油小路の変と呼ばれる事件が起こったあの日。

伊東甲子太郎の遺体に引き寄せられた御陵衛士と、
それを待ち伏せていた新選組との双方を取り囲んだのは薩摩の者達だった。

伊東派と薩摩藩が結託して新選組を陥れる手筈だったらしいが、薩摩側は伊東派をも謀っていた。
三つ巴の戦闘になり、どちらも死者が増えていく中、やってきた藤堂は新選組の側についた。

戻って来たのだ、彼は。
新選組として再び刀を握った。

伊東派はほぼ掃討、そして劣勢になった薩摩藩士達は撤退したが、
鬼――天霧が藤堂を瀕死の状態まで追い込んだという。

生きる為、彼は変若水を飲まなければいけなかった。


そして同時刻、新選組の屯所が風間達によって襲撃された。
残っていた斎藤や島田、さらには沖田がそれを何とか食い止めた。
だが病が進行した沖田は限界で、少し刀を振り回しただけで体が悲鳴を上げる。
南雲薫という千鶴そっくりの人物が現れ、赤い液体を沖田にちらつかせ。

彼は戦う為、刀を握る為、変若水を飲んでしまった。


多くの人間が死んだ、もちろん羅刹達も。
そして幹部が立て続けに羅刹となった。

事のあらましを千鶴から聞かされた紫苑には、 沖田が羅刹となった瞬間が容易に想像できた。
何故なら血塗れになって今にも倒れそうな姿を"見て"いるから。
藤堂もそうだ、"見えた"光景のその直後に本物を目の当たりにしたのだ。

どちらも、現実となったのだ。
もはや杞憂でも嘘でも、ましてや幻覚でもない。

(本当に、"先視(さきみ)"をしてしまったんだ……)

直面させられた事実に、何よりも恐怖が紫苑の身を震わせた。
言い知れない闇に押し潰されるような絶望が重くのし掛かる。


――何一つ変えられなかった事を、見せつけられているようで。

   知っていたのに、何も変わらなかった。






深緋 一






紫苑?どうしたんだよ、こんな所まで……」
「あ……平助」

顔を上げれば藤堂が訝しげな表情で立っている。
悶々としているうちに無意識に羅刹達の居住地まで来ていたらしい。

きょとん、と首を傾げる藤堂にはあの時の怪我は1つもない。
駆け寄った時にはもう彼は虫の息で、普通ならば確実に助からなかった。
なのに彼はこうやって此処にいる、今までと同じ姿で。

「どう、調子は……?」
「ああ、昼間は少し怠いけど、特に目立った変化はないなぁ」
「…………」

結局助けられなかった、止められなかった。

あの時、彼を無理にでも引き止めていれば。
斎藤にあの場を任せてでも藤堂に付いて行っていれば。
むしろ彼を呼びに来た男達を先に倒してしまっていたら。

考えれば考えるほど後悔が紫苑を襲う。

「……ごめん」
「な、なんで紫苑が謝るんだよ。俺は俺の意思で変若水を飲むって決めたんだ、お前のせいじゃない」
「でも……」

新選組に戻ってきて欲しいと説得した結果がこれであるなら、紫苑にも原因はある。
惑わせて迷わせた、全くの無関係だとは言い難い。

紫苑が眉を潜めていると藤堂は庭に視線を遣りながら口を開く。

「……一度は離れたけど、こうやって新選組に戻って来られてよかったって思ってる」
「、それは……」
「御陵衛士に残っても残らなくても、どうしたって俺は死んでたんだよ。
だけど今生きていられる、まだ生きてもいいんだって思う」
「…………」

だからこれでいいんだと藤堂は笑うが、それでも彼は死んだ事になっている。
もう表を出歩けなくて、太陽さえも浴びれない体で、それでも幸せだとでもいうのか。

「見つけるよ俺、此処でもう一度刀を振るう意味を」
「……ごめん」

吹っ切れたかのように振る舞う藤堂をこれ以上見ていられなかった。
紫苑は今にも泣き出しそうな顔で藤堂を両腕で掴んで、俯いた。

自分がしっかりしていれば、彼が羅刹になる事なんてなかった。
もっと、こうならない方法があったのではないだろうか。

「ごめん、平助……っ!」
「……紫苑……」  

生きて欲しいと言った、だけど羅刹にさせたい訳じゃなかった。
こんな形で、生きさせたい訳じゃなかった。

少なくとも彼は、羅刹になる必要なんてなかったのに。

「組長代理って、そんなに暇なの?」
「、総司……」

ふいに聞こえたのは沖田の飄々とした声。
つい最近まで床に伏せっていたのが嘘のように彼は元気にそこにいる。

目が合うと、沖田は言葉とは裏腹に少しだけ苦笑した。


――「だからもしそうなっても、君だけは怒らないで」――


宣言通り彼は羅刹を選んだ。
これは彼が望んだ事、彼の本懐を遂げる為だと理解できるが、
だからといってこの状況を直視できるものでもなくて、無意識に眉間に皺が寄る。

「っ……」
「治ったんだよ、もっと喜んでくれないかな?」
「……本当に、治ったのか?」

手放しで喜べる訳がない。
紫苑は睨むように確かめたが沖田はその笑みのまま肯定した。

変若水の力が病を完治させたのだろうか。
だがその代わりに大事なものを失ってしまった気がする。
第三者が危惧する事ではないかもしれないが。

「信じられないなら相手してあげようか?」

浮かない顔をする紫苑の目の前に木刀が差し出される。
病のせいで久しく打ち合いなどしていなかった、だから治った証拠を見せる意図だろうが。

「でも総司、まだ万全じゃないんだろ?それに昼間は……」
「僕にはそんな制限は関係ないね」

羅刹は昼間は起きているのが辛いはずだ。
藤堂も眠いと洩らしていたし。

「余裕だね。君、僕に勝てるとでも思ってるの?」
「…………」

挑発されて腹立った訳ではない。
そこまで言うなら見せてみろと、投げやりな気持ちが半分。
もう半分は、もう一度彼が自分を打ち負かしてくれるのかという、そんな期待。

静かに木刀を受け取って、久しぶりの打ち合いが始まった。
最初は躊躇いが残っていたが、沖田の一太刀を防ぐと他の全てを忘れ去った。

ひたすらに彼の挙動を追い、予想して自身の体が前に向かう。
彼が最も調子のよかった頃よりは僅かに遅くて、その隙を感じながら執拗にそこを狙う。

だが返ってきた木刀の切っ先がいつもよりも速くて、紫苑は驚愕しながらぎりぎりで受け止めた。
カン、と木の音が周囲に響いて無音を引き立たせる。
合わせた木刀を必死に押し返しながら睨めば、彼は笑っていた。

負けたくない、そんな闘志が込み上がってくる。
数歩後退した紫苑にすかさず飛び込んできた突きを身を捩りながら避け、
体の姿勢を戻すように木刀を上で切り上げた。

沖田の腹へそれが食い込むかと思いきや、横から払われた力で紫苑の木刀が宙に舞った。

「はあ……っは、……!」

勝てるかもしれないと思った、だが結果は呆気なく紫苑が負けた。
手から離れていった木刀が落下するのと同じように、完敗を味わった体は脱力して地面に埋まる。

「惜しかったね。でも君じゃ僕に勝てる訳がないんだよ」
「は、はは……っ」

仰向けで大の字になれば広がる青空の視界に、沖田が覗き込む。
眩しい程の楽しそうな目に、何故だか笑いと涙が出た。

もっと、彼に対しても何かできたはずだ。
松本良順を信頼しているが、それ以上に京や大坂を走り回って良い医者を探せばよかった。
もしかしたら新しい治療法があるかもしれなかった。

なのにそれをしなかった、どうしようもないと諦めて弱っていく彼から逃げた。


――「君だけは怒らないで」――


全てを引き替えにしてでも彼が望んだのだ、怒りはしない。
ただ、無性に悲しいだけだ。

(これで本当に、よかったのかよ……っ)

彼らは純粋に生きたくて、戦いたいだけなのに、それは狂いの道で。
この先待ち受けているのは、"化け物"と形容される闇しかないのに。

それでも強がって笑う彼らを見ていると、辛くて、苦しい。
知っていたのに、何もできなかった自分が許せない。

「……僕達の事なんか気にしなくていいんだよ……君は君でやる事があるじゃないか」
「な、泣くなよ紫苑……」
「っ……!」

泣いている理由を正確に理解したらしい沖田はふいと逸らした表情を消し、素っ気なく呟いた。
空を仰ぎながら無言でぼろぼろと泣いている紫苑に藤堂がおろおろと手を伸ばす。

壊れた人形のように涙を流し続ける紫苑は、異様に感じられるほど普段とは様子が違っている。
二人の代わりに泣いている気がしたが、それ以上に何かに囚われるように必要以上に二人を気にしていて。

一体どうしたんだよと藤堂が口を開きかけた瞬間、紫苑が絞り出すように声を吐き出す。

「俺は……、無力だ……っ!」


――この"未来"を知っていたのに。

  "見えて"いたって、何の意味もなかった。


心の叫びは音になる事はなく、沖田と藤堂は困り果てたように紫苑を見下ろした。
いい加減起き上がらせようと二人がしゃがんだところへ、突き刺さるような声が聞こえた。

紫苑。てめぇ、んな所で何してやがる」
「っ……、すいません」

それは紫苑にとって最も効力のある存在。
鬼副長の冷酷な色に紫苑ははっと我に返って慌てて起き上がる。
ずずっと鼻をすする無様な音も耳に入ってしまったようで、土方はさらに目を細めた。

「あまり入り浸るんじゃねぇと、言わなかったか?」
「……言われ、ました……」

彼らが羅刹になってからというもの、気になって気になって仕方のない紫苑は何度も此処に足を運んだ。
それこそ変若水を飲んで意識を彷徨わせている間も、まだ目を覚ましたばかりの頃も。

言うまでもなく羅刹隊は非公開だ、同じ新選組の隊士にもその事実は伏せられているというのに、
こう何度も出向いていては勘付かれると土方に釘を刺されたのが数日前。

だがそれを破り、さらには大きな音まで立ててしまったのだ。
恐らく近くにいた土方が木刀の音に気付いて様子を見に来たのだろう。

罵倒か拳骨か、それとも蹴り倒されるか、紫苑は咄嗟に身を縮み込ませる。
だがそれらしき制裁はやって来ず、恐る恐る目を開けると未だそこに不機嫌な副長がいた。

「話がある」
「ぅ……はい」

それだけ告げると背中を向けて行ってしまった土方に、紫苑は肩を落とす。
場所を変えるとは、これは長くなりそうだと溜息をつかずにはいられなかった。

「はぁ、まずいな……また説教か」
「どうかな?土方さんって紫苑には甘いから」

沈んでいる紫苑とは反対に呑気な口調の沖田。
そりゃ他の隊士に比べたら物理的制裁は少ないが、その代わりかはわからないが、
激しく短い怒濤かもしくはくどくどと長い説教をくらう。
精神的な苦痛はそれなりにあるんだと文句を洩らせば、藤堂は応援するとばかりに肩に手を置いた。

「うん、まぁ……頑張ってこい」
「……おう」

二人に見送られながら、紫苑はとぼとぼと副長室へと足を進めた。











正座で向き合って、もう随分経つ。
だが目の前の鬼副長は渋面で目を閉じたまま、言葉を発さない。

これはまた"新選組辞めろ"の攻防になるかもしれないと身構えていると。

「お前……何か隠してるだろ」
「、え……?」

てっきり怒られると思っていたのに、土方は唸るように首を傾げていた。

「どう見たって様子が変じゃねぇか。あいつらだって扱いに困ってたぞ」
「あー……そう、でした?」

確かにあんな風に倒れ込んだまま泣いたのでは困るだけだろう。
感情が制御できなくてああなってしまったが、彼らには悪い事をしたなぁと紫苑は頭を掻いた。

「でも別に何でもないですよ。ただ総司と平助が気になっただけで」
「あいつらもあんな事にはなっちまったが、決してお前のせいじゃねぇ。
どうしてお前がそこまで気に病む?当人達の方がよっぽど平気そうにしてる」
「……平助が羅刹になったのは、俺の責任かもしれないですから」

最もらしい事を言ってみるが、紫苑を射抜く土方の目は益々不機嫌に染まっていくばかり。

「なら俺の責任だろう。平助に変若水を飲ませると命じたのは俺だからな」
「そ、んな……」
「それだけか?」
「…………」

見抜かれている、これらが全て言い訳だと。
どうしてわかったのだろうかと窺うように視線を合わせると、「お前は嘘がつけねぇ奴だからな」と返ってきた。
見習いではあるが監察方をやってきた人間にその言葉はあんまりではないだろうか。

ふて腐れたようにじっとりと見据えるが、土方は静かに目を閉じて黙ってしまった。
これは、もうどんなに嘘をつき通しても彼は納得しないのだろう。

たとえ夢物語すぎて信じてもらえなくても、素直に話すしかないのだと紫苑は諦めた。
もう黙っていられない、誰かに打ち明けたい、そう考えてしまうぐらいは疲れているのかもしれない。

「……俺、見えるんです。時々」
「見える?」

そう切り出すと、本当の理由を感じ取ったのか土方は顔を上げた。

「たぶん……先に起こる事を、一瞬だけ」
「どういう意味だ、それは……?」
「突然、頭に景色が浮かぶんです。随分前に見たのは総司が血を吐く所、
つい最近は瀕死の重傷を負った平助が。全部……全くそのままの景色が本当に起こりました」
「なんだと……?そんな事があるってのか」

さすがの副長も驚きを隠せなかったようで、目を見開いて紫苑を凝視していた。
気味悪がられるだろうかと僅かに不安を感じたが、それを振り払うように真摯な表情で頷いた。

「はい……どんな時に見えるのかとかは自分でもよくわからないんですけど、見える光景ははっきりと」

本当はある程度の予想はしていた。
それは、どれも人を斬り殺した時。
刀で抉られた肉から溢れる、あの匂い立つような鮮やかな赤色が視界を埋め尽くす瞬間、頭に無理矢理入り込んできた。
全部の時にそうなる訳じゃないが、共通しているのはそこだった。

だがそれは、自分が見たいと思っても見えるものではないと何となく思う。
結局不確かな能力で、何かの役に立つ訳でもない。
だから今の段階でそれを彼に伝えはしなかった。

「……俺の母親が先視の能力を持った家系だったみたいです。
母は、父が不治の病にかかる事を事前に"見て"絶望してしまい、自害しました」
「あの、早くに亡くなったっていう、お前の母親か……?」
「はい。実際父は病で亡くなりました」

両親がいない事は伝えていたが、その真相はさらに現実離れしているものだっただろう。
あまり動揺しない土方が短い相槌を打ちながら考え込んでいる。

無理もないなと思いながら、
紫苑は「俺にも先視の力があるらしいって事は、最近知りましたけどね」と付け加えた。

「……初めて"見た"時は、心配する自分が見た夢か、幻覚だって思いたかった。
だけど俺の視界にはっきりと浮かぶ姿は現実味を帯びていて、怖くて……」

そして、本物になった。
もう逃げる事はできなくなった。

「馬鹿な……って言いたい所だが、お前が言うなら嘘じゃねぇんだろうな」
「え……信じてくれるんですか?」
「鬼とかいやがるんだ、今さらもう何があっても動じねえよ」

溜息を付いた土方はいつも通りの苦労性の顔で、紫苑は少しだけ心が晴れた気がした。
こんな訳のわからない能力なんて理解されないと思っていた。
少しだけ鬼に感謝したのは内緒だ。

「それで……お前の事だから、未来を変えようとしてできなくて落ち込んでたって所か」
「っ……だって、誰かが死ぬなんて信じたくない。そんなの現実になって欲しくない、絶対に嫌だ。
死なせたくなくて、どうにかして未来を変えたかったのに……できなかった」

彼は鋭い、これだけの情報でそこまで読んでしまうのだから。
ずっと溜め込んでいた気持ちを言い当てられて、もう吐き出さずにはいられなかった。

誰かに聞いて欲しかった。
そして、きっと責めて欲しかったのだ。何もできなかった自分を。

「変わらなかった……俺は知っていたのに!」

未来を知っているのに変えられないのなら、どうしてこんな力を持っているのか。
そう嘆きながら、ぎゅっと服の裾を掴んで涙を堪えた。

紫苑、忘れろ」

少しの時間を置いて、土方は言い聞かせるような口調で答えた。

「そんなもの見えたって何の意味もない。それを気にしていたらお前が潰れる」
「……だけど」
「ならば聞くが、その先視がどれくらい後に実際に起こるのかわかるのか?
いつ、どんな原因で現実になるのかわからなければ、防ぐのは不可能じゃねぇか?」
「それは……そうですけど」
「信じていない訳じゃねぇ。だが、そんな不確かな幻を抱えていたらお前がおかしくなる」

正論だ、彼が言うように無理なのだろう。
どうやって変えられるか悩んで、病なんてどうしようもないと絶望して、
そして目の前で仲間が瀕死になっては自身を恨んだ。

「俺達は、少なくとも俺はいつ死んでもおかしくないと思ってる。
今を生きて、その先にどんな現実が待っていても後悔はしねえ」

俺達は人斬り集団の新選組で、武士だからと彼は続ける。
それは承知している、そう言うだろうともわかっていた。

「だからお前にそれを背負わせて、生かしてもらおうなんて思わねぇ。
あいつらもそうだ、結果羅刹になっちまったが、
たとえ羅刹にならないでよかった道があったとしても、それを悔やんだりしねぇはずだ」
「…………」

知っている、彼らは二人とも現実を受け入れていた。
変若水という選択肢を与えられはしたものの、選んだのは自分だからと。

だが、どんな人間だって死の間際で生きられる道があるならそれに縋るのではないだろうか。
後悔しないと言っていても本当は死にたくないはずなのだ。
死にたくない、戦いたい、だから受け入れざるを得なかったという事ではないだろうか。

羅刹になってよかった、そんな事はきっとない。
そしてそれを変えられたかもしれない可能性を持っていたのが、紫苑だった。

「勝手に変えられたら迷惑だ」
「……っ」

冷たく感じる程の言葉に紫苑は肩を揺らす。

(わかってる……わかってるよ……っ)

「新八っつぁんが言ってる……死ぬ事も許させねぇのかって」
「ああ、知ってる」

武士は、潔く死ぬという事も美徳としている。
それが変若水によって奪われ、そうまでして生き長らえさせられるのかと永倉が零していた。

ひと思いに死ぬ事ができないのは、自由を求める彼には苦痛以外の何物でもないだろう。
人道的ではない変若水を使用する事自体がもう異常だ。

土方は、何とでもないという口調で淡々と言葉を返した。
責められるべきは自分だと、何もかも受け入れる顔をしていた。

「でも俺は……それでも総司と平助が生きててくれて、よかったって思ってる……っ」

人間として生かせられなかった、羅刹にさせたい訳じゃなかった。
だけど、羅刹であったとしても存在していてくれてよかったと思っている自分は、きっと我が儘だ。
悲しくて苦しいのに、それでも生きていて安堵している自分がいるから。

生かそうとした彼は間違ってない、だが永倉の言葉も間違っていない。
本当は羅刹なんて生み出してはいけないのだ。
変若水の扱いによっては、いつか意見の違いで亀裂だって生じるかもしれない。

(だから、こんな事が二度と起こらないように……"見える"俺が何とかしないと……っ)

グッと力を込めた体を宥めるように、ふいに紫苑の頭がぽんと叩かれた。
顔を上げれば、しかめっ面の副長が溜息をついた。

「考えるなって言ってるだろ。忘れろ、ただの夢だと思え」
「っ……はい」

粗雑でありながらも、こんなにも優しく触れられた事はあまりない。
迷惑だと言われたのも彼なりの気遣いだ。
気持ちが理解してもらえて少しだけ救われた気分だったが、思わず絆されそうになった自身を慌てて律した。

(でも、俺は……)

紫苑はちらりと土方を盗み見た。

言わずにいた"最初の光景"を防ぎたい気持ちは、変わらない。
だからいつ起こってもいいように傍にいるのだから。

どんな事をしてでも守りたい、それは絶対に揺るがない。

勝手でも迷惑でもいい、"生きて"いてくれるならそれでいい。
たとえ恨まれてもいいから。

(だから……ごめんなさい)

彼の命令であったとしても、それだけは聞けそうにない。

素直に従った振りをして部屋を出た紫苑は、一度だけ心で謝った。
それからは目尻を乱暴に擦りながら、大股で廊下を歩いた。


――強くなりたい。未来に打ち勝つだけの、力が欲しい。


我が儘だとわかっていても、もう道は戻れそうになかった。











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久方の光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ   紀友則


深緋=こきひ
先視=さきみ、と読んで下さい。

なかなか理解しづらい文章でごめんなさい。
主人公も、気持ちが混乱している部分があるのです。