来るべくして時は来た。
「バサラ!!」
敵に囲まれた赤いバルキリーに向かって咄嗟に叫んでしまったリュシアの声は、確かに聞こえたはずだ。
ハッとして口を噤んでも時は既に遅く、
彼は危険回避を促した声に導かれるように旋回し、敵の応酬をやりすごした。
返答はなかったけど彼はきっと気付いている。
戦闘中に、しかもバルキリーしかいない状況では言い逃れも出来ない。
どう思っただろうか、彼の目に私はどう映っているのだろうか。
バトル7と合流して安堵の息をついたのも束の間、バサラ達が民間協力部隊サウンドフォースを結成したと報告が入った。
彼がどう納得したかはわからないが、統合軍に組み込まれる事は本意ではないだろう。
やはり彼は軍という組織を好いていない。
むしろ自身の歌を拘束しようとする存在は、どうしたって嫌いだろう。
そして自分は、その軍隊の一員。
だから……これが最後かもしれないのだと、リュシアは感じていた。
9・愛の致死量
リュシアは足下に転がる砂利を掴んでは放す。
アパートの前で膝を抱えて座り込んでいる姿は、母を待つ子供のようだと思わず自嘲した。
怖い、全てを否定されるのが怖い。
それでももう逃げられない、ただの"リュシア"ではいられなくなってしまった。
「……リュシア」
此方に気付いた足音にリュシアはゆっくりと立ち上がった。
こうやって対面するのは久しぶりで、いつもなら笑みが零れてしまう所だけど、今は自分の顔はたぶん強張っているのだと思う。
「バサラ…………その……今まで、言ってなかったけど……」
眼鏡の奥の彼の表情は変わらない。
怒っているのか驚いているのか、それすらもわからない。
それともそんな感情すら引き出すのが面倒な程、自分は見放されたのだろうか。
一度だけ大きく深呼吸をすると、意を決して吐き出した。
「……私は統合軍マクロス7所属、特別攻撃部隊ダイアモンドフォース第2小隊隊長、リュシア・アルヴァ大尉。
私は……軍人で、ずっと前線に出て戦ってきた」
「ああ、そうみたいだな」
どうという事もない、という調子で返ってきた言葉は、リュシアの不安を煽るのには充分だった。
良い意味で捉えたい、だけどもし違ったらと思うと自分は立ち直れないかもしれない。
「だから、ごめん……ごめんなさい」
「なんで謝るんだよ」
「私はバサラの嫌いな軍人で、でもずっと黙ってた……嫌われたくなくて」
眉根を寄せた顔を直視できなくて、深く頭を下げた。
「はあ?別に嫌わねぇよ」
「、え……?」
だがリュシアの頭上から聞えたのは、そんな意外な言葉。
「俺は軍人とか戦争とかくだらねぇと思ってるけど、それでお前の事をとやかく言ったりしねぇよ」
頭をガリガリと掻いて呆れたようにバサラは続ける。
「俺は俺、お前はお前、そうだろ?」
「……軽蔑、しない?」
「だから何でだよ……」
(本当に、この人には……敵わない)
軍人であろうがそうでなかろうが別に関係ないと彼は言う。
それは、どうでもいいという事でもなく、ただ本当にリュシアを"リュシア"として見てくれているのだろう。
リュシアが軍人であったとしても、何も変わらないと。
喜びと安堵の気持ちが湧き上がると、途端に気が抜けたのか涙腺が緩む。
「そっか……よかった……ありがとう、バサラ……っ」
「お、おい……よく泣くよなぁ、お前」
「うん、ごめん……」
(この人に嫌われなくて、よかった……)
それだけでも十分に救われた気分だ。
僅かながらも狼狽している彼がおかしくて、笑いながらリュシアは涙を拭った。
「いつから待ってたんだよ、鍵なら開いてるだろ?」
アパートに入ろうとして付いて来ないリュシアを不思議に思い、バサラはキョトンとしている顔を振り返った。
「……入って、いいの?」
「何言ってんだよ、今までだって散々上がり込んでたじゃねぇか」
「……じゃあ、お邪魔します。また歌、聴かせてくれる?」
「ああ」
さっさと中に入っていくバサラの姿を、リュシアは見失わないように追いかけた。
――バサラの歌声……それは全てを溶かしてくれる不思議な力があると、リュシアは漠然と感じていた。
染みていく、侵食していく、私を壊していく。
知らないうちに周りに固められていた物を取り去ってくれる、声。
「ねえ」
「あ?」
どうして自分は、彼の声にあんなにも不安になっていたんだろうとリュシアは思う。
彼はいつだって変わらないのに、いつだって自分を掬い上げてくれるのに。
「天使ってさ、男の人でもいるんだよね?」
「はあ?何だよそりゃ」
突然の話題に困惑するバサラにリュシアは緩く微笑んだ。
「ほら、よく天使って聞くと大体女の人を思い浮かべるけどさ、男の天使もいるでしょ?」
「まあ、そうなんじゃねぇの?で、それがどうかしたのかよ」
「……ううん、何でもない」
「意味わかんねぇ……」
彼の歌は天使の声だ、間違いなく。
リュシアだけでなく、全ての生物、植物にすらも生きる力を与えようとする。
「聴いてたよ、バサラの声。バルキリーの中で」
「そうか」
「……私はね、戦争したい訳じゃないんだよ。ただ守りたくて、でも私には戦う以外の方法が思いつかなくて。
だから……私はこれからもバルキリーに乗るけど、でもバサラも歌い続けて欲しい」
「当たり前だろ」
きっと、何かが変わる気がする。そう思わせてくれる。
彼が作り出す、誰もが救われるような新たな方法が見つかるかもしれない。
「バサラが近くいるってさ、凄く心強い事だなぁって今更思った」
彼の歌はどこにいても聞こえる。心に届く。
自然と体を熱くさせて、沸き上がる力……それがあればどんなものにも負けない。
あれは自身を狂わせるものじゃない。
天井を見つめ続ける彼の世界は、歌。
「バサラ……ありがとう…」
「何が?」
「色々と」
「何だよそれ」
この人を独占する事はできないけれど、それでもいいと思った。
バサラの声が聞こえる、それだけできっと幸せなんだ。
「すまんな、リュシア」
「いえ」
ダイアモンドフォースは2小隊ともシティ7直属の防衛任務が与えられた。
元々バトル7の攻撃部隊として前線を守っていたが、それは違う隊が任務にあたるらしい。
本隊とは指揮も変わってくる為、簡単に言えばDフォースは出世コースから外された事を意味していた。
だがリュシア本人はそこまで不服な命ではなかった。
「できればサウンドフォースの護衛に回そうと思ったんだが、そちらはエメラルドフォースに任せる事になった」
「ドッカーが復帰できて何よりです。それに私はシティの防衛任務も名誉な事だと思っていますから」
「そうか……」
「エリートの道を進んできたガムリンは本意ではないかもしれませんが」
冗談交じりに言うとマックスも笑みを零した。
「第1小隊はガムリンを隊長とし、じきにメンバーを補充する。だが以後しばらくは君に指揮を任せる」
「はい」
リュシアは軍規通りの正確な敬礼をしたのち、部屋を出て行こうと踵を返した。
「リュシア」
「はい」
「自分を責めるな。彼らの戦線離脱は君の責任ではない」
「………はい」
ドッカーは回復し、新しく立ち上げられたエメラルドフォースの一員として戦線に戻る事ができたが。
フィジカは戦死、金竜も戦闘不能状態が続いている。
自分が不調でさえなければ助けられたかも知れない、その気持ちは今でもリュシアを襲うが、
かつての師に余計な心配はかけたくないと、静かに笑って見せた。
部屋を出ると、待っていたのか直属の部下であるアッシュとヤクモが立っていた。
「お帰りなさい隊長。俺はシティ7配属でも文句ありませんよ」
「俺もありません。元々はその為に軍に入ったのですから」
暢気なアッシュと、言葉少なだが真面目なヤクモは笑っていた。
それが何だかリュシアは可笑しかった。
「……変な2人。出世意欲はないの?」
「隊長こそ。ガムリンは昇進したのに隊長はなしですか」
「私はいいよ、このぐらいの位置がちょうどいい」
微笑んでみせると何故かアッシュは首を傾げていた。
ヤクモすら驚いていて、2人で顔を見合わせている。
「変わりましたね、隊長。丸くなりました」
「……そう?」
「ええ、前はもっと鬼でした」
「……そんなに酷くはなかったつもりだけど」
「隊長はいつも気を張っておられるようで、少し心配でした」
「ヤクモまで……」
もし本当に変わったのだとしたら、それは彼の影響だろう。
確かに、リュシアは何かが変わっていた。
「バサラ!」
ふいに廊下の向こうから甲高い声がした。
ミレーヌのものだ、リュシアがその音を辿っていくとちょうど角で見知った男と鉢合わせになった。
「なんだ、リュシアじゃねぇか」
「バサラ……来てたんだ」
だがリュシアが何かを言うよりも先にバサラは突然噴き出した。
「何お前、その格好」
「え?」
リュシアが軍服を着ている所を見せるのはこれが初めてだ。
ガムリンと同じ衣装だから見慣れているはずなのに、バサラの笑い声は止まなかった。
「……そんなに変?」
「ああ、すげぇ変。肩とか張りすぎなんじゃねぇの?」
「そりゃ、私もちょっと大袈裟な服だなとは思うけどさ……でも」
恥ずかしい気持ちになってきて俯いていたリュシアだったが、
バサラもギターにヘッドフォンというスタイルで、およそ軍隊には似つかわしくない。
「バサラこそ、何その格好」
「ん?別にいつも通りだろ」
「……そうだね、バサラらしい」
規律の厳しい軍にまで自分を崩さない。
そして自分にとって一番慣れている軍服を可笑しいと言って笑った。
それはバサラの前でいる自分が受け入れられている証のような気がして、嬉しかった。
どんな時も見方を変えない彼が羨ましいと思った。
「隊長が変わった理由、何となくわかったかもしれない」
「アッシュ?」
そのやり取りを端で聞いていたアッシュが含み笑いを浮かべていたのを、ヤクモは見逃さなかった。
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タイトル配布元――ジャベリン
バサラは特に気にしなかったという話。