人間の一生なんて呆気ないものだ。
人はいつか死ぬ、そうやって自覚しているのにも関わらず。
それが明日かもしれないと、今かもしれないと恐怖に怯えながら人は確実に消滅への道を辿っている。
けれど人は、自分だけが取り残されてしまうかもしれない不安にも苛まれ。
孤独に生きる事も、時として人は死よりも嫌い崩れ落ちる。
人はどうして生きている、何の為に生きている。
自分にはわからぬ使命があるのだろうと藻掻き、彷徨った果てに己の無力さに絶望する。
必死に生き残って、そして人は何を失う。
望みのまま命を散らし、そして何が残るのだろう。
それでも人はただ手を伸ばし、獣のように明日を掴みたいだけなのだ。
自分の為であっても、誰かの為であっても。
31・ライオン
突然、人工の空を埋め尽くしたのはバジュラの大群だった。
「なに、これ……!」
瞬く間に市街地は地獄絵図と化し、逃げ惑う市民の悲鳴と爆発音がそこかしこで響き渡った。
小型だが人間よりも幾分か大きい生命体は、無差別に人や建造物に襲いかかる。
あまりにも急な事態にリチェルは驚愕の眼差しで見上げていたが、軍人としての自分を思い出すと懐から銃を取り出した。
「白兵戦は初めて、だけど……!」
生身で戦う術も子供の頃から叩き込まれている。
用心として所持している銃器をまさか使う事になるとは、
そう毒づきながら慣れた手付きで照準を合わせ引き金を引くと、強い反動がリチェルの腕にかかった。
それでも数ミリの狂いもなく何度もバジュラに命中させ、敵は力なく地上に落ちていく。
だがバジュラは無数に存在し、この辺りで戦えそうな人間は今のところリチェルしかいない。
脳裏によぎったのは美星学園にいたランカの安否だったが、あそこにはスカル小隊の3人がいたはずだ。
彼らなら彼女を守ってくれるだろうと自分に言い聞かせ、リチェルはアイランド1内にあるS.M.Sの基地を目指した。
とにかくS.M.Sに指示を仰がなければいけなかった。
「きゃああああ!!」
「……っ!」
甲高い悲鳴が聞こえた先には、倒れ込んだ女性を今にも襲おうとしているバジュラの姿があった。
顔色も変えないまま、リチェルは間髪入れず3発の銃声を響かせ敵だけを沈黙させた。
「大丈夫ですか!?立てますか?」
「ああ……っ…いやぁ…!」
時折飛来するビーム砲の雨を避けながら駆け寄ると、女性はパニック状態で震えていた。
足を怪我しているようだったが幸い大事に至るほどではないように見える。
「落ち着いて下さい、怪我は大した事ありません。立ち上がって逃げましょう」
リチェルが持ち前の柔らかい笑みで肩を撫でるとようやく意識を取り戻し、泣きながらもゆっくりと頷いた。
地下シェルターまで送り届けようと走り出したものの、時折聞こえる爆発音は止む事がなく、
隣にいた女性はそれだけで息を詰まらせ、恐怖で顔をぐしゃぐしゃにさせていた。
(このままじゃアイランド1が壊滅する……っ)
新統合軍の部隊も出動しているようだが楽に鎮圧できるような状況ではなかった。
現にこの辺りにはまだ応援はやって来ておらず、見渡せば人間であった塊が多く残されている。
それは凄惨な光景だった。
「あ、あそこの人……動いた…!」
「え……?」
身をかがませながら恐る恐る指を差す方向を探すと確かに人が倒れている。
だが倒壊した建物の瓦礫に足が下敷きになっていて、2人の力ではどうやっても動かす事ができなかった。
その上、腕には何かの破片が刺さっていて既に血が海のように広がっていた。
「……っ!」
さすがのリチェルも息を呑んだ。
これではまだ生きている方が奇跡だった。
下敷きになった男性は微かに呻き声を上げ、苦しそうに顔を歪ませている。
「しっかりして……もうすぐ助けが来ますから!」
そんな保証なんてなかった、だけどこの人は生きているのだ。
できる事だけでもやろうとリチェルは自身の衣服を破り、落ちていた鉄の棒を手に取り、
上腕の止血点に布を巻き付けて棒で強く締め付けた。
焼け石に水なのはわかっている、わかっているけど。
少しの間だけでもこの人の命が消えてしまうのを遅らせたかった。
「いやあああ!ま、また……!」
「下がって!」
女性の頭を障害物に隠れさせ、リチェルは攻撃が止んだ隙を見て銃弾を撃ち込んだ。
次々にやって来るバジュラを迎撃しながら男性の容態を確かめると、先程よりも息が弱まっていた。
「バジュラ……どうして人を襲うの!?」
投げかけても仕方のない言葉を吐き出しながら1体ずつ敵を殲滅させていく。
そして少しだけ静けさを取り戻して、怪我人を看ようと振り返ろうとした。
――ドォンッッ!!
「うっ…!」
だが近くで起こった爆炎で飛ばされてきた破片にリチェルは倒れ込んだ。
酷く痛んだ腕を無意識に押さえ、そしてゆっくりと眼前に持っていくと掌は赤一色に染まっていた。
(……痛い……赤い、血が………)
じんわり全身を侵食していくような熱は燃えているようで。
ドクンドクンという自身の鼓動に合わせて痛みは脳天に突き刺さり。
意識だけが冷えて、ただ呆然と血を見つめていた。
――「何であんたが生きてるのよ!!」――
あの時も、こんな痺れるような熱さだった。
痛い、ただ痛いと体は悲鳴を上げ。
――「あんたさえいなければ!!!!」――
死ぬ、それは終わるという事。
自分の存在が消えるという事。
あの人が最後に自分に望んだのは、"死"だけだった。
「――っ!!」
我に返ったリチェルは闇を振り払うように目を見開き、拳を握り締めた。
自分はそこまで重傷ではないのだ、何を動揺していたのだろう。
改めて下敷きになった男性に駆け寄ると、男は僅かに口を動かした。
何かを喋るのだろうか、リチェルは耳を近づけながら必死に笑顔を作った。
「頑張って!もうすぐ応援が来るから……だから!」
「…っ………ぁ」
男は辛うじて動く反対の手を伸ばし、弱々しくも痛いと感じるほどリチェルの手首を掴んだ。
掠れた声で、睨んでいるようにも見える必死な形相で。
「……し……っ」
「!ま、待って!あと少しだけ持ちこたえて!!」
「、…………しにたく、ない……」
「っ!!!」
一言だけ呟き、パタリと音を立て手は重力に負けた。
同時に、リチェルは自身が呼吸の仕方すら忘れてしまったかのような感覚に襲われた。
突然の息苦しさに何度も吸い込もうとしているのに、どうしてか酸素を上手く肺に取り込めなくて。
「はあ、はあっ……、あ…っ!」
どうしてこんなに苦しいのかわからない、だけど息ができない。
掻きむしるように気管支を押さえたそこは火傷のように無性に熱かった。
――「あんたが死ねばよかったのよ!!!」――
いつも誰かが死ぬたびに、母親の声が頭に響いた。
何故お前は死んでいないのだと、何故生きているのだと責められる。
いつ死んでもいいと思っていた、父が望む姿のまま星に散ればいいのだと。
そうしたら自分は父と母の望みを叶える事になる。
そう思って生きてきた、だけど気付いてしまったのだ。
「い…や……っ、!」
誰かの死を目の当たりにするたびに、いつか自分もこうなるのだという恐怖。
そして、死にたくないと確かに心が叫びを上げている事に。
だけど誰かが目の前で死ぬくらいなら、自分の命ぐらいいくらでも捨てられる。
そんな相反する気持ちも存在しているのだと。
頭は混乱するばかりで、どうすればいいのか答えは見つからなかった。
リチェルの呼吸が落ち着きを取り戻した頃、辺りは騒がしくなった。
一足遅かったがようやく援軍がやって来て、バジュラへの反撃が行われる。
「そこの2人、早く地下シェルターに行きなさい!」
リチェルは何とか立ち上がり、表情を引き締めて女性を支えた。
自身も足どりが覚束なかった為か軍人は2人とも避難させようと声をかけてきたが、
リチェルはその手をやんわりと断ると、強い目で辺りを見据えた。
「自分はS.M.S所属のリチェル・アルヴァ中尉です。
私はこのまま基地に向かいます。すみませんが、この方を安全な場所までお願いします!」
「りょ、了解しました!」
階級が下だったのだろう、思わず萎縮したように反応した軍人にくすりと微笑んで。
心配そうに見つめてくる女性に「大丈夫だから」ともう一度呟いて。
リチェルはまたバジュラだらけの街を走った。
バジュラの目的はわからない。
だけど相手が敵意を向けてくる以上、殺して、殺して。
助けられなかった男の目が脳裏に焼き付いて、
それを精一杯振り払いながら新たに倒れていく人達をやり過ごして。
張り詰めていた。
走り続けていなければ壊れてしまいそうで。
「リチェルさん!」
だけどそう一言呼ばれただけでリチェルの心は簡単に揺れた。
気がつけばS.M.Sの基地近くまで来ていて、顔を上げれば心配そうな顔色をした金の髪の青年がいた。
その翡翠を、リチェルは救いのように感じて縋るように見つめた。
「ミハエル……」
「……っ」
彼女が無意識に自分を求めている事にミハエルも瞬時に気付いた。
今までどんな小さな綻びでも見つけてきたが、
こんなにあからさまに懇願の眼差しを向けてきた事は初めてで、少なからず動揺した。
そして悩んだ。この手を伸ばすべきか、伸ばさないべきか。
恋人としての役目は既に終わっている、助けようとする事は果たして良い選択なのだろうかと。
「リチェルさ――」
「リチェル!怪我しているじゃないか!」
「……あ……うん、血もほとんど止まったから大丈夫……」
短い逡巡の後、声をかけようとしたミハエルを遮ったのは背後にいたクラン。
赤く染まった腕に驚愕し今にも飛びかからんとする勢いだった。
だがリチェルは自分の怪我の具合には興味を示さずただ弱々しく言葉を返し、
キョロキョロと目線を彷徨わせてランカを見つけ、安堵したように頬を緩めた。
「ランカ……よかった……怪我はない?」
「リチェルちゃん……っ」
壊れそうに、だけど確かにかたどられた笑顔にランカだけでなく誰もが切なそうな顔を向けた。
誰が見たって彼女の方が重傷のはずなのに。
「……と、とにかく中に入るぞ!武器がなければどうしようもできない!」
時折耳をつんざく爆炎は止む事はなく、障害物でそれを回避しながら飛来する敵を迎撃する。
クランが全員を促したものの基地内も既に戦場になっていたようで、
所々崩壊した瓦礫に埋もれるようにS.M.Sの隊服を着た仲間が何人も事切れていた。
その惨状に過敏に反応したのはミハエルだった。
「何でだよ……!何でこんな事に!?戦うのも死ぬのも、兵隊だけで充分だろ!?」
「落ち着けバカ者が!こういう時こそ落ち着け、いいなミシェル!」
「、……クラン…」
力なく抱き上げられた、まだ若いであろう1人にはリチェルも見覚えがある。
痛んだ喉を無意識に押さえ浅く呼吸を繰り返す傍で、幼馴染みを強く叱咤するクランの声。
この中では誰よりも幼い容姿の彼女だけが上官らしく気丈に自身を保っているようだった。
基地で発見できた武器は多くはなく、バルキリー用兵装と軍用のEX-ギアしか残っていなかった。
バルキリー用の兵装があっても肝心のバルキリーがなければ使用できないし、
略式EX-ギアでは敵を殲滅させる程の火力にならない。
だがクランだけはそれでいいとばかりに頷き、
いっそ清々しい表情に嫌な予感がしたのはミハエルだけではなかった。
「クラン、お前……っ」
「どうする、つもりなの……?」
「ゼントラ化してバルキリー用の装備でバジュラを一気に叩く!」
当たり前だとでも言いたげに笑ってみせた青い髪の少女にリチェルは顔を歪ませた。
「そ、そんな……」
――それは駄目だよ、危険すぎる。
クランに何かあったら、ミハエルが……
「つべこべ言っている暇はないぞ!
リチェルは怪我をしてるから、EX-ギアを装着したら3人の援護に回れ、いいな!」
「でも、クラン……!」
「しっかりしろリチェル!お前がそんなんでどうする!?」
「……っ!!」
両肩を掴まれ、ハッとしたようにリチェルは自分の階級を思い出した。
ここには自分よりも下の階級の者も一般人もいる、そして年齢で言えば自分が一番年上なのだ。
俯いて「ごめん」と小さく呟き、何とか顔を上げるとリチェルは通路の奥に進みEX-ギアを装着させた。
「私………クランを守るよ……っ」
「頼りにしてるぞ、リチェル!」
クランが巨人化するまでの間、水槽を守り抜く事が今の自分にできる精一杯の事。
負傷した腕は確かに痛い、喉も未だ上手く酸素を取り込んでくれない、だけどクランを失う訳にはいかない。
なけなしの威勢を取り戻したリチェルを見守っていたアルト達も、
互いに顔を見合わせ頷くとEX-ギアを起動させバジュラにマシンガンを向けた。
基地内へのバジュラの侵攻は次第に激しくなり、倒してもまた次の獲物がやってくる。
大型のマシンガンは敵に有効だが、数が多すぎる為にこのままではこちらの体力が持ちそうにない。
「クラン、準備は?」
服を一枚ずつ脱いでいきながら、クランはミハエルに背を向けたままポツリと呟いた。
「なあミシェル……さっきの続き、答えは出たのか」
「クラン…?」
意味がわからないと首を傾げたミハエルに、クランは咎めるような目を向けた。
「お前の恋がどこにあるのか見つかったのか!?」
「……こんな時に何を……」
「こんな時だからだ!いいから答えろ!」
苛立っているようにも見える少女の目に少しだけ戸惑い、
だけどフイッと逸らしながらミハエルは冗談っぽく苦笑した。
「……さあ、行方不明で現在捜索中かな」
「…………なるほど、確かにお前は……臆病者だ!」
「う…っ!」
突如鳩尾めがけてクランは拳を突き出した。
苦しそうに顔を顰めたミハエルの両頬を支え、目の前の人間しか聞こえない声量で囁いた。
「好きなんだろ、リチェルが」
その言葉にミハエルは目を見開かせ、信じられない気持ちでクランを見下ろした。
「な、……何をいきなり…」
「今聞かなくていつ聞くんだ!お前がハッキリしないと私が安心して死にに行けないだろ!?」
だがミハエルに湧いた感情は怒りだった。
心外だった、確かに自分は目の前の幼馴染みに好意を抱いているというのに。
以前から気持ちを秘め、幼い頃の写真を隠し持つほど好きだったのは、クランだというのに。
どうしてクランにそんな事言われなくてはいけないのだ。
「……お前に、何がわかるっていうんだ……俺がどんな気持ちで―――」
「言葉にもできない、恋すらまともにできない奴の気持ちなんかわかるか!!」
「クラン、俺は――!」
その言葉の続きを口にしようとして、視界の隅で不安そうにしているリチェルが目に入った。
一瞬の躊躇いが生まれ、覆い被さるように叫んだのはクランだった。
「私はミシェルを家族だと思ってる、誰よりもミシェルが大事なんだ!だから幸せになってもらわなきゃ困るんだ!」
「………っ」
それは、ミハエルにとっては決定的だった。
シンと静まり返ってしまった空間で、爆音だけが耳に木霊する。
放心するミハエルを見かねて思わずリチェルは声を発した。
「クラン……な、なんでそんな事言うの?ねえクラン……ミハエルは――っ」
「リチェルも臆病者だ!」
だがクランの矛先はリチェルに向かい、上半身裸のまま少女は声を荒げる。
「自分に素直になったっていいんだ。それで傷ついたって、生きているなら次がある!」
「やめてよ、そんな死にに行くみたいな言葉……どうして死ぬとか言うの?」
「馬鹿!私達は始めからいつ死んでもおかしくないんだ。だから後悔せずに生きなくてどうする!」
そして幼馴染みを見上げて、諭すように優しく微笑んで。
「ミシェル……もうわかってるだろ?お前が好きなのは、私じゃない」
「、……クラン……」
「覚えておけアルトも、リチェルも!死ぬのが怖くて恋ができるかっ!!」
もの凄い速さで駆けだしたクランは暗闇の奥に消えた。
――「返してよ!!あの人を返してよ!!!」――
死ぬほど父を愛した母を思い出した。
死こそ悦びのように母は簡単にその命を投げ出した。
それだけ父を好いていて、だから貰い子が一切目に入らなかった人。
子供の頃の自分にはわからなかった、だけど今になって思う。
母はどうしてあんなにも父を愛していたのだろうと。
そしてそれを、少しだけ羨ましく感じた。
「なあアルト……人を本気で好きになるって、どういう事なんだろうな……」
クランとミハエルの会話はリチェル達にはあまり聞き取れなかったが、恋愛の話だったのだろうとは察知していた。
だけどクランはミハエルに恋愛感情がない事をはっきりと宣言してしまい、
ならば彼女はどうしてあんなにも彼の背中を押すような事を言ったのか。
独り言のように呟いたミハエルの言葉はリチェルに母親を思い出させた。
(どうしてそんなに好きだったのか……尋ねていたら、何か変わっていたのかな)
死んでもいいと思うぐらい人を好きになれるなんて、もしかしたら素晴らしい事なのかもしれない。
その人にとっては"死"が終わりではないのだ、究極に幸せな思考ではないだろうか。
クランはそれをミハエルに教えようとしていたのではないだろうか。
彼女は何よりもミハエルの事を一番に心配していた。
だが、思考を中断させたのは間近で起こった爆発の音だった。
「な…!」
ミハエルとアルトが布いていた防衛戦の背後から数体のバジュラが侵入する。
まさにリチェルの頭上に羽音が舞い、ゼントラーディ化が終わっていない水槽を狙っていた。
「まずい……!」
「だめ……クラン!!」
後先も考えず飛び出したのはリチェルだった。
飛行ユニットを展開させ、自分が囮になりながらバジュラにマシンガンを撃ち込んでいく。
――死んでもいい、そう思った。
「リチェルさん無理だ!そんな体で……!」
亀裂の入った水槽越しにクランと目が合い、リチェルは微笑んだ。
気付かせてくれてありがとうと、感謝の意味も込めて幸せそうに。
――死にたくないとも思ってた、だけど自分の命なんかで仲間が守れるなら。
開いた傷口から赤い液体が流れてEX-ギアを装着している手が滑る。
だけどマシンガンだけは決して離さなかった。
――父さんや母さんの為でもなく。
「!リチェル、後ろ!!」
クランの声に導かれるまま振り向くと、緑色の生命体が背後から飛びかかろうとしていた。
どちらかが命を賭けた勝負、相打ちになっても構わないとリチェルはトリガーを引き続けた。
――ミハエルの大切なクランを守る為なら、死んでもいい。
そして聞こえたのは、名を呼ぶ想い人の声。
「リチェル!!!」
次の瞬間、リチェルの目の前は真っ暗になった。
スローモーションのように金髪の青年の背中を突き破って、血飛沫が飛んだ。
「―――ぇ…?」
リチェルには何が起こっているのかわかわなかった。
呆然と、リチェルの前にいるミハエルが血を吐く姿だけを捉えていた。
「ぐぁ……っ…この、虫ケラめえぇぇ!!!」
血を滴らせながらエンジンを噴かし、バジュラに体当たりをしてそのまま銃を連射するミハエル。
撃墜させたその反動でリチェルの傍まで漂ってきた体を、震える手で受け止めた。
「ミハ、エル……?」
綺麗な顔立ちだったミハエルの顔面には青い体液が雨のように注がれて。
ゆっくりと開かれた翡翠色の瞳は、リチェルを見つけて小さく笑った。
「……今、わかった…………人を本気で好きになるのって、命懸けなんですね……」
「どうし、て………」
「やっぱり綺麗だ……リチェルさんの涙……」
傷のついた眼鏡に映る自分自身の両眼からは、確かに何かが零れていた。
だけど視界が滲んでよく見えない。
ただ、熱くて。
「ごめんな、クラン…………俺が、愛して―――」
爆発でぽっかり空いた闇色の穴が空気を吸い込み、
少しずつ体が引かれる感覚を覚えリチェルは視界を泳がせながらもミハエルの体を掴んだ。
大切なものを奪われないようにと抱きかかえる幼子のように弱々しく、だけど必死で。
やって来たアルトも背後からリチェル達を支え、風が止んだ。
一度だけ目を閉じて再び金色を見下ろした時、澄んだ翡翠はもうリチェルを映していなかった。
「……………ミハエル……?」
リチェルの体から力が抜け、だらりと両腕は重力に落ち。
息も出来ないほどに込み上げた肺の痛みは、涙に代わった。
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長くなりましたが、死なせません。
少しだけあとがき↓
かなり本編に沿う形でミハエル夢を描写させていただきました。
やっぱりこの話辺りはミハエルにとってもヒロインにとっても必要なシーンで、
本編にヒロインがいたら台詞がどう変わるかなと考えながら書きました。
違和感があるかもしれませんが、夢小説ですのでご了承下さい。
ちなみに、この回のタイトルを「ライオン」にするというのは最初から決まっていました。
あのフレーズを耳にするたびに湧き上がった衝動のまま、ミハエル夢を立ち上げました。
生き残らせてやる、ただその為だけに。
だから「ライオン」は私の執筆に対する応援歌なのです。