「命令違反だって事わかってるな?」
「わかってますってばー」
クウォーターに帰還してアルトとリチェルはこってり絞られた。
ルカを助けられたという事もあり、今回はアルトは学校以外の外出禁止、
リチェルは大量の始末書と1週間の食堂手伝いという軽い処分で済んだ。
だがリチェルは後悔していなかった、もちろんアルトも。
アルトの行為は十分危険だとわかっていたし、リチェルはそれを咎めなければいけない立場だった。
だけどあの時はアルトを助けたかった。
ルカが捕らわれ感情のまま敵戦艦に突っ込んでいったアルトが、やっぱり羨ましかったんだと思う。
「リチェル中尉、もうあんな危険な事やめてくださいよ?」
ミハエルにも両肩を掴まれて懇願されてしまった。
肩にかかる力でどれだけ心配していたかが読み取れた。
「うん、ごめんね」
「リチェルさんまで失ったら、俺……っ」
「………」
(……だけどね、私知ってるよ?)
リチェルは呑気に笑った。
「ありがと、ミハエル。心配した?」
「当たり前ですよ、俺の援護軸上には全くいないし!」
「うん、ごめん」
(ねぇミハエル、貴方が本当は私なんか見ていないって事、知ってるよ?)
格納庫のすみで、1人顔を上げる。
集まって打ち合わせを行っているスカル小隊、それを遠くからリチェルは背中を見つめた。
少年とはもう呼べない、大人のように広い背中は過去を抱えて。
時には微笑みながら恋人を抱き寄せて。
「でもね……やめられないの。どうしてかな?」
それでもリチェルは笑っていた。
7・交差する背中
「あの……ありがとうございました、命令無視してまで援護してくれて……」
検査入院させられている病院で顔を合わせたアルトは珍しく殊勝な態度で俯いた。
気の強さから、謝罪とか感謝の言葉をあまり口に出せない性格だと解釈していたのに、
予想外の展開にリチェルは軽く呆けて、そしていつも通りにふわふわと首を傾げた。
「私は何もしてないよー?」
「でもリチェル中尉がいなかったらルカも俺も助からなかったかもしれないのに……」
「どうだろう?結果的によかっただけだからねぇ」
困ったように顔をしかめたアルトを見上げて、意外と義理堅いんだなぁとリチェルは他人事のような感想を持った。
見ていて飽きない、そう思うほど彼はいつも表情が違う。
「一応私はアルトの上官なんだから無理してでも助けるよ?」
見上げてそう言うと、何故かアルトは苦笑の声を上げる。
「……戦闘時以外はあんまり上官には見えないですけどね」
「う、気にしている事を……っ」
「クラン大尉みたいに非戦闘時も上官らしくしてくれればいいのに、中尉はギャップが激しすぎて調子が崩れる」
「……それもよく言われる…」
見ていて飽きない、そう感じたのはアルトも同様だった。
戦場の真っ直中で生死を賭けているとは思えないような不思議な雰囲気。
戦闘時の彼女は紛れもなく憧れの対象だ。
ミハエル同様天才だらけのパイロット達、悔しくはなるがそれでも目指すべき目標。
非戦闘時の、呑気にただ笑っているだけの無邪気さも嫌いではない。
ただしランカのような純真無垢なものでないとは、さすがのアルトもわかっていたが。
「とにかく、上官が部下の心配するのは当たり前。お礼なんか言わないの、わかった?」
「……わかりました」
上官らしく振る舞ってみせるとアルトは軽いため息をついて顔を綻ばせ、それにならってリチェルも微笑みながら頷いた。
感情に流されやすくて素直になれない、面白い子だ。
若いからという理由だけでは片付けられるものでもない、きっとS.M.Sに志願しただけの過去が彼にもあるに違いない。
だけど決してリチェルのような気持ちで空を飛んではいない、それだけは確かだろう。
気の強さを表すような琥珀の瞳はどこか鋭く、だけど穏やかに佇んでいた。
その目には一体どんな宙が見えているのだろう。
「……それに、アルトが飛んでると助けてあげたい気になって、目が離せなくなる」
「え……?」
アルトはその言葉の意味を確かめるようにリチェルを見つめた。
「アルトが飛んでる所、なんか好きなんだよね」
「……」
いつもは背後にいる赤いラインのバルキリーがリチェルの前を駆け抜けてく時、それを確かに目で追っている自分がいる。
力みすぎて危険な場面も何度かあった、だけどそれもどこか悪いとは思わなかった。
「だってアルト、本当に空を飛ぶのが楽しいっていう乗り方してるから」
ああ、彼は私より前の位置が似合う、そう思った。
青い軌跡を描くアルトの背中は、どこか空のようで。
「追いかけてみたくなる」
「………」
アルトは何も返せなかった。
ただ彼女も自分と同じように空が好きなんだと思った。
遠くを見ていたリチェルがふいに目線を合わせてきたのでアルトは慌てて一歩引いた。
「でも危ないから私の前には出させないからね」
彼女は笑っているだけの人間じゃない、それを確かに感じた。
「早急にもう一機VF-25をロールアップさせてください、パーソナルカラーはレッド&ブラックのラインで」
「ルカ機はパーツ交換でどうにかなりそうだな」
「そうですね。同時進行でできますか?」
「俺達を誰だと思ってんだリチェル?不可能なんてないS.M.Sメカニックだぞ」
「うふふ、そうでしたー」
チーフメカニックは笑っているリチェルの髪を乱暴にかき混ぜた。
「お前に頼まれちゃな、そうだろお前ら!」
「仕方ないっすよね~、みんなリチェルちゃんに甘いんだから!」
長い間ここにいるリチェルにとって皆は家族のような存在だった。
他の隊員もリチェルを妹のように可愛がっていたし、階級が上がっても彼らには変わらず"リチェルちゃん"だった。
くすぐったいような不思議な連帯感に堪らず笑みをこぼした。
「あと、燃焼効率アップのプログラムなんですけど……」
「リチェル、ちょっと来てくれ!」
「あ、はーい」
格納庫入口で手招きをしているオズマに誘われて行くと、隣には新統合軍の制服を着た女性が立っていた。
「紹介が遅れたな。前の戦いから着任した、俺達のお目付役だ」
「キャサリン・グラス中尉です、よろしくお願いします」
「リチェル・アルヴァ中尉です、よろしく」
真面目そうだけど綺麗な人だなぁ、それが第一印象だった。
「もしかして前回のバジュラ戦の時に管制してくれた人ですか?」
「ええ確かに……まさか、バジュラ戦艦に飲み込まれた中にいた……?」
「はい、ファントム1ですー」
(ぜ、全然イメージが違う!)
キャシーは顔を引きつらせてリチェルの顔をまじまじと見つめた。
若い女性の声だとは思っていたが、通信だけでは一体どんなキツい性格の持ち主かと想像を膨らませていたのに、
今目の前にあるのはどう見ても機体の操縦なんかできなさそうなほど砕けた笑顔。
だからクセがあるって言っただろ?としたり顔でオズマがほくそ笑んでいる気がして、キャシーはギロリと隣を睨み付けた。
「……失礼ですけど、お歳は?」
「21です」
「す、凄いわ……その若さであれだけの力を持っているなんて」
「ありがとうございますー。でもキャサリン中尉だって若いのに将来を期待されているじゃないですか」
「いえ、私などまだまだですから」
やんわりと笑っているリチェルを感心して見つめ返すキャシー。
こんなに有望なら新統合軍からお声がかかってもよさそうなのに、と疑問に思う。
断ったのだろうか、もしくはS.M.Sに所属しているのだから何か事情があるのだろうか。
リチェル・アルヴァ。
そういえばかつて、幼い娘にパイロットの英才教育を受けさせている軍人がいると聞いた。
確か事故で亡くなったという話だが、若い頃は惜しみない才能で空を駆け抜けた人だったという。
「アルヴァって…………もしかして、あのアルヴァ提督の――」
「キャシー、まだ他に行く所があるんだ。リチェル、また後のミーティングでな」
「はーい」
訳がわからないといった様子のキャシーを半強制的に連れて行くオズマ。
(気を遣ってくれたんだ、オズマ隊長……)
リチェルが苦笑していると背後からポンと肩を叩かれた。
振り向くとそれはボビーで、何も言わずただ安心させるような顔をしていた。
それなのに、彼が一番悲しそうな顔をしているじゃないか。
「もう、甘いんだから……隊長もボビーさんも」
「みんな貴女が心配なのよ?」
「……うん、でももう大丈夫ですよ?」
私は笑えていますと、そう伝えたのにボビーの顔が晴れる事はなかった。
―――「あの娘……」
戦闘レコーダーに映るのは闇を引き裂く漆黒の亡霊。
S.M.S所属の、エースパイロット。
「……使えるかもしれんな」
男はニヤリと笑うとモニターを消した。
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ヒロインがアルトを気にするのは、アルトがひたすらに空を目指しているから。
自分にはできない、自分はきっと真似できない。だから憧れるのだと思います。
ちょっと平和(?)なワンシーン。