「ねえねえ、あの人ってミシェル君の彼女かな?」
美星学園に見慣れない女性の姿、それを噂好きの女子生徒が陰から覗いていた。
校内でも美形で有名な保養グループにランカまで加わり、さらには年上らしき人まで楽しそうに笑っている。
「そうなのかな?でもミシェル君の彼女ってゴージャス系のお姉様が多いよね?」
「そうだよね、何て言うかあの人はフワフワしてる感じだよね」
彼女は絶世の美女という訳ではなかったが、柔らかい雰囲気が可愛らしさを引き立てていた。
日頃鍛えているおかげで体は細く、適度に筋肉がついた理想の体型。
一見すると高校生と間違えられるであろう出で立ちだ。
年齢不詳と言えそうな彼女、大人びたミハエルと釣り合いがとれるかというと、
容姿的には問題ないのだが彼のイメージとはほど遠い。
「清純派っぽいよね。じゃあ違うのかなー?」
「もしかして……アルト姫の彼女とか!?」
「ええ~それもショック!」
リチェルの笑顔が崩れた事は、未だかつてない。
8・黄昏飛行
「まさかリチェルちゃんが来るなんて思わなかった!」
「私も今日がランカの転校日って知らなかったよー」
ランカが嬉しそうにじゃれてきたのでリチェルはよく動く緑の髪を撫でてやった。
アルトとミハエルが誘ってくれたEX-ギア体験の日は偶然にもランカの初登校日と重なった。
「……あの2人、仲が良かったのか」
「リチェルさんとランカさんは姉妹みたいなものですから……」
「ふーん……?」
どこか寂しそうに答えるルカがアルトの心に引っかかった。
S.M.Sの中では歳が近いからオズマ隊長にランカの相手を常々頼まれてきたのかもしれない、
その関係から必然的に親密になったんだろう、とりあえずアルトはそう結論付けた。
「じゃあ一つ、我々の新たな学友と、特別招待のリチェルさんに校内を案内してしんぜようかね」
ミハエルがナナセも含めて3人を肩に抱く。
リチェルは少女達に挟まれながら、面白くなさそうな顔であさってを向くアルトを覗き見た。
自分の預かり知らぬ所で状況が変わるのがよっぽど嫌なんだろう。
またそれを作ったのがミハエルだった為、気位の高い姫はさらにヘソを曲げている。
(最初にEX-ギアに誘ってくれたのはアルトだしねぇ……)
彼の不機嫌の一端を担っている気がしてリチェルは内心で頭を下げた。
そんな時、学校の校門から荒々しい車が入ってくるのが見えた。
彼女はそう、誰もが知る銀河の妖精シェリル・ノームだった。
* * * * * * *
「ごめんよ、サムソン……っ」
「……それサムソンって名前なんだ」
ルカが半泣きで"サムソン"についた生卵の汚れを必死で拭う。
リチェルは頬杖つきながら、それをのほほんと眺めていた。
シェリルは確かに"女王様"だった。
突然EX-ギアがやりたいと言い出し、アルトが止めるのも聞かずパワードスーツを身につけ、
そして素人がよくやりがちな生卵割りを披露してみせた。
―「貴女、アルトの彼女……には見えないわね。そっちの彼女さんかしら?」―
シェリルはリチェルを指さしてそう言った。
呆然としているとミハエルが庇ってくれたからその場は治まったものの、
アルトの不機嫌と疲労は限界にまで来ているようだった。
女王様他、生卵の被害にあった女達は今シャワーを浴びに行っている。
「いいのか、女王様放っておいて?」
「これ以上面倒見切れるかっ」
「どうもお前、シェリルの人気見くびってる気がするけどねぇ」
苛つくアルトと、呆れ顔のミハエルが話し込んでいる。
「そもそも何でお前にばっか絡んでくるのか考えた事あるのか?」
「俺が手近で、脅しやすかったからだろ!」
「……はぁ、ガキめ」
ミハエルがため息をつきたくなるのもわかる気がする、リチェルは心中で独りごちた。
(気づいてるかわかんないけど……シェリルはアルトの事好きだと思ってるよ?)
彼女は女王様気質で我が儘に見えるけど、ただそれだけの人間ではないだろう。
アルトを振り回して喜んでいる様子は、どこかミハエルとクランの関係に似ていた。
だってシェリルは心底楽しそうに笑っていたから。
(意地っ張りな所……ちょっと似てるよ、ミハエル?)
そんな事、決して言いはしなかったけど。
……ふと思った。
どうしてミハエルは私と付き合っているのだろうか?
『リチェルさん、置いてかないでくださいよ』
「ミハエルなら付いてこれるでしょー?」
『……俺はアルトみたいに猛進タイプじゃないんですよ』
リチェルは何を思ったのかエンジンの出力をオフにした為、機体は力なく地上へ落下していく。
地面まで後わずかという高度でリチェルはようやくエンジンの火を噴かして水平を保った。
さらにそのまま最大出力で一気に垂直上昇、限界ギリギリの六千フィートに達するまでロールを続ける。
失速したのではとミハエルは僅かに息を詰めたが、それはバーティカルクライムロールという垂直上昇の技だ。
よくよく考えればリチェルはEX-ギアに関してもプロフェッショナルであった事を思い出した。
今の時代バルキリー乗りにとってEX-ギアは基本中の基本、それをマスターして初めてバルキリーに乗れる。
だから彼女は遊んでいるのだ、規律で厳しい戦闘時とは違い空を泳ぐように。
しばらくすると一通り気が済んだのか、いつもより上機嫌でミハエル機の周りを旋回するリチェル。
「あはは、楽しいねぇミハエル!」
『俺は楽しくありませんよ、見ているこっちがヒヤヒヤするんですから!』
今頃、アルトとシェリルはこの偽の夕日を眺めながら逃避行でもしているのだろう。
あっちも色々と面倒だろうが、こっちもとんだじゃじゃ馬だとミハエルは独りごちた。
戦闘時の冷静さも怖いけど、高度な連続技をあの呑気顔でやられても怖い。
だけどアルトと同じぐらい負けず嫌いのミハエル、このままでは終われない。
『リチェルさん、タッククロスできますか?』
「昔1回しかやった事ないけど、たぶんできるー!」
ミハエルがGOサインを出すとリチェルは素早くロールを打ちながら至近距離で交差後、離脱してみせた。
競技として技を披露した事はないが、体に染みついた操作技術には自信があった。
たまにはミハエルを苛めてやろう、そう思ったリチェルはミハエルのリードを奪って先行する。
格段に上がったスピードに一瞬焦ったミハエルの声が聞こえたが、向こうにも意地があるのか速度を合わせてくる。
ループが終わると進行方向は技開始時とは逆になり、まっすぐ正面に見えるのはこちらに迫ってくるミハエルのEX-ギア。
そのまま加速してハーフロールで背面飛行の体勢のまま、ぶつかるかというほどの至近距離で2機は再び交差した。
ミハエルは少し不機嫌だった、それがリチェルには楽しくて仕方がなかった。
「見て見て、キューバンエイト!」
『いい加減にしてくださいよリチェルさん!』
ミハエルの本音を引っ張り出すのは難しい。
今ですら半分怒っているけど、終わってしまえばいつものスマイルで立っているのだろう。
(本当に、何でミハエルは私と付き合ってるんだろ……?)
ミハエルならたとえ遊びの関係でも恋人になりたい女はいくらでもいるだろう。
こんな、わざわざ上官であって普通の人間よりクセがある自分を恋人にする必要はない。
(何かと便利なのかな……?)
ワガママを言わず煩わしくないからだろうか、S.M.Sという限られた空間でだけ恋人でいればいいから楽なのだろうか。
でも、時にはこうやって面倒くさい事も引き受けて付いてきてくれるから、よくわからない。
「……ありがと、ミハエル」
『どういたしまして。リチェルさんの喜ぶ顔が見られるなら何でもしますよ』
何がとは言わなかったのに、ミハエルはその意味をしっかり汲み取って言葉を返した。
彼は相手を好きか嫌いか関係なく気を遣い優しくできる。
皆は彼を軽い男だとか優男だと言うけれど、彼は本質的には不器用なのだ。
心の奥底の本音は決して見せようとしない。
本命の人への想いを隠す為には、他人に愛の言葉だって囁いてみせる人。
他人の心は傷つけない程度に暴いてみせるクセに、自分の心はどうあってもさらけ出さない。
それは傷つきやすくて、反面寂しがりやだからなんだと思う。
……だから私はミハエルが拒めない。
「……綺麗な空」
たとえ人工の空であっても、自分にはそれしかない。
赤く染められた、黄昏色の自由。
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ちょっと短め。
次回もたぶん短いけど繋げられそうになかったから分割。
いいなあEX-ギア…空は良い。
生まれ変わったら戦闘機乗りになりたい。