「ダメです大尉!軍の規律があります!」

彼にとってはDフォースとしての誇りがあるのだろう。
元パイロットだとしても、今は管轄外のシティ7市長の指示に従う事に苦言を呈す気持ちはわからないでもない。

「私は貴方の教官だったのよ?リュシアはマックスの教え子だし」
「それは昔の話です!」

元来の気性か、それとも母親や政治を経験して強くなったのか、ミリアは頑として譲らない。
リュシアとしては星間戦争時代のエース、もっと言えばマクロス7船団長夫人に逆らえるはずもなく、
戦線に真っ先に飛び出して行ったミリア機の援護に回る事で解決させた。

だが長年のブランクのせいか、それとも予想の範疇か、
思わぬ苦戦を強いられたミリアを援護したのは結局ガムリンだった。

「市長、お見事でした。しかし危ないので、操縦は控えめに」
「……貴方が来なくても全機打ち落としていたわ」
「ふふ、ママったらよっぽど悔しかったのね」

帰還後、様子を見に来たミレーヌが格納庫にまで来ていて、
早々に立ち去ってしまったミリアの背中を見送るとクスリと笑った。

それからリュシアを視界に入れると、躊躇いながらも微笑んだ。

「……リュシアさんも、お疲れ様」
「……ええ」
「知らなかった。強いのね、リュシアさんって」

彼女の無垢な瞳がリュシアには痛かった。
強いのはミレーヌだと思う、その証拠に何故だか彼女を直視できなかった。
後ろめたいのか、それとも彼女のまとう空気が眩しいからか。

だけどこれだけは言わなければと、リュシアは去り際に小さく呟いた。

「……ありがとう、ミレーヌ」
「え?」


――バサラに、言わないでいてくれて。


「でも……そろそろ潮時、かもしれない」


このままいつまでもバサラに甘えてもいられない。

どう繕おうが、自分は軍人以外の何者でもないのだから。











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タイトル配布元――ジャベリン


ミリアとの会話、何回分かの戦闘を凝縮させてます。