「プラス1週!」
「く、そぉ……っ!」
ミハエルが意地悪くアルトに罰を突きつけた。
パワーの入っていないEX-ギアの重量を背負ってアルトは格納庫を歩き続ける。
その隣でリチェルは楽しそうに手を振った。
「アルトー!頑張れー!」
「……中尉、あまりアルトを甘やかさないで下さい」
呑気な声に脱力したミハエルがジトッと見下ろしても、リチェルは何処吹く風で笑っていた。
「いいじゃない、ミハエルが厳しくしてんだから私は優しくするのー。飴と鞭ってよく言うでしょ?」
「はぁ……ま、いいですけどね。どうせ実戦では逆になるんですから」
「ミハエルは実戦でだって厳しいじゃん」
「一番悪人な中尉に言われたくありません」
このリチェルという人物は、中尉のクセに軍規の何かが欠けている。
それは周知の事実だったが咎めた者はいない。
その理由を知らないのは新参者であるアルトだけ。
だが彼もいずれ体で知る事になるだろうと、誰もがわかっていた。
2・星の亡霊
「お前はピクシー小隊と合流した後、指示があるまで待機」
「はい」
オズマに呼び出されたリチェルは、今度実施の模擬戦の概要を目に通していく。
誰もが少しは気を引き締める場所であるのに、リチェルはやはりのほほんとしていた。
「重要な模擬戦だからな、殺さない程度に思いっきりやってやれ」
「わかりました。少しは手応えがありそうですかね?」
「どうかな、だが良い線はいくと思うぞ。お前こそ油断して被弾したら罰を与えるからな」
「わー、それは嫌です」
うう、と唸っているとオズマはモニターをオフにした。
ここからは作戦の話ではないという事を意味するものだ。
「ミシェルが嘆いていたぞ、お前が甘やかすから自分の威厳がなくなるってな」
「いいじゃないですかー、1人ぐらい優しい人がいたって」
「ふ、お前の方がよっぽど鬼だな。それでどれだけ新入りを泣かせてきたんだろうな?」
「ぅ……わかってますよ」
オズマの言葉が本気ではないとわかっている。
だけどある程度自覚しているリチェルは、オズマの意地悪そうな笑みから逃げるように顔を背けた。
* * * * * * *
「スカル4、1機撃破!」
ネネ機に2発のペイント弾が命中すると、アルト機は余裕ともとれる決めポーズを披露してみせた。
それに真っ先に反応したオネエ系なボビーが、男性特有の低い声で色っぽくため息をついた。
「ふぅ~ん、バトロイドに乗せても絵になるのねぇ~彼」
「馬鹿が、撃ったらすぐに次の索敵だって言ってるだろ!」
オズマは苛々を隠さずに言うと、通信士に檄を飛ばした。
「リチェルに合図を送れ!」
「了解。ファントム1、作戦を開始してください!」
『了解』
簡潔に、だけど静かな声が返ってきた。
対象宙域の岩礁に潜んでいたリチェルは機体エンジンの火を入れた。
ブン、と電子音が響く中、レーダーに映るのは6つの機影。
まだ慣れぬ戦闘で焦るような声が通信を通して聞こえてくる。
リチェルはファイター形態に変形すると、その機影の中で今回の目標である機体へ飛んだ。
まっすぐにこちらへ向かってくる機体に一番始めに気がついたのはアルトだった。
「な、新しい機体反応!?……これは……"ファントム1"?」
モニターに映る見慣れないコード名に、ミハエルが予想していたと言わんばかりに笑った。
『やっぱり来たな……アルト、そいつが一番難関だぞ!』
「な、これも模擬戦の一部だってのか!?今はこっちで手一杯なんだぞ!?」
赤いクァドラン・レアの弾を必死で避けながらアルトは叫んだ。
『戦闘は1対1じゃない、そういう事だ』
「っ、くそ……っ!」
正面からは猛スピードで迫ってくる機影、背後からはクァドランからの追撃。
どうとでもなれ、と独りごちたアルトは機体を反転させた。
肉眼で確認した正体不明の機体は、見慣れぬカラーが塗られたVF-25S。
暗い宇宙の中で一際闇色を纏っている、黒一色のメサイヤバルキリー。
いくつもの弾が発射され、レーダーがアラームを鳴り響かせた。
ペイント弾とミサイルの応酬にアルトは逃げ切る事で精一杯だった。
「な、は、速いっ!」
アルト機が弾を避けきった頃には"ファントム"が至近距離に近づいていて、
慌ててガウォークに変形して弾を浴びせるが、駆けるように"ファントム"は軽々と回避。
怯むものかと続けて撃ち続けるが、今度はバトロイド形態の"ファントム"はそれを全て模擬弾で撃ち落とした。
「な……っ!」
そんな芸当はそうそうできるものじゃない。
呆気にとられていたアルトだったが悠長に見ている暇はなく、また追われる立場となった。
赤いクァドランも変わらずアルトを追撃する。
「っ、のやろ!!」
追いかける2機は絡み合うように螺旋を描きながら飛んでいく。
その跡は端で見ているととても美しく、マクロスクォーターのクルー達も感嘆の声を上げた。
「まぁ、何て綺麗なのかしらねぇ」
「やはり恐ろしいな、あいつは……」
バックパックに被弾、このペースでいけば確実にやられる。
焦りを滲ませたが、大昔に撃墜されたゼントラーディーの戦艦を見つけたアルトは甲板部で2機を狙い撃つ。
弧を描いて散開した赤と黒の機体は左右から挟み込むように迫ってくる。
(やはり1機だけでは無理か……!?)
――その時、全機のモニターの警報が鳴り響いた。
「バ、ジュラ……っ!」
フロンティアを脅かす赤い生物、それが目の前に現れアルトは震えた。
恐怖にではなく、怒りでだ。
『とっとと逃げろ!こっちは模擬弾しか積んでいないんだ!!』
ミハエルの声も聞こえていないようで、アルト機は一向に離脱する様子はない。
「お前らなんかに……お前らなんかにっ!!」
模擬弾を捨てたアルトは唯一の実戦武器、レーザーナイフでバジュラに迫った。
「うおおおおお!!!」
『、馬鹿野郎っ!』
『アルト先輩!』
怒りで我を失ったのか、ナイフでは有効な傷を与えられず翻弄されるアルト機。
「下がれ新入り!」と叫ぶクァドランが代わりにバジュラと対峙する。
『下がりなさい、アルト』
「ん、な……!?」
唐突に聞こえた声は、今まで一言も発さなかった"ファントム"からのものだった。
それが予想に反して甲高い女の声だったからアルトは思わず黒い機体を呆然と見つめた。
『クラン大尉、実弾はありませんが私が囮になる。その隙に』
『リチェル……わかった!』
「リチェル?……リチェル・アルヴァ中尉!?」
聞いた事のないような淡々とした低い声、それはよく思い返せば確かにリチェルのものだ。
だけど模擬戦でアルトを窮地に追い込ませた腕といい、この冷めたような声といい、
普段の柔らかい物腰のリチェルと同じ人物だとは思えないほど違っていた。
"ファントム"はバジュラに対し、模擬弾を目眩ましとして発射させると、
それをやり過ごしているうちに接近しバトロイド形態でナイフを体に突き刺した。
「グアアアァ!!」
痛みを訴えているようなバジュラの声が上がり、真上まで来ていたクァドランが
バジュラの急所とでも言うべき箇所を狙った。
「っ、浅い!」
2機を振り払ったバジュラは高エネルギー砲を発射した。
クァドランは大きくはね飛ばされ、"ファントム"は衝撃をやり過ごすとさらにバジュラを追いかけた。
『どけぇ!!』
「っ!」
アルトはどこから持ってきたのかゼントラーディーのレーザー砲を手にバジュラの頭上に乗った。
「……っ!」
"ファントム"が素早く飛び退ると、背後で一際大きな爆発が起こった。
大破したバルキリーを収容すると、アルトは苛立ちを隠す事もなくミハエルとルカの所へ走った。
「聞いてねぇぞミハエル!!」
それはバジュラの襲撃ではなく、突如現れた漆黒のバルキリーの事だった。
模擬戦にも関わらずあの機体は実弾ミサイルまでも撃ってきたからだ。
「だから言っただろう?どんな事態にも対応してこそだと」
「すみませんアルト先輩、僕達も知らなかったんです」
「予想はしてたけどな」
「く……っ!」
シュンと項垂れるルカと、常に余裕の顔のミハエル。
アルトが拳をプルプル震わせていると、少し遠い所に収容された黒い機体から人影が降りてくる所だった。
彼女はこちらの雰囲気などお構いなしに、嬉しそうにはしゃぎながら駆け寄ってきた。
「あはは、結構やるねぇアルト!」
「な……ほ、本当に中尉が……?」
「うん。大破しちゃったけど、よく頑張った方じゃない?ねぇミハエル、ルカ?」
「……ノーコメント」
「お、お疲れ様ですリチェルさん……」
怒りの矛先を失ったアルトは強く言う事もできず、
リチェルが楽しそうに格納庫を出て行くのを見つめるしかできなかった。
「一体何なんだ、あの人……」
「S.M.Sで1、2位を誇るエースパイロットさ。彼女は俺達みたいに小隊として行動しない。
単独で動き任務を遂行させる、いわば"星の亡霊"」
漆黒のバルキリーは星の闇で冷徹無比に敵を撃墜させる。
「ま、一言で言えば彼女はバルキリーに乗ると人が変わる。
鬼のように敵を追い詰めどんな時も感情を持ち込まない。だからあのナリで中尉なんだよ」
S.M.Sのオアシスのような人、だけど実際は手のひらを返したかのように非常に恐ろしい人物。
どれだけ普段優しくされても大事な時には誰よりも厳しい。
「……反則だろ、それ……」
アルトは振り上げた拳を力なくおろした。
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どこまで本編を絡ませようか悩みます。
模擬戦で実弾使うなんてアルト危うすぎ(笑)
牽制用に少しだけ積んでたという裏話です。