―――誰かに愛して欲しかった。
笑顔でいれば、みんなは優しくしてくれるから。
名を呼んで、話をしてくれて、そして大切にしてくれる。
私を見てくれる、仲間だと言ってくれる。
笑顔でいると、"家族"を教えてくれた人達が笑ってくれるから。
妹のように扱ってくれて、楽しく生きていれば安心してくれるはず。
こんな私を好きだと言いながら、彼女は無邪気に駆け寄って来てくれる。
笑顔のままでいれば、彼は傍にいてくれたから。
どんな言葉も受け流して笑っていれば、彼に甘えていられたから。
彼は私の笑顔を壊そうとするけれど、もし私が笑わなくなったら彼は離れていく。
泣いてもいいよと言うけれど、本当の私は泣き方すらわからない。
私は笑わなければいけないんだ。
「ねえリチェルさん、笑ってばかりいるのって疲れるでしょ?」
だけど、そうしなければ私は誰からも愛してもらえない。
「笑顔も可愛くて素敵だけど、俺は貴女の泣いた顔が見たいな」
これまでずっと笑っていられたのは、陰で彼の支えがあったからだと思う。
私の僅かなほつれを鋭く見抜いてはいつも抱いてくれた、温めてくれた。
みんなに好かれる為に、愛される為に必要な、彼という安定剤。
……だけど、貴方に愛してもらうにはどうすればいいの、ミハエル?―――
28・飢えた愛は変容して
自分自身がわからない、そんな事ばかり思うようになった。
誰かに助けて欲しいのに、誰とも会いたくない。
笑えなかった頃に戻ってしまっている気がして、誰にも顔を見られたくない。
だけど一人ではいたくない、もう一人は耐えられない。
そうして思い出してしまうのは、あの声や腕、翡翠の瞳。
でも彼に触れられるのは辛い、好きでもないのにそれをされるのは痛い。
ずるずると引き延ばしにしても、彼の気持ちは恐らく変わらないというのに。
手放したくないものばかり増えて、どんどん欲深くなっていく。
「ついに落としたのかよ!」
そんな矛盾した気持ちが満ちていたリチェルは、
何も考えずに仕事に没頭していたいと黒いVF-25のコクピットで一人作業をしていた。
仲間の会話が耳に届いたのはそんな時だった。
元々すぐ熱くなるパイロット達だったが今日はいつになく興奮している様子で、何気なく意識がそちらへ向かった。
「ああ、非番のたびに通い詰めてやっとOKもらったぜ!」
「何だよくそ、俺に気があると思ったのによ!」
「へっ、悪いな」
どうやら意中の女性がいて、想いが通じた事を喜んでいるようだ。
やたらと幸せオーラを醸し出す男は手中の写真を眺めては何度もうすら笑う。
「……お前にしては美人掴まえたじゃねぇかよ」
「顔もいいがな、中身も良い女なんだぜこれが。まあ当たり前だ、俺の女なんだからよ!」
(ミハエルはあんな事言って浮かれたりしないよなぁ……)
どうだろうか、彼なら本気じゃなくても必要があるなら言ってみせるかもしれない。
「これで肌身離さず一緒だからよ、俺は死なねぇぜ」
「古いなお前、女の写真を持ち歩く戦闘機乗りなんか今時いねえだろ」
「言ってろ、俺はナターシャと結婚するまで生きるからよ」
写真の中で笑ってるだろう"ナターシャ"に男は叫んだ。
「愛してるぜナターシャ!!」
他人だった人を想い、好きだと告げ、相手にも想われる。
あれが本当の恋愛の形なのだろう。
自分達のが正しい付き合い方ではない事も、恋人と呼べる関係でない事も、リチェルはとっくにわかっていた。
(恋人なんかじゃ、ない)
所詮は盟約の上に成り立った、互いを慰めるだけの存在。
「そういやぁ……ほら、ミシェルが怪我した時あっただろ」
「ああ、ガリア4から帰還した時か」
ふいにミハエルの名が出てリチェルは思わず顔を上げた。
「医療班のダチから聞いた話だけど……あいつのヘルメットにな、写真が挟んであったらしいぜ」
「へえ~ミシェルにしては随分純情じゃねぇか」
「だろ?」
「で、その相手は誰なんだ?美人なのか?」
「それが、見た奴がプライバシーだからって教えてくれねぇんだ」
「何!?そんな面白そうな事独り占めしやがって!」
(ミハエルのヘルメットに、写真……?)
写真の人物に予想はできていた、だけどリチェルは気になってしまった。
もしかしたら違うかもしれない、それを見れば彼の本命がはっきりするのだから。
リチェルは人の少ない時間帯を選び、中尉権限でこっそりとロッカールームに入った。
いけない事だとは百も承知だ、だがリチェルに思い留まるほどの余裕はなかった。
何処にも行けない闇から抜け出せる、心の中で何度も問いかけてきた答えが見つかる。
ミハエルが本当に好きなのは誰?
ミハエルの気持ちは、何処にあるの?
その一心でリチェルは、ゆっくりとヘルメットの中を覗いた。
「!!!!」
――ああ、知ってはいけなかったんだ。
見てはいけなかったんだ。
こうやって肌身離さず、隠すように写真を戦場に持って行く理由を、私はひとつしか知らない。
踏み込んではいけなかったのだ。
踏み荒らす事はできなかったのだ。
……だからもう決めよう、別れの覚悟を。
「リチェル、さん……?」
街中の巨大モニターに映るランカを一心に見上げている後ろ姿があった。
名を呼ばれると彼女はふわりと振り返り、アルトを視界に入れると笑顔を作る。
その貼り付けた笑みにアルトは硬直した。
「何、やってんですか……こんな所で…」
「ランカが、歌ってたから」
「………」
ほけほけと呑気なリチェルじゃない、朧気で今にも消えてしまいそうだ。
不自然な程いつも以上の笑顔に、さすがのアルトも様子がおかしい事に気付いた。
「どうかしたんですか……?」
「……どうか、したのかなぁ……よくわからない」
「…………と、とにかく帰りませんか?」
明らかに何かがあったのだろうが、彼女自身何を喋っているのか理解できていないようにも感じられた。
できる範囲でなら自分がと思ったがこれでは手に負えない、
ならばS.M.Sに連れ戻そうとアルトはリチェルにそっと近づいたが。
「あ、あそこなら誰かいるでしょうから、カナリア中尉でもミシェルでも―――」
「やめて!」
突然大きな声を上げてアルトの腕を掴んだ、笑いながらも必死な形相で。
「ミハエルだけは嫌……もう、頼りたくないの」
「…………」
――「ランカを守ってやってくれ……それと、リチェルも」――
先程病室でオズマに懇願された言葉を思い出す。
だがこれをどうしろというのだ、彼女はもう壊れかかっている。
「……ミシェルと何かあったんですね?」
「何にもないよ?……本当に、何もない……」
どうしてこんなになるまで、彼女はミハエルと懇意にしていたのだろう。
「どうして……付き合ってたんですか……」
「……好きだったからだよ……たぶん、そうだと気付くずっと前から」
いつか、同じ事を質問した時があった。
彼女の返事は大きく変わっていて、これこそが彼女の本心だったのだとようやく悟った。
「ミハエルはね、優しくて甘やかしてくれて……何故か私の事を一番知ってる。
なのに本人は不器用で意地っ張りで、寂しそうで……」
――不毛だった、だから私はその感情に気付いた。
「……きっと、本気で好きな人に好きだと言えない不器用さが……私は好きだったんだ」
「は……?」
――だから、私が温めてあげたいと思ったんだ。
「ミハエルは好きな人がいるんだよ。私じゃなくてね」
「なっ……わかってて、付き合ってたのか?」
リチェルは、そうだと言わんばかりの笑顔で儚く空を見上げた。
「ねぇアルト、アルトは後悔しないように行動するんだよ?手遅れになる前に」
―――歌が聴こえる。
恋をして苦しんで、それでも好きだと叫ぶ、愛の歌が。
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短いですが切ります。
ヒロインさんの精神論は病んでますね(笑)