「あれ、何で紫苑がいるの」
「……別にいいだろ、寝れねぇんだから」

パチパチと爆ぜる篝火の暖かみが感じられる傍で、
縮こまるように座っていた紫苑に声をかけたのは沖田だった。

今は羅刹隊が警備をする深夜、沖田が不審に思うのは当然であったが、
紫苑はその相変わらずな口調に拗ねたような表情を見せると、顔を両膝に埋める。

ここは伏見奉行所、不動堂村から南下し、今の新選組が陣を構えている屯所だ。

新選組を取り巻く世界が、ついに崩壊を始めた。
あの天満屋での事件の後すぐ、幕府が王政復古の大号令を出したのだ。
それにより朝廷を主体とする新政府が誕生した。
"徳川幕府"は文字通りなくなり、新選組を統轄していた京都守護職が廃止された。
名目であった京を守る任までもが霧散してしまった。

そして今、政権を維持したい旧幕府と、
それを排しようとする新政府とで一触即発な状態となっていた。
いつ戦が起こってもおかしくない、そんな中新選組は伏見奉行所の警護を命じられた。

徳川を君主と仰ぐ局長を始めとし、新選組は旧幕府の戦力として組み込まれた。

「で、今度は何を思い詰めてるのさ」
「……え?」
紫苑は分かりやすいんだよ、すぐ顔と行動に出る」
「……別に」

闇に紛れて座り込んでいる事がもう、そういう事だと沖田は言う。

何故此処に来たのだろう、それは紫苑自身にもよくわかっていなかったが、
決意の為だとは何となく気付いていた。
まさかそれを彼に悟られるとは予想外だったが。

ふいと顔を背けると彼は呆れたように笑い、紫苑の隣に遠慮なしに腰を落とす。
それから互いに無言が続いた。
ちょっかいをかけてくるとばかり思っていた沖田は、元々深く聞き出す気はなかったのだろう。
何も喋らず、日向ぼっこでもするようにぼんやりと月を見上げている。

「……なあ総司」
「何?」
「総司は……近藤さんの為なら何だってするか?」
「そんな今更な事聞く?……僕は、その為に生きてる」
「……そうだよな」

局長の為に、刀を握り戦う為に彼は羅刹となった。
それは、本当に今更すぎる問いだった。
少し間を置いて言われた肯定に、当たり前だと納得しながら諦めも感じていた。

局長の身を害する者は誰だって許さない。
それがたとえ紫苑であっても、試衛館で一緒に過ごした兄貴分のような人であっても。
彼の優先順位の問題で、それは仕方ない事なのだ。


――だから……私が、そんな未来を変える。


「……総司」
「だから何」
「俺に何かあったら、土方さんを頼む」
「…………は?」
「冗談だよ」

沖田は珍しくその両眼を見開いて紫苑を振り返った。
さすがに意外だったのだろう、
言葉に込められた深刻な色を打ち消すように軽く笑い飛ばしても、彼は眉をしかめて訝しんでいる。

冗談でも言うなと、以前に自分が彼に言ったはずなのに、と紫苑は内心で自嘲する。
もしかしたら本懐を遂げられないかもしれない、だけどこれだけは自身の意地の問題だった。

(新選組は……私が壊させない)

すぐ近くで音を立てる鉄籠の炎は、紫苑の心のように燃えていた。


―――今度こそ、あれを本物にさせたりなんかしない。






深緋 五






「護衛はいらないさ、泣く子も黙る新選組の局長が、
ぞろぞろと連れ歩いていたら示しがつかないじゃないか」
「それは分かるが近藤さん、今は雲行きが怪しいんだ。せめて数人は付けてくれ」

事の発端はそんな会話だった。

二条城での軍議に局長が赴く事になったが、彼はその道中の護衛を減らしたいと言うのだ。
確かに人殺し集団があからさまに自身の身を守ろうとしていたら笑い種かもしれない。
新選組を良く思っていない偉い方がそうやって馬鹿にしている事も知っている。

だが、土方の言う通り情勢は悪化の一途を辿っており、いつ大きな戦になってもおかしくない。
天下の組織が崩れ両者が緊張状態である今、何が起こるかわからない。

だからこそ、後ろ指さされても万全に護衛を付けて欲しいというのは当たり前な主張だった。

「だがなぁトシ、隊士を俺に回してまで奉行所を手薄にする訳にはいくまい」
「近藤さんに何かあったら困るんだよ。頼むから付けてくれ」
「む……そうか、なら三人でいい」

そして紫苑はピンときた、これがつい先日見たあの先視に繋がると。
これだと思った時には、咄嗟に手を挙げていた。

「土方さん、俺俺!俺も行きたいです!」
「ああ?何言ってやがんだ」

急に話に入って来た紫苑に土方は眉を潜める。

「少数精鋭ってやつですよね?俺、腕には自信があります!ね、いいですよね近藤さん!」
「だ、だがなぁ……」
「阿呆か、お前には隊士共がいるだろ」
「でも今は隊での巡察もないし、奉行所に詰めてるだけなら俺は局長を守りに行きたいです」

とにかく了承してくれればそれでいい。
最もらしい言い訳を並べ立てて、紫苑は近藤に向き直って見つめた。
彼は女である紫苑に弱い部分がある、だからそれをわかってて少しだけ甘えた声を出す。

「近藤さんの晴れ姿、一度でいいから見たいんですよ」
「そ、そうか……そこまで言うなら仕方あるまい」

困ったなぁ、と苦笑しながら頭を掻いた局長に、盛大な溜息をついたのは隣の副長だった。
ほとんどは二人に対する呆れであったのだろう。

「……ま、近藤さんが少しでも護衛を増やしてくれるなら、願ってもない事か……」
「やった!」
「遊びじゃねえんだぞ!」

思わず飛び上がって喜んだ紫苑に、土方は鋭い睨みを利かした。

「わかってます、必ず局長は守ります」

明るい空気を一転させ、確かな口調で答えれば土方はそれ以上何も言わなかった。











そして軍議の日、紫苑にとっては運命の日がやってきた。
騎乗する近藤を囲むようにして、島田を始めとする紫苑達は歩いた。

藤沢君が同行するとは珍しいですね」

そう言った島田に、紫苑は耳打ちする。
この護衛達の中では、彼が一番信頼に値する人間であったから。

「こうも二条城までの道が長いと危険ですね。
例えば森であったら、近藤さんが狙撃されたらひとたまりもない」
「一理ありますね。警戒を強めましょう」
「お願いします、少しでもおかしな事があれば」

真面目な彼は何故とも言わず、笑い飛ばしなどもせず頷いてくれて心強かった。

どうすれば近藤の狙撃を回避できるか、先視の光景を思い出しながら何度も考えた。
まず、場所は視界の開けていない森の街道。
そして彼は右肩を後ろから撃たれていた、すなわち後方から狙ったのだ。

だから後ろを何よりも警戒すればいい。
それから、あまり不自然な行動はとらないようにしなければならない。
敵側が此方の過度の警戒を察知し、狙撃地点などを変更されたら困る。

平静を装いながら、ただの大名行列のように思わせて、最大限に意識しなければならない。
上手くいくだろうか、そんな事は考えたくなかった。
局長を無事に奉行所まで帰せるか、全ては未知数だったがやるしかないのだ。

「格好良いですよ近藤さん、誰よりも武士らしい」
「はっは、そうか?」

場を和ますような言葉を投げ掛けながらその実、紫苑の心拍数はかなり上がっていた。

決意に覆い被さるような巨大な不安。
不可能だった時に訪れる未来への恐怖。
紫苑は、誰にも気付かれない所で震えていた。
真冬だというのに、汗がじわりと体を流れていくのがわかる。

二条城への道中は静かなものだった。
砂を踏む複数の足音だけが淡々と続いている。
万一の事を思い、店が建ち並ぶ通りでも目を光らせていたが何も起こらなかった。

そしてついに、一行は人気のない森の道を進み始める。
紫苑は一度だけ島田と視線を合わせ、近藤の後方に細心の注意を払った。

(何処から撃ってくる……?)

気取られないように周囲を見渡す。
だが見えるのは無数に立つ木々と、枯れて落ちた葉が敷き詰められた茶色、
この寒い季節にも必死でしがみついて揺れる緑色、それらばかり。

紫苑はめげずに目を凝らした。
もしかしたらあの草の間に潜んでいるかもしれない、僅かな音を立てるかもしれないと。
しかし時間が経つごとに紫苑の焦燥は増していった。

(こんな……こんなの……!)

一面に様々な色で覆われた視界から、息を潜めて隠れる敵を。
長い街道のこんな広範囲からたった一瞬の、小さな銃口を見つけ出すなんて。

(どうやって見つけろっていうんだ……!?)

そう、叫びそうになった。

紫苑は多少は腕に自信があるが、沖田や斎藤のような天才な訳ではない。
隠れる敵の気配を読み、引きずり出す芸当なんかできない。
精々できるのはひたすら目を動かして銃口を見つけ、狙撃を未然に防ぐだけ。
だけどそれがいつ頃の出来事かなんて、紫苑にもわからないのだ。

(くそ、せめていつ撃ってくるかさえわかれば……!)

最悪、彼の背中に飛び込んで庇えばいい。
だが少し目を離した隙にその時が訪れてしまい、撃たれるなんて事もあるだろう。

それを察知し、かつ回避させるなんて不可能に近い、紫苑は絶望に似た怒りを覚えていた。


――「その先視がどれくらい後に実際に起こるのかわかるのか?
いつ、どんな原因で現実になるのかわからなければ、防ぐのは不可能じゃねぇか?」――


紫苑の先視を知りながらも冷静だった彼の言う通りだった。
わかっていても、できる事はないのだ。

(それでも、俺は……!)

こんな力がある事に意味があるのだと思いたい。
変える為に見えるのだと、思わせて欲しい。
見えるのなら、変えられる可能性があるのなら、最後まで抗いたい。

そう心を奮い立たせながら草木ばかりを見続け、局長の乗る馬はついに街道を抜けたのだった。


「大丈夫ですか、藤沢君。随分と疲れているようですが」
「……大丈夫、です」

二条城に辿り着き、待機を命じられた護衛達は控えの間で休息をとっていた。
だが紫苑は明らかに憔悴したように汗を滲ませ、目は鋭いというより荒んでいた。

「どこか体調が悪いのですか?」
「そういうんじゃないです、たぶん寝不足で」
「そうですか……今は眠れない事もあるでしょうが……」

人の良い島田は素直に紫苑を心配している。
適当な言い訳で場を繕っている事に内心で詫びながらも、紫苑は帰り道の事ばかり考えていた。

(行きは何とかなった……後は、帰りだ……っ)

これからが、今度こそ本当の本番だ。
二条城から伏見奉行所への、行きと同じ道を戻る。

(守る……守らなきゃいけないんだ!)

無理かもしれないと思っている自分がいる、無理でも変えると息巻いている自分もいる。
二つの相反する気持ちがせめぎあって、それが紫苑の表面に出る。
すなわち、隈のできた目がギラギラと殺意さえも滾らせていた。

立ち上がって、眩しい程に澄んだ冬空を見上げる。
自身の気持ちとは裏腹に、何とも平穏な青色はこれから起こる事を知らぬかのように日常を映している。


――この為に、生きてきたのだ。
未来一つ変えられなくて、どうして大事な人が守れるというのだろう。


軍議を終え戻って来た近藤に緩く笑いかけながら、強く強く、決意を握り締めた。
芳しくない話題だったのだろう、苦い顔をする彼の後ろを追い、そして往路と同じ風景が目の前に広がる。
奉行所までのこの長い道中を思うと紫苑は眩暈がしそうだった。

だが、目線を森に遣りながら臆せず一歩一歩進んだ。
勇ましく堂々と突き進む局長に倣うように、確かな足音で。

(落ち着け、考えろ……!)

自分だったら、敵を狙うなら何処に潜むだろうかと。
あまり深く隠れてしまうと木々が邪魔をして命中率が下がる。
逆に街道の近くにいると見つかる可能性が高くなる。
だから遠すぎず近すぎず、身を隠すだけの茂みはありがなら、ある程度遮る木々が少ない場所。
そんな事を予想しながら、全て見逃さないように焦点を当てていく。

その動作を何度も、飽きるほど繰り返すうちに、ある一点に森には似つかわしくない色合いを発見した。

(っ!)

よく見つけられたと思った。
いや、その狙撃手は紫苑が思っていたよりも拙かった。
不完全に隠れた身はよく目を凝らさなくてもわかった。
恐らく綿密に計画されたものでなく、急ごしらえの襲撃だったのだろう、そんな気がした。

此方に向いた銃口を見つけた瞬間、反射的に紫苑は声を張り上げた。

「近藤さんっ!!」
「っ!?」

刀の鞘で馬の尻を叩くと、馬は突然の事に嘶き近藤を乗せたまま走り出した。

そして聞こえる、銃声。
彼の肩は、傷一つ付かなかった。

「く、そぉぉ!」

局長の背中を見送り安堵するのも束の間、別の茂みから男が飛び出してきた。
計画が失敗して激昂する様子に、島田と紫苑が刀を構える。

残りの護衛は走り去った局長を追いかけ、二人は此処で足止めになる。
何の打ち合わせも合図もなかったが、島田は紫苑の意思を汲むように隣に並んだ。

「局長はやらせねぇよ!」

叫び刀を交えながら、自身の口角が誤魔化せない程に釣り上がっている事に紫苑は気付いていた。

守れたのだ、変えられたのだ。
これほど嬉しい事があるだろうか。
こんなにも血が騒いで、歓喜に身が震えている。

「ち……っ!覚えてろ!」

当初の目的を失い、無理だと判断した男は激しい怒りをぶつけながら撤退していった。

「はぁ、はあ……っ、はは!」

全ての緊張の糸が切れ、紫苑は激しい呼吸を繰り返してその場で笑っていた。


――変えられる、未来は変えられるんだよ。


誰にともなく呟いて、紫苑は局長が消えた方角を振り返る。
ただ、喜びと、希望に満ちていた。

「―――っっ!!」

突然に右肩を貫いた熱い激痛。
次いで街道を木霊する発砲の音。

ゆっくりと自身の体を見下ろせば、鮮やかな程の赤色がみるみる広がっていて。
力の入らなくなった手から刀が離れ、地面に音を立てて落ちた。


――ああ撃たれたのだと、何故か冷静にそう思った。


「、藤沢君!!」

島田の焦った声を聞いても、何だか笑えた。


――いつか、こうやって土方さんを庇って死にたい。


それまで生きられたらの問題か、そんな事を考えながら紫苑の意識は途絶えた。











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狙撃ポイントは薄桜鬼に準じています。
長くなりましたが、ついにシナリオが変わりました。