何日もかけて進軍してきた道を、一刻も早く戻る為に街道を走り抜ける。
偵察や伝令で慣れている山崎にとっては特に難しくもない行程だろう。
紫苑も一度は監察方見習いであった身、女でありながら山崎に劣らない脚力で遅れをとらないよう並走する。
休憩を少しずつ取りながら、それでも休みなしに江戸を目指す。
その途中、ふいに山崎は足の速度を緩めないまま口を開いた。
「君は凄いな……」
「?何がですか?」
「あの副長が指示を変えるなど……かなり珍しい事だ」
「……それは確かに」
昨夜の軍議の時から思っていたのだろう。
街道の前方を注視しながら、ぽつりと零すように呟かれた言葉。
驚きが混じったような感嘆が伝わってきて紫苑は苦笑する。
副長に意見するなど、生真面目な性格の山崎にとっては恐らく有り得ない事なのだろう。
そしてその意見が通ってしまったのだから余計に驚くべき事で、
不快にさせたかもしれないと何だか申し訳ない気分になった。
「図々しくてすみません……だけど、この方がいいと思ったんです」
「いや、君が謝る事ではない。それだけ副長は君を信頼しているのだろう」
「そうでしょうか……」
どちらかというと説き伏せた格好になった気がする。
信用できない人間の言葉など端から聞き入れてくれない人だとは思うが、
だからといって信頼されているかというと、それはいまいち素直に同意できない。
今回の援軍の要請は、恐らく土方の綿密な案というよりも、感情から先立ったものだったのではないだろうか。
険悪になりかけたあの状況を瓦解する為に咄嗟に口に出したように思える。
でなければ紫苑程度の進言で易々と指示が変わる訳もないし、出発する直前にあんな事は言わない。
「多分、土方さんはわかってるんだと思います……たとえ援軍が来たって、勝てないって」
必ず援軍をもらってきますと意気込んだ二人に、土方は頼んだぞと返事をしながらも。
「もし援軍が厳しそうだったら無理しなくていい、その時は速やかに戻ってこい」と小声で言ったのだ。
紫苑と山崎、それには思わずお互いを見合ってしまった。
それはつまり援軍があってもなくてもいいという意味に解釈できるから。
「それでも何もせずに敗退なんてできないから、こうやって援軍を要請しようと考えているんじゃないでしょうか」
きっと、勝ちたいと切望する近藤の為にも。
山崎は渋い顔で沈黙し、しばらく走ったのちに小さく返事をした。
「……君は、副長の事をよく見ているんだな」
「まあ、元小姓の性分ってやつですよ」
しみじみと呟かれた言葉にどこまで含みがあるのかはわからないが、
それ以上勘ぐられないように紫苑は冗談っぽくハハハと笑って締めくくってから、あの時の事を思い出す。
「それに……近藤さんを一人にさせたら総司に恨まれそうですから」
「沖田さんに?」
「俺や他の人間が近藤さんを守るより、土方さんだったら流石に文句言われないと思うから」
今、どこの陣が一番危険かと問われれば、間違いなく甲府城に近い本隊であろう。
最新銃器や砲弾の嵐となるのは容易に想像できるし、戦が始まれば激戦になるのは目に見えている。
敗北するにしても、早かれ遅かれ撤退しなければならない。
そんな本隊に局長がいるとなれば、確かな護衛が必要になる。
京の時のように狙撃される危険もあるのだから、強くて信頼の置ける人物を。
それを考えれば、誰よりも副長の土方が適任だった。
「……そんな事も考えていたのか」
「考えますよ、そりゃ。総司と約束もしましたから」
「君達は本当に……仲が良いのか悪いのかわからないな」
また感心したように言われて、紫苑はくすりと薄く笑う。
「似てるんです、多分。だからどうしても衝突してしまうんですよ」
だけど相手の思考は手に取るようにわかる気がする、と最近思うようになった。
いつだって、言葉を交わさなくても目だけで喧嘩をしていた。
それは逆にいえば、それだけ相手の気持ちを理解していたという事。
「僕が治るまで近藤さんを守って」――と、あの誇り高い人が自分より弱い人間にそう言ったのだ。
その言葉を発するまでにどれだけの悔しさを呑み込んで、どんな思いで紫苑に託したのか。
紫苑には理解できた、いや理解できるとわかっていたからこそ彼は紫苑を選んだのかもしれない。
だからこそ、もし彼がこの場にいたら局長の護衛に関して真っ先に反論するだろうなと思った。
もしくは「自分が守るから援軍呼んできなよ」と言ったかもしれないが、紫苑では彼に成り代われる程の腕はない。
そして副長が援軍に行かないといけない状況になった事で土方を責めるだろう。
だから局長と副長は引き離したくなかった。土方に言ったように、その方が士気も上がる。
「こう言うと総司に怒られる気もするけど……総司の為にも、急がないといけないんです」
「……そうだな。援軍も、ないよりはあった方がいいに決まっている」
「はい、だから急いで援軍を連れて戻らないと、皆が危ない」
「ああ」
気持ちを確かめ合って、様々な人間の思いを背負って。
会話すらも無駄だというように、二人はいよいよ走る事に専念する。
自分達の行動によって、事態が大きく変わるかもしれないのだから。
梔子 七
ひたすらに、振り切るように走り続ける。
往路は大勢の人間を引き連れて威風堂々と前進していたのに、今はたった二人で背中を向けている。
つい先程までいたあの前線には、まだ多くの部下達が残っているというのに。
「……っ」
「大丈夫か、近藤さん……!」
「、……ああ」
徹底抗戦の結果は、惨敗だった。
付け焼刃で揃えた銃器は何の役にも立たなかった。
気合いさえあれば何とかなると薩長に突撃しようとしたのに、する前に仲間達は皆銃弾に倒れた。
まるで歯が立たず、ただ無駄に隊士達を死なせただけで敗走を余儀なくされた。
罪悪感やら後悔やらが入り混じった胸が苦くて、絞り出すような相槌を吐き出した。
それをわかっていながらも、走れと隣の男は言う。
どんな誹謗中傷でも一手に引き受けて、影に徹して自分にばかり光を見せようとする男が。
真っ先に逃げ出したのも全ては局長の為だと、汚れ役を此方には絶対に回さない。
いつもそうだった、局長という真綿に包まれて大事にされていた。
だから応えたかったのに。
そうまでして自分を守ってくれる男の為にも望まれる将でありたかった。
だがもう立ち止まってしまいたい。
彼の全幅の信頼が今は辛い、楽にさせて欲しいとまで思った。
まだ背後では新政府軍に足止めされ、撤退できていない隊士達がいる。
自分の采配によってバタバタと倒れていった遺体だって無数にある。
なのに大将である自分が真っ先に逃げ出しているなんて、生き恥もいい所だ。
局長の為に命を投げ出した彼らに、何て弁明すればいいのだろう。
無謀だと諌められたのに。
永倉にも反対されたというのに、全ては浅はかな自分の責任だ。
武士ならば命を投げ出しても戦わなければならないと思っていた。
だが、戦なんてものは大勢の隊士達がいるからこそできるのだ。
近藤一人だけでは戦などできようもなかった。
兵士を守れない将に、将の器なんてない。
「トシ……隊士達を、たくさん死なせてしまったなあ……」
「……大将が生きてさえいればまた戦える。だから今は耐えてくれ」
――違うんだ、トシ。
こんな大将にはもう、誰も付いてきてなんかくれないさ。
全ては自分が蒔いた種。
今まで付き従ってくれた土方にも悪い事をしたと、近藤は懸命に足を動かしながら目を伏せた。
その時、ガサリと茂みの音が鳴った。
何かがいる、そう察知して辺りを見渡すと、既にいくつもの殺気に囲まれていた。
「な……!?羅刹だと!?」
現れた者達はいずれも白い髪に禍々しい血色の瞳を揺らしていて。
日中には活動できないはずの羅刹が、薄ら恐ろしく感じる程静かに此方を捉えている。
「くそ!近藤さん、あんただけでも逃げてくれ!」
「何を言うか!お前だけ戦わせるわけにはいかん!」
新選組に属していない羅刹が何故こんなにも大勢いるのか、何故此処で自分達を待ち構えていたのか。
様々な疑問が頭に浮かんだが、明確なのは彼らが自分達の命を狙う敵であるという事。
土方が前に出て庇おうとするので、さらに前に進み出て近藤は刀を抜く。
正直厳しいと思った。
十数人はいようかという羅刹に対し、此方は生身の人間たった二人だけ。
複数の人間で羅刹一人ならどうにか相手できたかもしれないが、今回はどうしたって不利だ。
二人とも無事というのは、不可能に近い。
「此処は俺がやる!その隙に、トシが逃げるんだ!」
「局長を置いていく副長がどこにいるってんだ!」
「だがこのままでは……くっ!」
前後左右、二人を追い詰めるように円になる羅刹達を睨み付けながら背中合わせになり、互いが主張を譲らない。
斬りかかってきた羅刹の刃を受け止め、その重い一撃に余計な思考が吹き飛ぶ。
焦りだけがじわりと近藤の意識を支配していく。
どうにかこの状況を打破したいのだが、羅刹達の剣筋は速く、やり過ごすだけでも精一杯だった。
土方も同じような様子で、悪態をつきながら刀を振り下ろす。
幸いにも羅刹達は元がそれほどの腕の持ち主ではないようで、即座に打ち負かされるまでにはならない。
どういう訳か不明だが集団で一度に襲い掛かってくる事もなく、ただじりじりと輪を狭めてくる。
長期戦に持ち込まれるのは不味い、生身の体力ではいつか羅刹の力に押されてしまうだろう。
「ぐ、ぁ……!」
「近藤さん!」
受け流したつもりだったが避けきれず、近藤の腕を素早い刀が掠めていった。
深く抉られはしなかったが、断ち切られた袖の間から見えた肌からは少しだけ血が零れていく。
「ひ、ヒャハハハ!」
「!?」
血を見つけて興奮しだした羅刹が一気に間合いを詰める。
咄嗟に動けなかった近藤を庇い、土方が脇から羅刹を受け止める。
「くそ、埒が明かねえ……!」
「トシ……っ」
吐き捨てる男を見つめ、近藤はこの身を盾にしてでも土方を逃がそうと考えたが。
新たな人物によってさらに状況は混乱していく。
「ふふふ……素晴らしい成果だ」
羅刹達の輪よりもっと後方、木々の翳りから姿を見せたのは、二人もよく知っている人物だった。
「な、あんたは……綱道さん!?」
「お久しぶりですな、お二人とも」
羅刹を従えるように佇んでいる綱道は穏和な態度ではあるが、実に満足そうな笑みを浮かべている。
「どうです、私の羅刹達は?」
「これは……あんたの差し金か!?」
「薩長側に付いていたのか……っ」
「私は元々、どちらにも付いたつもりはありませんよ」
土方と近藤が口々に言うと綱道はゆっくりと首を振る。
そしてニヤリと笑い、見てくれと言わんばかりに両手を広げた。
「長年の研究の末、ついに弱点を克服させたのだ!
日の光の元活動できる新たな種。この羅刹達があれば雪村家再興も夢ではない!」
「何だと……それが、あんたの目的か?」
「さあ、お前達の力を示すのだ!」
「っ!」
綱道の言葉に呼応して、羅刹達の目が一斉にギラリと二人を捕捉する。
「ふはは!新たな鬼の時代の到来だ!」
綱道が恍惚とした表情で笑っているのを、どこか遠くの事のように聞いた。
獣のような唸りを上げて振りかぶってきた羅刹を近藤が身をよじりながら斬り捨てるが、その相手は再び立ち上がり。
天然理心流の宗家である近藤をも凌ぐ俊敏さでもう一度迫ってくる。
背後の土方も、次から次へと繰り出される刃に苦戦していた。
一人ずつ、刀を弾いてよろめいた羅刹の急所である心臓を一突きにして倒していくが、
逆にその隙を狙われて体に浅い傷が生まれる。
「う、っ……!」
「トシ!」
取り囲まれて、脇から伸びてきた刀を弾く為、土方が両手を強く握り締めた瞬間。
突然、風が舞った。
「――やれやれ、近藤さん一人まともに守れないんですか、土方さんは?」
襲ってくるはずだった羅刹は遠くに飛ばされ、代わりに誰かの背中が目の前に立ち塞がっている。
いや、誰かなんて考えなくてもわかりきっていた。
「っ、総司!」
顔を上げると綱道とはまた違った、楽しそうにも見える笑みを携えた男が此方を振り返る。
近藤を真似て結っていた髪は短くなり、事前に渡しておいた西洋式の服を身にまとった姿は、
何故だかとても大きく感じられた。
「あれだけ煩かった紫苑もいないし、僕が来なかったらどうするつもりだったんですか?」
「そ、総司……怪我は、もういいのか……?」
得意気なような呆れたような口調でいる沖田は、昔から変わらないままの、労咳に蝕まれるよりも前からの雰囲気で。
怪我は治ったのかとか、どうやって此処を見つけられたのかとか、よく来てくれただとか、
言いたい言葉はたくさんあったのに、土方の口からそれらが発せられる事はなかった。
代りに返事をしたのは、同じく茫然としながら父親のような眼差しをする近藤だった。
心配もあり、それでも安堵を浮かべた表情に沖田は嬉しそうにくすりと笑む。
「沖田君か……欠陥だらけの古い羅刹が一人増えた所で、私の鬼達には敵うまい」
「……こいつらがどれくらいの腕なのか知らないけど、試してみる?」
視線を羅刹に戻し、沖田特有の無邪気さが混ざった殺気が挑発的に溢れる。
突然の助っ人にも綱道は冷めた表情を変えなかったが、
ピリピリとした空気の中それらを崩したのは、男のものとは違う甲高い驚愕の声。
「と……父様!?」
「……ああ。久しぶりだな、千鶴」
一緒に来ていた千鶴が、ずっと探していた父親を見つけて堪らず飛び出してきたらしい。
新選組に協力していたはずの綱道が今まさに彼等を屠ろうとしている状況は、彼女にとっても意味のわからない事に違いない。
だが綱道は先程までの態度を一転させ、愛しい者でも見つけたような優しい眼差しで微笑んだ。
「どうして父様がこんな所に!?」
「千鶴、もう少しだよ。もう少しで鬼の王国が作り上げられる」
「な……何を言っているの……!?」
混乱する千鶴に構わず綱道はすらすらと告げた。
説明する気は毛頭ないのか、今の自分に酔っているのか、有無を言わせないまま綱道は千鶴を穏やかに見つめる。
「だが、まだ今ではない。また迎えに来るよ、千鶴」
「父様!ま、待って……!」
羅刹達を残したまま綱道はふわりと森の奥、その闇に消えてしまった。
千鶴が慌てて追いかけようとしても捕まえる事など到底できなかった。
「千鶴ちゃん……悪いけど下がってて。今はとにかくこいつらを片付けないと」
「、……は、はい……っ」
「土方さんも、まだやれますよね?」
「っ、当たり前ぇだろ!」
再び臨戦態勢をとる羅刹達を前に、沖田も力を解放させる。
短くなって風に流れていた髪は真っ白に色が抜け、深紅の瞳が朧げに発光する。
微かに笑っている瞳孔を絞り、目にも止まらない速さで刀を正面に突き出した。
「ぎゃああああ!!」
防御する隙すら与えず、心臓を一突き。
その刀を抜くというより、そのまま体を引き裂きながら走り出し、奥にいた別の羅刹を横一線に薙ぎ払う。
同時に二人分の鮮やかな血が弾けた。
血生臭く泡立つ雨を全身に浴びながら、さらに違う羅刹に喰らいつく。
「…………っ」
あっという間に数人を殺してしまった沖田に、土方も負けるまいと生身のまま羅刹と対峙する。
だが近藤はその光景を茫然と見つめるばかりで、動けずにいた。
あれは何だと、そんな疑問が浮かんだ。
いや、彼が紛れもない沖田総司という人物で、自分もよく知る弟のような存在である事はわかっている。
だが自分の可愛い可愛い弟は、あんな獣ではなかったと心が訴える。
元々人殺しにも大した抵抗はなく、これまでも命令で彼に人殺しをさせた。
血を啜る狂気じみた羅刹になったのも、労咳を克服する為、刀を再び握る為――言うなれば自分の為だった。
今だって、彼は自分達を守る為に戦っているだけなのだ。
なのに、あの真っ赤な獣は一体なんだ。
自分は、可愛い弟をあんな風にさせる為に武士になったんじゃない。
栄誉や高い身分を得たって、近藤の為に生きる彼は狂っていくばかりで。
――それに、何の意味があった?
柄を握りしめた右手がギリ、と音を立てた。
ああさせたのは間違いなく自分だ。
自分がのうのうと幕府を見上げている間に、大事な者達が壊れていく。
例えば戦で勝ち進んで、それで後ろに誰もいなくなっていたとしても、それは果たして"勝利"と言えるのだろうか。
「っ、ぅぅ……!」
「!千鶴ちゃん!」
遠くで隠れていた千鶴が突然苦しみだして、その場に蹲る。
いち早く察知した沖田が駆け寄りたそうに焦りを見せたが、羅刹に囲まれてできそうもない。
辺りに飛び散る血を凝視しながらふるふると震える千鶴の髪が、うっすらと白んでいく。
それは、彼女が羅刹になっている事を顕著に物語っていた。
――何が、どうなっている?
何も知らなかった女の子が、新選組の隊士ですらなかった彼女までもが破滅の道を辿ろうとしている。
世界が、平和だと信じていたかった自身の世界が、崩れていく。
皆が皆、世界に呑まれて変質して、自分だけがそれに気づいていなかった。
局長として何て恥ずかしい事かと思った。
元々の剣豪が羅刹化してさらに強くなった沖田のおかげか、羅刹達は一掃された。
土方も意地を見せて、肩で息をしながらも何人かを斬り捨てていた。
沖田は真っ先に千鶴へと向かい、両肩を支えて気遣う。
大丈夫ですと、途切れ途切れに言う千鶴を悲しいような愛しいような目で見下ろしている。
全てが、遠くの出来事のようだった。
だがこれは決して他人事でも、遠くの話でもない、すぐ目の前の現実だった。
眩暈がしそうな程ぐるぐるとする意識を引きもどしたのはガサリと森が騒いだ音で、
また新たな追手かと皆が警戒した所へ違う人物が飛び出してくる。
その姿も、駄目押しの一手とばかりに近藤に衝撃を与えた。
「っ!……、総司!?」
彼女もまた、羅刹だった。
いや、普通の羅刹とは少し違い、眩い黄金色の双眸が神々しい印象すらも感じさせる。
昔から知っている彼女はお転婆で、裁縫より木刀を振り回している方が好きだと言う変わった女の子だった。
大事だったからこそ彼女を振り切ったというのに、男になって人殺しになって。
そうして自分を庇い再起不能の怪我をして、最後には彼女もまた、変若水を飲んでしまった。
「遅いよ、紫苑」
援軍をもらいに山崎と江戸へ行っていたはずの紫苑は、今がどういう状況なのかを分かりかねているようで。
戦の前にはいなかった沖田を凝視していたが、人を食ったような笑みと返事を聞いて、ある程度理解したのだろう。
荒い呼吸を整えながら、強張っていた表情を安堵に緩めた。
「借りは返したよ」
「……うん」
彼等にしかわからない絆で心を分かち合って、紫苑は少しだけ笑っていた。
羅刹になったと聞いていたが、一対の鬼の角を生やし、純白の髪がさらさらと揺れる光景を目の当たりにするのは初めてだった。
どんなに強くとも、どんなに彼女自身が望んだとしても、女性とは本来守るべき者のはずなのに。
戦いに駆り出したのは……元をただせば、やはり近藤であるのだろう。
一人、また一人と哀しい獣が増えていく。
「……俺は今まで、一体何をしていたんだろうな……」
ポツリと力なく吐き出された言葉は、羅刹であった灰と共に儚く消えた。
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甲府城での戦編。近藤さん視点。