――「……リチェル

低く響く声で、諭すように呟いた。

「はい、何ですか?」

真面目な気配とは反対にリチェルはホケホケと笑っていた。
それがオズマには気に入らなかった。

「……お前、無理してないか?」
「へ?してませんよー?」

初めて会ったリチェルは笑いも泣きもせず無感情に存在しているだけだったのに、
ある日を境に笑顔しか持たなくなった表情。

ランカは心を開いてくれたとわかる程、起伏の激しい感情で兄に突っかかってくる。
しかしリチェルは……明らかに心に蓋をして、笑う事で社交性を保とうとしている。
バルキリーに乗ると性格が真逆になってしまう事から、それが不自然な状態だと容易にわかる。
心が分裂したままで、これから生きていくつもりなのだろうか。

過去に持ち得なかった笑顔でいられるのは良い事だとは思う。
友人すらいなかっただろう幼少期と比べると、S.M.Sの隊員達と家族同然のように接していられる事も、
彼女にとっては幸せであるだろうが、それによってさらに笑みを生み出していく日々。

いつか……箍が外れるのではないかと不安になる。

「……また、家来るか?ランカもいるぞ」
「嬉しいけど、悪いです。前にもお邪魔したのに」
「んな事気にしなくていい、ランカが喜ぶ」
「……すみません……ありがとうございます、隊長」
「……」

別に怒ったって良いんだ、泣いたっていいんだ。
我が儘を言って周囲を困らせてもいい、辛いときは落ち込んで支えてもらえばいい。

それを強いてしまったのは恐らく自分達なのだろう、だがこんな事は望んでいなかった。
酷なのだとはわかっている……それでも、戻ってこい。

「少しは甘えろ」
「……隊長、私はリチェルアルヴァです」

こいつは養子の件を断った事を気にしている。
兄妹ではないのだから甘えるのはおかしい事だと距離を作って。

形式などどうでもいいのだと、何故この妹は気付かないのだろうか。

「……馬鹿な奴だな、お前」
「いいんですー、それが私ですから」


誰でもいい、俺の代わりに……リチェルの心を守ってやって欲しい―――






27・濁らせた北極星






「バカバカバカ!本当に心配したんだからね、お兄ちゃん!」
「言ったろ?俺は死なないって」

ランカは包帯に巻かれたオズマに飛びついて泣いていた。

「ほんっっとに……驚かせないで欲しいよ…」

病室の外で、リチェルは壁を背もたれにして天井を仰いだ。
怪我を隠して、無理してランカのライブに行くなんて……本当に、馬鹿な兄だ。

「……行かないのか?」

尋ねてきた隣のアルトにリチェルは苦笑して答える。

「兄妹水入らずにさせてあげればいいよ」
「……中尉も十分兄妹だと思いますけど」
「そうだリチェル、そんな事気にする必要はない」

カナリアまでもがリチェルの背中を押すが、頑として首を縦には振らない。
あくまで形式にこだわる姿がどこか痛々しく見えた。

「いいの、私の事は」
「不器用だな、お前は……」
「何とでもー」

リチェルは周囲に見つからないように、震える手を背中に隠した。
だが、

リチェル、いるんだろ?」
「っ!」

ふいに呼びかけられた声にリチェルはビクッと肩を持ち上げた。
兄の顔などとても見られそうになくて、顔も出さないまま動揺しきった声で応えた。

「は、はい……何でしょうか?」
「!………リチェルさん…」

ようやく周囲は気付いた、彼女が部屋に入らなかった理由を。


ランカとキャシーと同様に、一番にオズマの心配をしていたのは恐らくリチェル
だけど取り乱す彼女達とは違いリチェルだけは平静を装っていた。
どんな時も笑顔以外の表情が出てこない一種の精神疾患のような状態だから仕方ないと思っていたが、
本当はそうではないのだ。

彼女は無意識に抑え付けているのだ、奥に潜めた確かな感情を。
心配で心配で堪らないのに、今すぐに駆けつけて泣き出したいのに、
心のどこかでなかった事にしようとしているのではないか。

しかし実際にオズマの顔を見てしまうと抑えきれなくなった感情が溢れてしまいそうになり、
心のバランスを崩してしまう事を恐れている、そんな気がした。


リチェル?」
「は、っはい?」

だが、何故そうする必要がある?

誰も笑顔を強要した訳じゃない、笑顔以外を拒絶した訳じゃない。
なのに彼女はどうして頑なに封じ込めようとするのだろうか、その本当の気持ちを。

……それは過去の両親の事件に由来しているのかもしれないが、
彼女の幼少期の心の闇は、いくら同じように辛い過去を経験してきた人間でも計り知れない。
傷が1人1人違うように、そのトラウマも様々な状況で起因するだろう。

そして今わかる事は、オズマ・リーという存在が彼女の心の楔として、
良くも悪くも彼女に影響を及ぼしているという事。

「おいで」
「………っ」

震えながら笑うほど、ここまで彼女を揺さぶるのは……初めて心を許した大切な家族だからだろう。
だがそれは痛々しい以外の何物でもなかった。

「ほら行っておいで、オズマが呼んでる」
「う、うん……っ」

始めは躊躇っていたが、必死に笑顔を取り戻すようにしてリチェルは病室に飛び込んだ。
ランカが抱きついている状況でどうしたものか一瞬困ったが、オズマは優しく笑うと反対側のベッドの傍らを軽く叩いた。

来い、と言っている。
あんなに大勢が見ている前で、リチェルにランカと同じようにしろと言っていた。

「どうした、来いよ」
「……っ、はいはい、わかりましたよー!」

こうなればヤケだとリチェルは足を進めたが、最後の抵抗とばかりに近くの椅子に座った。

「もう……無茶も大概にして下さいよ?」
「はは、悪かったな」
「………っ」

こうやって、隊長は簡単にリチェルの言葉を詰まらせる。
慈しむように頭を撫でられて、どんな顔をすればいいかわからなくて彼女はひたすら俯く。

「食うか、パインケーキ?」
「………」
「……っと、お前は苦手だったな」
「パインケーキは……好きじゃないです。……でもオズマ隊長が作ったのなら、少しなら食べてもいい、です……」
「そうか」

そうして溢れたのは、誰もが美しいと思うだろう笑顔だった。
子供のように純粋な、きっとこれもリチェルの本質。

「やっぱりまだまだ子供だな、お前達は」

かけがえのない家族を想い、微笑んだリチェルは幸せそうだった。











―――それは、知ってしまったら抜け出せない、甘く蝕む罠。


「人肌を提供しに来ました」
「………どうし、て」

自室に現れた人物にリチェルは驚きを隠せなかった。
だって、一番会いたくない人がそこにいたから。
本当は一番会いたい人が立っていたから。

「色々あったじゃないですか。だからそろそろかな、と思って」

自分がミハエルに縋るタイミングを、彼は知っている。
だがリチェルは望まなかった。縋りたくなかったのに。

「どうしたんですか?今さら遠慮しなくても」
「ううん……よくわかるねミハエルは、私の事」


――こうされたら断れない事も、よく知っているでしょ?
もうミハエルの隣は安心できると体が覚えてしまっている事も、きっと承知してるんでしょう?


リチェルさんを泣かせられるのは、俺だけですから」


ねぇ、貴方はどうしてそんなに、私に優しくしてくれるの?

どうして?クランが好きなのに?
その優しさは義務感から?私はたとえ名目上だとしても恋人だから?

……ねぇ、ミハエル……私の事どう思ってる?

貴方と親しい女達の中で、私は少しでも特別な存在でいるの?
貴方の心に、私という人間が欠片でもあるのかな?

……でもね、ダメなの。
それではもう、嬉しくなんかない。

オズマ隊長やランカも大切だ、だけどそういうものではない。
家族として"愛してる"ときっと言える。だけど……"愛して欲しい"とは少し違う。

必要とされたい、たった1人に必要とされたい。
パイロットも仲間も家族も越えて、ただ……この人には心から愛されたい。
ミハエルの心が欲しい。
身代わりじゃ嫌だ、ただの性欲処理でも嫌だ。こんな……偽りだらけの関係は嫌だ。

心が欲しい。貴方の全てが欲しい。
だから……もう、こんな関係はやめようよ?

もう甘えたくない、逃げたくない。
そこに貴方の心からの意思がないのなら。


(欲しい……私、ミハエルの心が欲しいんだ……)


それは決して私には与えられないのにと、わかっていながら。











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他視点多め。