愛ってなに?



――「空を飛ばないお前に価値はない」

――「返してよ!!あの人を返してよ!!!」

――「妹達も、惚れた女も、守れないで何が漢だ!」



恋ってなに?



――「人の想いってのは思い通りにならないわ。恋は人を狂わせる、だから怖いのよ」

――「はじめて会った時からリチェルちゃんが好きだと思ったんだもん!」

――「貴女、アルトの彼女……には見えないわね。そっちの彼女さんかしら?」

――「……どうして、ミハエルと付き合ってるんですか?」



好きって、なに?



――「俺、リチェルさんが好きになったかも。俺と付き合ってくれませんか?」

当たり前のように好きと言ったミハエルに、笑顔しか返せなかった。
「ありがとう」と嬉しそうにしてみても、彼は怪訝そうに眉をしかめた。

「……もしかしてリチェルさん、"好き"って意味よくわかってない?」
「えー?……よくわからない。でもみんなは好きだよ?」
「それじゃなくて恋のほうの好き、異性として」
「…………」

首を傾げて頭を悩ませていたら、彼は思いついたように微笑んだ。

「ならやっぱり俺を恋人にしませんか?」
「恋人にして、どうするの?」
「ずっとリチェルさんの傍にいて、支えて、守ってあげるから。
だから俺に泣き顔を見せて?リチェルさんの涙が見たい」

私ができないとわかってるから彼はそんな契約を言ったのだ。
本気で好きになったら困るのは貴方のはずだというのに。

「ねえリチェルさん、笑ってばかりいるのって疲れるでしょ?」

本当に涙を見せたら、それは同時に終わりを意味するのだろう。
もう自分の役目は終わった、自分がいなくても大丈夫だろうと、笑いながら。

「俺を依り代にしませんか、リチェルさん?」

それは貴方も私を依り代にするからという、盟約。
不器用な貴方らしい選択だ、結局は似たもの同士だという事。

「……いいよ」


だけどもし私が貴方の為に泣いた時、貴方は代わりに何をくれるの?―――




ポタポタと、ミハエルの体に注がれるものは、熱くて透明な液体だった。






32・誰が為の涙






赤い血と青い血がべったりとミハエルの体を覆い尽くして、
どれだけ止血しても赤いものが地面に広がっていく。


――どうして、彼は動かないの?
ねぇ、どうして目を開けないの?


「しっかりしろリチェル!私が突破口を作る、リチェルはミシェルを病院まで連れて行け!」

巨人化したクランが何か叫んでるようだったが、全部が雑音のようで聞こえない。
銃の音、爆発する音、何かが崩れていく音、それから誰かが叫ぶ音。


――ミハエル、起きてよ……さっきまで喋ってたじゃない。
今、笑っていたじゃない。


リチェル!!ボサッとしてる間にミシェルが死ぬぞ!」
「っ!!」

刃物に刺されたように心臓が跳ね上がり、頭痛のように頭にも突き刺さる。
ドクドクと聞こえるのは誰の音か……震えるのは誰の体か。
過呼吸気味に締め付けられた喉は、その荒さのまま涙となってミハエルを濡らす。

横たわるミハエルの傍で、壊れた人形のように力なく座り込んでいたリチェルを、
アルトは「すいません」と心で謝ると涙でベトベトになった頬を思いっきり叩いた。

パァン、と鋭い音と痛みを感じて、
焦点の合わない目がぼやけていたミハエルをはっきり捉え、耳鳴りが止んだ。
ようやく目が合ったリチェルにアルトは両肩を痛いほど握り締めて覗き込む。

リチェルさん!俺達はアイランド3に行く!だからミシェルを頼みます……っ!」
「病院も被害を受けてるかもしれませんが、此処にいたら死ぬのを待つだけです!!」

顔を上げればルカは依然銃撃戦を繰り広げ、
さらにゆっくり振り返ればVF-25の青いスーパーパックを装着した険しい顔のクランがいた。


――クランは何と言った?ミハエルが、何て……


「……ねぇ、死ぬの?ミハエル、死ぬ、の……?」
「死なせない!だから飛べ!!」

自分に装備されているEX-ギアの翼で、この弾の嵐の中を飛べと言われている。
アルトとルカは交戦中、クランはこれから外のバジュラを掃討しに行く。
ランカは戦えない。

震える手でミハエルにそっと触れると、まだ温かかった。
吸い込まれそうな翡翠の瞳は閉ざされたままピクリとも動かずに。


――怖い、嫌だ……こんな現実知らない。こんな、こんなの知らない!!


「行けリチェル!ミシェルを助けられるのはお前しかいない!飛ぶんだ!!」


――でも死ぬのは嫌だ、死んで欲しくない、死ぬなんて嫌だ……嫌だ…、嫌だ!!


リチェルは血だらけの体をギュッと抱きしめ、機械仕掛けの翼を広げた。











無機質な扉のすぐ傍、ベンチで膝を抱え頭を埋めている人影を見つけた。
足音がしても全く反応を示さない物体は、殻に閉じこもるように外界を拒絶していた。

リチェル……」

アイランド3ごとフロンティア内のバジュラを殲滅した後、クラン達はすぐに軍病院へ走った。

処置は済んだが出血量が多く、ミハエルは未だ生死をさまよっている状況だった。
純粋な人間だったら出血多量で命を落としていた所だったが、ゼントラーディとゾラの混血の生命力のおかげで何とか保っているそうだ。
さらに、V型感染症は今のところ大丈夫そうだが傷口からの2次感染の恐れがある為、病状が安定しても数日は予断を許さない。
いつ急変してもおかしくないから覚悟しておいてほしいと医者に告げられ、クランは拳を握り締めるしかできなかった。
アルトとルカは言葉すら出ずに立ち尽くしていた。

病院までミハエルを運んでから数時間ずっとこの状態だというリチェル
気持ちが痛いほど伝わってきて、崩れそうになった自分を奮い立たせる意味でクランは叫んだ。

「泣くなリチェル!」

跪いて頭を上げさせると、リチェルはかつて見た事ないほど顔を歪めて、血がにじむほど唇を噛みしめていた。
何も言いはしないが、滝のように次から次へと湧き上がる涙が感情を物語っていた。

「お前が泣いたってミシェルは喜ばないぞ!」
「………!」

こんなにも乱れた姿を見た事はなくて、その場にいる誰もが息を呑んだ。

嗚咽に混じる言葉はもはや言葉にならず、風を切るような呼吸音ばかりがか細く漏れ。
現実から逃げたいのか、嫌々をするように髪をかきむしって頭を振り続ける。
思わずクランがその手を取ったものの、それさえも拒否するように。

「……いいって、言ったの……っ」

悲しみが溢れて、溢れて。
悔しくて、寂しくて、苦しくて、とてつもなく怖くて。

「ミハエルが、泣いていいって言ったの……っ!」

――「俺が全部拭うから」――

彼の笑った顔ばかりが再生されて、何度も耳元で囁くのだ。
声が聞こえるたびに狂いそうになる。

「ミハエルがそう言ってくれたのに!!!」



――この涙を拭う人がいない。




「……とにかく一度S.M.Sに報告しよう。リチェルも検査しなければ――」
「いやっ!!」

子供のように泣きじゃくっては声を張り上げる。

「此処にいるっ!」
「だがずっとここにいたって私達には何もできない。S.M.S隊員である以上責務も――」
「離れたくないの……っ!」
リチェル……」
「だって……庇ったの!ミハエルは私を庇ったの!!」

クランを守ろうと思って、結果的に守られる形になってしまった。
ミハエルの体を突き破って現れる緑色が何度もリチェルの脳裏をよぎる。
笑いながら意識を失った、あの宝石のような深い瞳も。

「私のせいで、ミハエルは……!」

クランが強く抱きしめるものだから、リチェルは次に口にする言葉を忘れた。
リチェルよりも幾分か小さい体も震えていて、苦しそうに声を詰まらせていた。

どうして抱きしめられたのかわからない。
だけど、クランが泣いている理由が同じなのは理解できた。
しばらく無言で泣き続けた後、ゆっくりと体を離しクランは頬を緩ませた。

リチェルは……ミシェルが好きなんだな」
「、違……っ」

咄嗟に否定の言葉がでたのは、きっとミハエルの為。

「違うのか?」
「…………」

動揺する一方で、涙で濡れたクランの顔はとても純粋で真剣で、
どう繕おうか考えていたリチェルはぐっとそれらを呑み込んだ。

背丈は小さいはずなのに包み込んでくれるような優しさを感じ、
見透かすような目に誘われて静かに言葉を紡ぎ出す。

「………………違わない」

どんな時も涙一つ零さなかったリチェルが初めて泣いた、それだけで充分証明されていた。
無意識に封じ込めていた感情の堰が壊れた瞬間だった。

そして、この気持ちを否定するのはきっと無理だと悟った。

「……ずっと、傍にいて欲しい…………生きてて、欲しい……っ」


――たとえ彼が別の人を見ていたとしても、それが本音。


「そうか……今のお前なら安心してミシェルを任せられる」
「え……?」
「上には何とか上手く言っておく。だから気が済むまでいればいい」
「クラン……」

青い髪を揺らしながら、年下の上官は微笑む。

「辛かったな、リチェル。ずっと言えなかったんだろ?」
「………っ」


またひとつ、目尻から想いが零れた。











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誰が為=たがため

短めですが切ります。
ここからしばらくミハエルはこんな感じです。夢なのに申し訳ありません。