「うあああああ!!」
叫び声が闇夜を引き裂いた。
動物の遠吠えのようにも思えるそれは、ともすれば聞き逃してしまいそうだが、また誰かが吸血衝動を起こしたのだろう。
活動している羅刹隊とは違い、眠れなくとも睡眠をとらなくてはと部屋でごろごろ横になっていた紫苑は、
遠くで聞こえたその物音に飛び起きて羅刹隊の居住区へ走った。
「血ぃ……血が欲しい!」
「早く此方の部屋へ!」
髪を白色へと変化させ、赤い目を見開かせ呻く隊士を二人掛かりで運びながら、山南が指示を飛ばしている。
その騒ぎを見届けようと紫苑も同じ部屋に入り込んで隅から見守る。
本当は彼らに手を貸して自ら血を与えてあげたいが、山南と約束した手前できない。
「さあ、これを飲みなさい」
「が、ぁう……血を、くれ……!」
山南が懐から取り出した硝子の瓶。
その中で揺れている鈍い赤色は明らかに血のそれで、隊士ははっきりと目の色を変えて齧り付いた。
少量しかない液体を一瞬で飲み干して、また暴れだす。
「足りない……こんなんじゃ、足りないっ!」
「薬ですから、しばらく我慢するのです」
「う、があああ!」
中途半端に血を与えられて余計に飢えだした隊士を必死で押さえ付ける。
拘束から逃れようとしていたがしばらくそうしていると、薬よりも早い所要時間で落ち着きを見せ始め。
そして月光を帯びた髪と獰猛に引き絞られていた瞳はすうっと鎮まり、本来の色を取り戻した。
「お、れ、は……?」
状況が読み込めずに茫然とする隊士に、周りの隊士ももちろん紫苑も胸を撫で下ろす。
(よかった、効いてくれた……)
もうこんな風に暴走する隊士を抑え込むようになって何日も経つ。
山南に血を提供してまず行なったのは、羅刹隊全員に薬と称して飲ませる事だった。
紫苑が捻出した血液、それに山南が独自の研究により元からあった薬も配合させた。
どういった配合かは紫苑には理解できなかったが、彼が昼夜寝る間も惜しんで研究していたのは知っている。
その特別な血を、流石に一度で全員に行き渡らせられる程の量は無理なので、何日もかけて順番に与えた。
そうしていったら、少しずつではあるが血に飢えだす人数が減ったのだ。
今までは誰かしらが発狂し、仕方なく処分する事もあったそうだが、そういった自我を失う程に狂う者が少なくなったと山南は言う。
やはり今回のように突然衝動に襲われる隊士もいるが、個別に血を飲ませれば落ち着いた。
紫苑が見張っている範囲で言えば、夜に羅刹隊が外出する事もあまりなくなったように思う。
しっかり監視している訳ではないが、眠れぬ夜に彼らの帰りを待つ事がなくなった。
これは確実に成果だった。
紫苑の血によって、羅刹隊の空気が変わってきている。
自分がどんな形であれ、役に立っているという事は嬉しかった。
「ふぁあ……ああ、紫苑、おはよ」
「うん」
太陽が姿を隠し、薄闇に包まれた廊下から起きたばかりなのだろう藤堂が、欠伸まじりに顔を出す。
普通に昼間に隊務をこなしていた紫苑にとっては、今はもうおやすみと言ってもおかしくない刻限に差し掛かっている。
一日のほとんどを終えた身でその目覚めの挨拶を聞くのは何だか奇妙で、くすりと苦笑を零す。
そんな事を思っている紫苑だって、日が落ちてからの方が楽なのだから人の事は言えないが。
「よく寝てたみたいだな」
「ああ……何か最近平和なんだよな」
今も相変わらず外界は目まぐるしく変わっていて、煙が燻っている。
いつ再戦が決行されるかという状況の中、藤堂がぼんやりした口調でいられるという事は、
今は羅刹隊の組織としては大きな騒ぎや問題が起きていないという事だろう。
そう考えた上での紫苑の発言だったが、読み通り呑気な答えが返ってきた。
「そっか、それはよかった。うん、確かに……このあたりはもっと重苦しかったけど、そんなでもないな」
「……みんな血が欲しいって、終始言わなくなったんだよなあ。暴れだす奴もいないし」
「健全な集団なら良い事じゃないか」
それはひとえに"鬼の血"の効果が出ているからではないだろうか。
そうであるなら良い傾向だが、それを藤堂は知らないので紫苑は何も言わずに頷いた。
「それもこれも、あの山南さんが作った新薬を飲んでからだ」
「ああ、あれな。凄いよな、今までの衝動を抑えるだけの薬とは全然違う」
実際紫苑は飲んでいないのだが、話を合わせて同意しておく。
藤堂はどうやらこの変化に喜びつつも不思議に思っているらしい。
突然山南が持ってきた薬によって、恐らく自身の体の調子を実感しているのだろう。
「……でもあの薬って明らかに血だよな?血の味するし……あれ、一体何なんだろ?」
「…………」
純粋な疑問だとばかりに首を傾げる。
紫苑は一瞬返答に困ったが、すぐに何を言っているんだと冗談っぽく笑った。
「はは、山南さんがどこかで調達してきたとか?でも怪しい素振りもないんだろ?」
「まあな……だから不思議なんだよ」
「ま、血を飲まなくていいっていうのは有り難い事だよ」
「それはそうだけどな」
「ちょうどいいや、今から山南さんの所行くつもりだったから探ってみようかな」
そんな風に言いながら紫苑は、もう行くなとヒラヒラと手を振り、藤堂の横を通り過ぎた。
羅刹隊の隊士達の部屋が並ぶ廊下。
いつも獣が目を光らせ、息を潜めているかのような緊迫感が漂っていたが、
今はその殺気というか、獰猛な気配もあまりなく、悪寒を覚える事もなく歩ける。
紫苑自身も羅刹なので恐怖は感じないが、檻の傍を歩いているような独特な緊張感が緩和された事はわかる。
尤も、現状であの"新薬"を飲んでいないのは紫苑だけなので、牙を剥かない獣達にとっては紫苑はどう見えるのだろうと時々思うが。
もしかしたら、紫苑が一番危険な獣に思われているかもしれない。
自嘲しながら音もなく奥へ突き進みながら誰も付いてきていない事を確認し、
目的の部屋の障子を開けると、彼が姿勢正しく待っていた。
「おはようございます山南さん」
「……おはようございます。といっても貴女はそうではないでしょう?」
藤堂に倣ったつもりだったが、彼は心からは笑ってくれなかった。
紫苑はまたくすりと笑みを浮かべると慣れた動作で腰を下ろす。
最近は自分ばかりが笑い、彼が悲しい顔をしているなと紫苑は思った。
自分がしたくてしているのだし、現状効果があるのだからそんな顔する必要ないのにと言っても、彼は変わらなかった。
「……いつもすみません」
「いいえ」
そしてまた、紫苑の腕から禍々しい程に赤い鮮血が流れた。
梔子 五
その日、停滞していた屯所に局長と副長が戻って来るやいなや隊士達が招集された。
いつもと違う雰囲気にこれは事態が進んだのだと誰もが理解し、屯所内に緊張の空気が流れた。
戦の気配が近づいている。
「我々の今後の行動についてだが、まずは甲府へ向かい、そこで新政府軍を迎え撃つ事となった」
一同の表情が一気に真剣な色を帯びる。
幕命を頂戴したと近藤は声を大にしながら、彼もまた戦場にいるような目で周囲を見渡す。
「ご公儀からは既に大砲二門、銃器、そして軍用金を頂戴している。ここは是非とも前回の汚名を晴らさねばならぬ!
もしこの任務が成功したら、幕府は我々に甲府城を下さるそうだぞ!これは気合いを入れて臨まねば!」
新選組は甲陽鎮撫隊として行軍する事になると彼は言う。
そして近藤は若年寄格、土方は寄合席格という身分まで与えられたらしい。
作戦内容が力強く述べられていく中、紫苑はこれから起こる事を考えていた。
前回の戦に紫苑は途中からしか参加していないが、それでもあの惨状はまざまざと見せつけられた。
此方は刀が主力であるのに対しあちらは飛び道具、近づく事すらできなかった。
撤退を決める直前まで、紫苑も羅刹という事を利用して敵陣に飛び込んでいったが、如何せん一人では歯が立たない。
紫苑に付き従う隊士達は羅刹でもなんでもないので無理はさせられない、
一人で斬り込んだとしても多すぎる銃器の前では流石の羅刹も滅ぶ危険がある。
さらにはあちら側は羅刹への対策もあったようで、山南率いる羅刹隊も軒並み敗北した。
先日沖田が受けた銃弾と同じものが使われたらしく、怪我を知らないはずの羅刹達もバタバタと倒れていったのだ。
そんな苦渋を味わった後での今後の戦、果たして優勢になる事などあるのだろうか。
銃火器に関してはどうしたって幕府側は後手だ。
付け焼刃で装備を揃えたとしても、その頃にはきっとあちら側はもっと高性能な銃器を手にしているだろう。
このまま負けていいとは紫苑も思わない、だが近藤のように勝ってやるぞ!という気構えにはどうしてもなれそうになかった。
それは永倉や原田達も同じ気持ちなのか、軍議が終わった後に幹部達で集まった部屋では、
戦への意気込みというより重い空気が漂っている。
「……なあ近藤さん、その甲府を守れって話を持ってきたのはどこの誰だ?」
「勝安房守殿だが……それがどうかしたのか?」
「勝、か……大の戦嫌いで有名らしいが。
そんな人が、何で俺達に大砲やら軍資金を気前よく出してくれるんだ?」
「そもそも、徳川の殿様自体が新政府軍に従う気満々らしいな……」
訝しげに言う永倉に賛同した原田も渋い顔で呟いた。
「これは幕府直々の命令なんだ。確かに戦況が芳しくないため、今は慶喜公も恭順なさっているが、
もし我々が甲府城を守りきれば幕府側に勝算ありとみて、戦に本腰を入れてくださるかもしれん」
近藤は説き伏せるようにまくし立てたが、彼の目にも少しだけ迷いが浮かんでいた。
焦っているとも形容できるだろうか、負け戦を経験した彼は完全なる盲信だけでそう言っている訳ではないようだった。
「勝たねばならないのだ!お上に全力で応えるのが武士の本懐というものだろう」
「それで、また大勢の隊士を死なすのか?」
「っ」
低い、怒りを含ませた声色の永倉に、近藤も息を詰まらせる。
「近藤さんだってあの惨敗を見てるだろ。刀で殺されるのとは訳が違う、手も足もでない戦で俺達は何ができた?
敵の顔を見て直接対峙する事もなく、遠くから、バタバタと仲間が殺されていったんだよ」
「だが、お上から銃器を頂戴しているのだ!前回は歯が立たなかったが、これがあれば今度こそ……!」
「俺だって別にこのままでいいと思ってる訳じゃねぇし、戦う気だってある。
だが隊士は随分減っちまって、前回より戦力が落ちてる。その状態で新政府軍と同じ装備があったとしても、本当に勝てるのか?」
「…………」
それは誰もが危惧している事だった。
武器を揃えて勝てるぐらいの戦力差だったらこんな事は思わない。
だがそう思えないほどに、仲間達は無残に、無力に死んでいった。
これ以上死なせたくないと思うのは、隊を抱えている人間なら当たり前の感情だろう。
近藤も心当たりがあるのか、俯いて逡巡をにじませる。
「それに関しては、早急に隊士を増やそうと思っている。
このご時世、腕の立つ人間が増やせるかは期待できねえが、いないよりはましだろ」
「そりゃ、そうだけど……」
土方に補足されれば永倉も強くは言えない。
押し黙って会話が途切れると、今度は原田が顔を上げる。
「斎藤、お前はどう思ってるんだ?」
「俺は局長と副長の意見に従う」
「そうか……紫苑は?」
「……俺は、その幕府のやり方が気に入らない」
ずっと思っていた事だった。
近藤のように幕府に強い思い入れのない紫苑にとっては、都合よく新選組を使う彼らを好きになれない。
幕府の一組織である事はわかっているのだが、良く思っていない人間達に自分達が使役されるのは嫌なのだ。
「戦は俺達にやらせて、自分達は安全な所で高見の見物っていうのが気に食わない。
例え俺達が負けても痛くもないだろうし、勝ったとしても、それでのこのこ出て来られてもな」
どうせ幕府は自分達の手柄だとして大きな顔で前に出てくるのだろう。
そんな者達に、近藤が良いように乗せられている事も気に入らない。
「俺には、押し付けられているようにしか思えない。
今のこの状況で、身分とか城に何の意味があるんだよ」
「……っ」
「紫苑、それ以上はやめろ」
近藤が息を詰めるのを見かねて、土方が咎めるように遮る。
間違った事は言っていないと、紫苑はぷいと顔を反らす。
だが土方も本当に紫苑を責めている訳ではないようで、鬱々とした溜息を落とすと、
「……俺達は幕府の新選組だ、上の命令には逆らえねえ。
それに、新政府軍を野放しにしてこれ以上増長させても困る。やるしかねぇだろ」
そう言うと、それ以上誰も何も言えなくなって、沈黙が辺りに流れた。
「あー……くそっ、何か納得いかねぇんだよな」
気持ちが晴れない永倉が外に出るというので、紫苑もまた原田や斎藤と共に付いてきた。
屋台の蕎麦を何杯も平らげたのちに、溜め込んだ不満を吐き出した。
「大名ね……このご時世、大名って言われてもな」
身分を頂戴したのだから余計に気合いを入れねばならぬ、とも近藤は言っていた。
だが使命感たっぷりに言う彼のように、身分に飛びつく者はほとんどいない。
「近藤さんは元々、小さな道場の主だったからな」
「お上の武士になりたくて此処まで来たから……だから幕府の言う事が絶対だっていう考えもわかる、けど……」
「そうだな……」
斎藤の呟きに紫苑も昔を思い起こす。
紫苑が土方の為に、新選組の為に生きているように、近藤も将軍や幕府の為にと必死になるのもわかる。
必死になっているが故に、彼の発言が気に入らない。
「しかも今度は甲府の城だと?俺達に城勤めをさせるつもりなのか」
「……それが何よりも名誉な事だと思ってるからな、あの人は」
局長としては城という褒美で士気を上げようとしたのだろうが、温度差は変わらない。
新選組なんてものはそもそも浪人崩れの暴れ者集団だ、城勤めしたくて此処にいる人間など果たしているのだろうか。
それだけ周りが見えてないと言えるのかもしれない。
「だけど近藤さんも、今度の戦も苦しいものになるってのはちゃんとわかってると思うんだ。
……どうしようもないよな、戦うしか」
「紫苑……。わかってるさ、それは……」
此処まで来てしまったのだ、戦わない訳にはいかなかった。
いや、もう負けは許されないのだから勝たなければならないとは皆も思っているはずだ。
だが今回の話はどうしても違和感を覚えてならないから、こうやって悶々としているのだ。
自分達は何の為に戦っている、誰の為に戦っているのか。
新選組が幕府の軍である以上それは明確であるはずで、なのに先の見通しがどんどん霞んでいく。
無謀な事だとわかっていても、逆らう事はできない。
組織として上の命令は絶対だった。
今更引き返せない、だが自分達はこんな事がしたかったのだろうか、それはよくわからない。
永倉は唸りながら髪を掻きむしって、少し寂しそうに溜息をつく。
「組織ってのは……大きくなりすぎると、それはそれで面倒なもんだな……」
自由を求めていたのに自由は次第に取り去られ、上の意向というしがらみに縛られる。
それは新選組の規律なんかよりもずっとどうしようもない鎖で、息が詰まる。
「幕府が信用できないんじゃな……俺達はどうすればいいんだ?」
「…………」
誰もが、その答えを持ち合わせていなかった。
これから自分達の進む先に、光なんてものはあるのだろうか。
どれだけ走っても一筋の希望には届いてくれない。
それでも、もう立ち止まる事は許されなかった。
「こんな感じでいいのか?」
皆の出で立ちと自分の装飾を見比べながら、纏った衣装を上から眺めてみる。
女物の着物でもなく、武士らしい長着に袴でもなく、鴉のような漆黒の洋装。
全体的に細身で体に密着している気がして何だか変な感じだ。
「お、お前のも中々良いじゃねぇか」
「新八っつぁんこそ」
甲府を攻めるにあたって、新選組にも洋装化が言い渡された。
強制ではないので、近藤のようにやはり和服がいいとしてそのままの隊士もいるにはいるが。
銃器に慣れている薩長の軍勢が洋装であるという事は、その方が銃器を扱いやすいのだろうという判断らしい。
だが半分は新しい物好きの土方の意向だろうなと紫苑は思っている。
「窮屈だから最初はどうなるかと思ったけど、確かにこっちの方が動きやすいのかもな」
「それにしても、紫苑……やっぱお前、男の格好なのな」
「はあ?当たり前だろ?」
今更何だと紫苑が拳でどつけば、はははと笑われる。
洋式軍服は基本同じなのだが、皆思い思いの装飾で個性を出している。
紫苑が身に着けたのも、白の中衣に、どちらも黒色の洋袴と袖なし上衣。
その上に膝が隠れる程の長さがある、黒を基調とした立襟で袖のない陣羽織。
上半身から腰回りにかけて広がる襟部には、いくつもの薄紅色の鬼蓮の花が刺繍されている。
襟の柄を決める時に鬼蓮なんていう花がある事を知り、何となく親近感を覚えてそれを選択した。
さらに羽織を引き締め刀を収める刀帯は、全体の色に合わせて薄紫色に染められている。
そして足元は草鞋ではなく、ブーツと呼ばれる茶色の長靴。
永倉の言う通り女とはかけ離れた姿になっているが、意外とこれはこれで良いかもしれないと思っている。
「でも左之さんもそうだけど、みんなよく髪まで切ったな」
「まあ、な。元々そこまで思い入れがあった訳でもないしな」
洋装にするのと同時に髪まで短くなった男達はもう昔ながらの侍には見えず、僅かばかり寂しさを覚えた。
流石に月代のある者は断髪すると不格好なので切らないらしいが、
原田や藤堂、斎藤達は散切り頭よりも長いくらいになった。
まあ似合っているから紫苑も何ら不満はないが。
逆に紫苑の髪はそのままだ。
永倉もそうだが紫苑も元から短いので切る必要はない。
むしろ年明けから意識して切らなくなったので、現在の方が少し伸びているくらいだ。
(土方さんも……何か妙に似合ってるし)
直接洋装に対して会話していないが、横目でちらりと見る限り様になっている。
俗にそれは"格好良い"と評価できるものだが、認めるのは憚られた。
鉢金と共に流れていたあの長い黒髪が、今や肩あたりで小さく揺れている。
畳ではなく椅子に座り堂々としている姿はどこかの異人のようで。
(そりゃ顔が無駄に良いんだから、ああなるよね……)
誰もが目を引くような、惹きつけるものを持ち合わせた彼を遠くから眺めて、紫苑は誰にもわからないような溜息を落とす。
「おい紫苑」
「、はい何でしょう」
密かに見ていた事は悟られていないだろうが、こういう咎めるような声色で呼ばれる時は大抵良い話題ではない。
それをわかっていながら飄々とした態度で顔を上げれば案の定しかめっ面の土方がいる。
「着替えが終わったらさっさと部屋に帰って寝ろ」
「……言われなくてもそのつもりですよ。そんなに長居してないじゃないですか」
「お前は此処にいるよりもっとやる事があるだろ」
彼の言いたい事はわかる、それが正論だという事も。
だがこんな場で、邪険に扱うように言わなくてもいいじゃないか。
楽しかった気分が霧散して、眉間に皺を寄せて思わず反論した。
それが心配からくる発言であったとしても、不要だと言われている気がして嫌だった。
(平助だっているじゃんか!いや、平助はいつも昼間寝てるからいいんだけどさ!)
同じ羅刹である藤堂にはそんな事言わないのにと思いつつ、彼が言われない理由も同時にわかっていて。
本当はもっと藤堂や斎藤達とも絡んでいたかったが、甲府攻めに備えて早々に休む必要があったのは確かで、
自分で自分の心の叫びを撤回しながらも色んな事柄が悔しくて半ば自棄になって踵を返す。
とにかく彼と顔を合わせていたくない、いや本当はいつまででも見ていたいのに。
もう拒絶されるのは嫌で、中途半端に優しくされても辛いから、だからやはり今回も彼から逃げ出す。
「衣装が出来たって言われたら来るじゃないですか普通。でも準備もしなきゃいけないし、
隊士達の指導もあって忙しいんですよ俺は。まあ副長に言われるまでもなく出て行きますけど!」
「なっ……お、おい!」
ともすれば神経を逆撫でするような言葉を投げつけ、ぴしゃんと障子を閉めて紫苑は部屋から出て行った。
不貞腐れていなくなった人間が残した挑発的な発言に、土方は苛々と舌打ちをする。
「……副長」
「何だ」
「、……いえ」
隣に立っていた斎藤が珍しく何か言いたげな表情で土方を見る。
だが不機嫌さを隠さずに吐き出した返事に、結局口を噤んだ。
「土方さんー、もっと言い方ってものがあるんじゃねえの?あれじゃ伝わらない気がするけど」
「うるせぇ」
はあ、とあからさまに大きな溜息をついたと同時、廊下の方から小さな物音がした。
次いで、男の驚いているらしい声。
「、っと……大丈夫か、お前ふらふらじゃえか」
「ごめんごめん、躓いたんだよ」
「何言ってんだ、そんな青白い顔して」
「日の光にあてられただけだって、大丈夫だよ」
心配そうな言葉は原田のもので、もう一人は先ほど出ていった人間のもので。
やっぱり調子悪いんじゃねえか、と土方はまた舌打ちをしながら障子を勢いよく開け放つ。
「おい、……!」
だが廊下には、唐突な土方の登場で呆けた顔をする原田がいるだけで、紫苑の姿は遠くにさえも見えなかった。
「紫苑なら、行っちまったけど……」
「…………」
苛立ちは当分消えそうになかった。
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ゲームとアニメ混ぜ。
近藤さんの言動に変化をもたせてみました。
ついに洋装化です。主人公の説明難しい。
羅刹+寝てない+軽い貧血で主人公フラフラ。