「あれ、アルト」

フラリと立ち寄ったラウンジにいたのはリチェル、時間で言えば深夜の頃に何故か彼女は一人でいた。

「どうしたんですか。夜勤、でしたっけ?」
「ううん、ちょっと眠れないだけ」

暢気に答えるリチェルは思いついたように手招きをする。

「せっかくだからアルトも一杯だけ飲んで行ってよー。ノンアルコールだけど、奢るからさ」
「え、いや、俺は……」
「まあまあ遠慮せずにー」

さっさとアルトを座らせるとリチェルは素早くドリンクを手配して差し出した。
少しぐらいなら付き合ってもいいかと、諦めたようにアルトは口をつけた。

見る限りリチェルのグラスにはアルコールが入っている。
こんな時間に飲んで明日の隊務には支障がないのだろうかと、一抹の不安を覚えたアルトだったが、
彼女は隊員としての自覚を持っているから心配ないだろうし、それに酔っているようにも見えなかった。

「ランカの事なんだけどさ」
「ぇ……っ!?」
「?どうしたの?」
「い、いや……なんでも」

アルトが今の今まで間男よろしく彼女の家に忍び込んでいたなどと、リチェルは知るよしもない。

「明日のライブ行くよね?」
「ま、まあ一応……」

今回は行けそうだと、確かリチェルもはしゃいでいたと記憶している。
アルトの学友達も同じように興奮していたから、みんな同じ目的なのだろう。

「どうせリチェルさんもミシェル連れて行くんですよね?」
「……そうだね、みんなで行こうよー!せっかく招待してくれたんだからさ」
「?……そうですね」

ミハエルの話をさりげなくかわされたような気がするが、自分の思い違いだろうか。
それが無意識なのか故意なのかはアルトには判別できなかった。

それから、ふいに会話が途切れた。

続けて何か言うかと思っていたが、彼女はグラスを見つめて微笑むだけで言葉を発しようとはしない。
ならば自分が何か喋らなければ、そう焦るのだがどう切り出して良いのかわからない。

「何か話してよ、アルト」
「お、俺……!?中尉が誘ったんですから、中尉が何か言って下さいよ……っ」

我ながら気が利かない男だ、アルトは自分で自分を呪った。

リチェルは「んー、そうだなぁ……」とぼんやり考える。
グラスを指で弄っては、ゆっくりと顔を上げた。

「……アルトは、人を好きになった事ある?」
「な……っ!」

予想もしていなかった言葉にアルトはあからさまに顔を歪めた。

「な、何でそんな事聞くんだよ!」
「えー?アルトあたりが世代かなと思って、恋愛の」

恋愛に世代などあるのか、アルトは胸中で独りごちた。

「よくランカやシェリルとも一緒にいるみたいだし。
学校にも可愛い子いっぱいいるから、少しぐらいあるんじゃない?」
「そんなもんミシェルかルカに聞いて下さいよ、
あいつらなら恋愛の1つや2つ、いくらでも経験してるだろうから!」

ミハエルは女好き、ルカは絶賛片思い中。
恋愛談についてなら自分より適任な男はたくさんいる。
気恥ずかしさから吐き捨てるように言ってしまったが、リチェルは少し寂しそうな顔をして俯いた。

「……うん、それはそうなんだけどね…」
「ぁ………」

マズイと思った。
ミハエルは今リチェルと付き合っているのだ。

ミハエルの武勇伝など聞いたって糧になる訳がないだろうし、
恋人であるはずの男にそれを訊く事すらおかしいだろう。

だったら、そもそもどうしてこんな質問をするのだろうか。
その言葉はまるで、初めて人を好きになったかのように聞こえる。

心なしか沈んでしまったリチェルを見て、
アルトはとにかく自分で答えられる範囲の回答を必死で探した。

「お、俺は今はそんな事考えられないし……っ」
「そうだよね、アルトは空が恋人だもんねぇ……」

「変わらないね」とクスリと微笑んで、だがリチェルは消え入りそうな声で確かに呟いた。

「私も……そうであれば、よかったのに……」
「…………リチェルさん……もしかして……」


――「付き合ってって言われたから、いいよーっていう感じ?」――

ミハエルとの関係を訊いた時、彼女は何とでもないという笑顔であっさりと答えた。

だけど今の彼女はアルトから見てもわかるくらい悲しそうに笑っていて、
どこか儚い表情ばかりして、ミハエルの話題を避けようとする。


(……本気で、ミシェルを……?)


「……ねえアルト」

組んだ両腕に右頭を埋めるようにしてテーブルに突っ伏すと、遠い目でリチェルは続ける。
彼女は、見た目で分からないだけで酔っているのだろうか。

「女の子達の想いに気付いてあげてって、そう思うんだけど……アルトはそのままでいてほしいとも思う……」

それはどういう意味だろうか、だが恐らく彼女は教えてくれない。

リチェルさん……?こんな所で寝ないで下さいよ」
「……何でだろうね……」

そうしてリチェルは、誘われるように意識を手放した。



どうしたものか、アルトは上官を見下ろして考えあぐねていたが、
諦めたように溜息をつくとリチェルの部屋まで運んだ。

自室に戻るとルームメイトであるミハエルも起きていたようで、イヤらしい笑いがアルトを迎えた。

「遅かったなあ姫。色男は大変だな」
「違う、からかうな」

ミハエルが勘ぐっているような事実は一切ないのだ。
それだけでなく、同室の男の恋人に付き合ってこの時間になったのだから。

「今リチェルさんに会って、でも寝ちまったから部屋まで送ってきた」
「………は?」

上体を起き上がらせたミハエルの怪訝そうな顔がアルトを見下ろした。

「何でお前の前で寝てんだよ」
「知らねぇよ。酒に付き合ってしばらく喋ってたら、そのまま寝入ったから仕方なかったんだよ」
「…………」

責めるように細められた目が不快で、アルトは語気を強めた。

「起きてんならお前が相手してやれよ」
「……そりゃ悪かったね。リチェルさんの世話してくれたみたいだから、感謝しとくよ」

ミハエルは壁を向くように横になり、それきり表情は窺えない。

「この頃様子がおかしいから一応添い寝するつもりだったんだけどな、フラれたよ」

アルトに似て負けず嫌いのミハエルから呟かれた言葉は、言い訳のようだった。
だが、彼の真意はわかるはずもなく。

「あの人、アルトの方が合ってんじゃねぇのかな」
「……はあ?」

今度はアルトが首を傾げる番だった。






26・堰く者、揺るがす者






バジュラは生命体だ、人類と同じく。

だから傷つけられれば、次は傷つけられないようにと進化する。
そうして種を存続させようとするのは、生命体として自然な活動なのだろう。

もはや彼らは、既に反応弾が効かない程にまで変化していた。

『どうなってやがる!?』
『全然効いてないぜ!』

スカル小隊からも動揺の声が聞こえた。

「そう……成長するって事なのね」

彼らにも生きる権利はある、リチェルは慌てる事もなく納得していた。
未だ健在の識別信号をモニターで確認すると、真空の闇を見据えた。

「それでも、私は……っ!」

だからと言って、落とされる訳にはいかない。
ここで自分達が負けたら、誰がフロンティアを守るというのだ。

リチェルはスロットルを奥まで押し込んだ。

「私達がやらないと、またランカの歌が利用される!」
『!リチェル中尉!』

バジュラに飛びつき、関節に機銃を何重に撃ち込みながら無理矢理引きちぎる。
頭を蹴り上げ、目に向かってもう一発。
隙ができた所でアサルトナイフを突き立てた。

間髪入れず襲ってきたバジュラに、遠距離からの砲撃がリチェルを援護した。
被弾させる事はできなかったが、衝撃でよろめいた所へさらにナイフで斬り込んだ。

「ふぅ……ありがとう、ミハエル」
『単機で突出しないで下さいよ!』
「まだ次がある、ミハエルはアルトを援護して」
『っ、…了解しました中尉殿!』

半ばヤケで離れていった青いバルキリーを見送ると、再びリチェルは立ち塞がる。

「ランカの歌がなくったって……!」

だが、バルキリーの攻撃を抜けた一体のバジュラがクウォーターに接近しようとしていた。
素早く機体をひるがえすと、同じくそれを察知して阻止しようとする隊長機の後を追った。

「…っ!隊長!」

嫌な予感がしたのだ、彼は身を挺して艦を守る気がするから。
あそこには、彼が密かに大切にしているキャシーがいる。

クウォーターのブリッジの前でピンポイントバリアを張ったオズマ機の横で、
リチェルは重ねるようにバリアを展開させた。


そして機体の衝撃と共に、背後で爆炎が上がった。


「く……っ!」
『オズマ!リチェル!』

キャシーの悲鳴に似た叫びと、目の前の計器が知らせる機体の被弾状況が頭に響く。
突然飛び込んできた自分を叱責するだろうかと危惧していたリチェルだったが、
隣のオズマ機はどこか笑っているように見えた。

(やっぱり、隊長が危うい……)

リチェルの不安に覆い被さるように、彼は雄叫びを上げながらバジュラに斬りかかろうとした。
だが遠方からの重量子ビームが敵をいとも簡単に撃墜させた。

「ブレラ・スターン……!」
『もうお前達の攻撃は通用しない』

それは、現時点では紫一色のバルキリーの持つ重量子ビームだけが有効だと告げていた。

『バジュラは常に進化し続ける生物だ。
一個体の受けた損傷情報は瞬く間に群れ全体に蓄積され、新たな個体にフィードバックされる』
「……これだけ適応が早いのは、そういう理由だって事ね」

敵は既に反応弾すら悠々と防いでいる、その事実は隊員達を動揺させるには充分だった。
どんな武器すら効かない敵を前にして、恐怖を感じないものはいない。

いずれブレラの持つ重量子ビームも効かなくなる時が来る、
それを口にするブレラ自身も、静かに耳を傾けていたリチェルにもわかっていた。

『だからこそ歌が必要なんだ、彼女の声が!』

(………!)

戦うべき人間が敵前で立ち尽くして無力となり、守られるべき人間が矛となって軍人の楯となる、
そんな世界は、おかしい。

(私は……守られる為に生きてきたんじゃない!死ぬのが恐くて生きてきたんじゃない!)

「でもランカは―――!」
『それが何だってんだ!』

リチェルの言葉を遮ってオズマの怒号が響いた。
リチェルやアルトよりも強い意思で、ランカを必要とするブレラを睨み付けていた。

『反応弾が無理ならミサイル、ミサイルが無理なら銃!
それが無理なら、最後は拳になろうが歯だろうが爪だろうが!!』

オズマ機は被弾したアーマードパックを捨てると、
移動速度が大幅に上昇したバトロイドで、ナイフを手に再びバジュラに斬りかかる。

『戦う意志が欠片でも残る限り、俺は戦う!戦ってみせる!』

機銃を駆使して相手を怯ませ、
引きちぎった敵の肉片を逆に突き立てるとバジュラはついに爆発した。

「た、隊長……!」

小隊を束ねる者らしく、誰よりも勇敢な姿だった。
閃光に照らされた佇まいにリチェルは思わず見惚れていた。

『妹達も、惚れた女も、守れないで何が漢だ!』
「……!!」

その言葉には自分も含まれているのだと気付くと、驚いたように目を見開いた。

『ロックだねぇ』
『演歌だろ』

茶化すように呟いたミハエルとアルトには戦う意思が取り戻されていて、
リチェルも後れを取るまいと慌ててスロットルを押し込んだ。


……そうだ。

たとえ敵が進化しようが、こちらの武器が通用しなくなろうが、私は軍人だ。

戦う為に生まれ、生きてきた。
バルキリーに乗り、迫り来るだろう敵の為に教育されてきた。

両親すらも踏み台にして、生き残ってきた。
それでも空を飛ぶ為に、戦う為にS.M.Sに入隊し、力をもらった。

塵になろうが、亡霊になろうが、戦える私がやらなくてはいけないんだ!
私が戦う、私は最後まで諦めない!

決して、ランカを歌わせたりなんかしたくない!
彼女だけは、笑顔をくれた彼女だけは汚したりしない!


『チッ……無駄な事を!』


無駄だろうか、だけどこれが私の生きる道。

ランカの夢を穢してまで生きようとは思わないから。

戦うのが私の役目、私の生きる意味。
それで散るのなら……きっと、後悔はない。

こんな私を"家族"だと言ってくれた人の為にも。


私は、何があろうとも戦い続けなくてはいけないから―――











どうにかファーストライブのリベンジに間に合ったS.M.S隊員達は、
ランカが登場するのを今か今かと待ちわびていた。

「いいんですか、隊長の方に行きたかったんじゃ……?」
「いいの、2人の邪魔をする野暮な妹じゃないから」

壁を隔てて隣の席にいるオズマは、今はキャシーと共にいる。
戦闘後も一番に駆け寄りたかったリチェルだが、気を遣って近づくのは控えた。

2人はうまくいってくれればいい、何だかんだ言ってお似合いだからと、リチェルは微笑んだ。

「隊長……私の事、妹だって言ってくれた」

オズマの厚意を無下にしてしまったというのに、
彼は躊躇う事なくランカとリチェルを含めて"妹達"と叫んだ。

彼は自分の事を今でも妹だと思っていてくれたのだという事実に、
ランカの歌を聴く前からリチェルはより多くの幸せに満たされていた。

「気付かなかったんですか?隊長、あからさますぎるぐらいリチェルさんに甘いのに」
「うるさいなーミハエル。今喜びに浸ってるんだから邪魔しないで」
「はいはい」
「お2人とも。もうすぐ始まりますよ」

スポットライトを浴びて、緑の髪の妹が夢を紡ぎ出す。
観客は歌に酔いしれて、ランカは眩しい舞台で笑っていた。

ミハエルとルカが肩を組み合ってはしゃいでいる傍で、
アルトは彼女を感慨深げに見下ろしていた。

「希望の歌姫、か……」
「……そうだね。少なくとも、私にとっては希望だよ」

私が持ち得なかった、光。
彼女にはいつまでも輝いていてほしいから。

「よかったね、ランカ……」

私は少しでも、彼女を夢を守る事ができたのだろうか。
目を閉じて歌に聞き入ろうとしたリチェルだったが、



――「オズマ!!」

彼女の歌にかき消えるように小さく、だけど確かにそう叫んだキャシーの声が聞こえた。



「……隊長?」
リチェルさん……?」

嫌な震えが背筋を這って、体が冷えていく。
誰も聞こえていないから気のせいだ、そう思いたいのに不安はどんどんリチェルを侵蝕して。
思い出すのは、妹の為にと命を省みようとしない隊長の笑みばかり。

だが突然鳴りだした携帯端末が、決定打だった。

「隣のキャシー中尉からじゃないですか、こんな時に何でしょうね?」
「………!」

そうして、耳から聞こえた情報にリチェルの思考は停止した。



――音が消え、一切の雑音すら聞こえなくなった。











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堰く=せく

バランスが悪い構成になってしまいました。