結論から言えば、援軍は得られなかった。
江戸に待機しているという菜葉隊をあてにしてやって来たものの、
教えられていた合流地点にそのような軍勢はいなかったのだ。
周辺の幕府側の人間に聞き込んだ所、進軍が遅れていた上にさらに違う場所に移動してしまったらしい。
移動したという事は目的があっての事だろうから、追いかけて援軍を要請しても受理される可能性はほぼない。
ならば他の隊をと……そう探し回ったが、受け入れてくれる所はついに見つからなかった。
「これ以上は、援軍を得られても間に合わないだろう。……戻ろう」
本当に悔しそうな顔で苦渋の選択とばかりに山崎が呟き、紫苑もなくなく了承するしかなかった。
また再び、甲州街道を戻る。
甲府から江戸に進んでいる時はどうにかして援軍を得ようという使命感でまだ己を保っていられた。
だが手ぶらの状態で、「無理だった」と報告する為の道のりは敗北感や申し訳なさがいっぱいで。
集中力さえも途切れたのか足取りが自然と重くなる。
加えて太陽の光がとどめとばかりに紫苑の行く手を阻む。
反射光が視界に飛び込んでくるたびに、体を鋭利な刃物で傷つけられているようだった。
「……っ、」
「大丈夫か、藤沢君」
眩暈に襲われ、ついに足がもつれて倒れるように跪く。
やはり無理をして昼夜走り通しだったのがここにきて祟ったのだろう。
視界がぐるぐる回って、頭が痛い。
肩で息をして何とか落ち着かせようとするが、一度止まってしまえば再び立ち上がるのは至難の業。
早く甲府へ戻って、援軍を待っている土方に伝えなければ。
いずれ撤退するであろう彼らを守らないと、そう思うのに体が動かない。
紫苑を気にする山崎に「大丈夫だ」と答えられないほどに限界がきていた。
「っ、は……すいません」
「いや、その体でここまで走れた事の方が驚きだ」
山崎は紫苑が羅刹である事を知っている。
道中も何度か気遣うように声をかけられたが自分が行くと言い出した手前、笑って平気だと強がってきた。
だがもう、それもできそうになくて山崎には迷惑をかけている事が申し訳ない。
「君は休みながら来るといい、俺が先行して副長に報告しよう」
「…………」
本来なら山崎の言う通りにするべきなのだろう。
そうした方がいいと体も訴えている。
だが、紫苑には無理をしてでも立ち止まれない理由があった。
(……離れて、いたくない……!)
それは想い人に対する恋情だというよりも、危機感の方が強い。
守らなければならないから。
いや、守りたいからだ。
あの不器用で、独りで全てを背負っている人を。
「すいません山崎さん……俺、どうしても行かなくてはいけないから……先に、行きます」
「何を言っているんだ、その体で――」
眉を潜める山崎の前で、紫苑の短い頭髪がさらりと白色に変化していく。
苦悶の表情を抑え付け、ゆっくりと前を見据えるように顔を上げた紫苑の双眸は、高貴ささえにじませる梔子色。
角の生えた、綺麗な獣がそこにいた。
唖然とする山崎に微笑みだけで応えて、紫苑は目にも止まらない速さで走り去っていった。
「藤沢君……羅刹化した方が辛いだろうに、君は……」
そんな呟きは紫苑には届かなかったが、それが事実であるのには変わりなく。
瞬発力と速度が格段に上がった代償として、先ほどよりも強い苦痛が紫苑を襲う。
だが休みながら少しずつ進むよりも、辛い事に変わりないならこの方が早いと思ったのだ。
そして羅刹化していると五感も鋭くなる。
もし撤退を始めているのなら近藤や土方達の位置を察知する為にも羅刹化は必要だった。
入れ違いになるのは避けたかった。
街道を、時には最短である森の中を、走るというよりは飛び跳ねるようにして突き進む。
日光が目に入り、何度もつまづいて土に転んだが、羅刹の瞬発力ですぐに体勢を立て直しては走るの繰り返し。
そうして、どこかから流れてきた血の臭いを嗅いだ。
やはり血には敏感なようで、遠くの方でも嗅ぎ分けたそれの方角へ進路を変えた。
臭いが次第に強くなると刀の打ち合う音まで聞こえてきて、誰かは不明だが戦いが起こっているようだった。
ある程度予想をつけて飛び出した先に、幸運にも一番に探していた近藤と土方を見つけた。
何故か沖田と千鶴までいたのは意外であったが。
「……総司!?」
彼は療養していたはずではなかったか、どうしてこんな所にいるのか。
辺りには新政府軍の格好をした羅刹達――どうして敵方に羅刹が存在しているかわからないが確かに羅刹だった――が倒れており、
同じく羅刹化した沖田が得意気な笑みで紫苑を振り返る。
「遅いよ、紫苑」
もう全部片付けちゃったよと、楽しそうに笑っている。
そうして理解した、彼が此処まで来て戦ってくれたのだと。
生身である近藤や土方を守る為に。
「借りは返したよ」
ああ、彼は紫苑の代わりに土方を守ってくれたのだ。
敬愛する近藤を守るついでだろうが何だろうが、守ってくれた事には変わりない。
彼の代わりに紫苑が近藤を守ったように。
彼が"借り"と言うのだから、もしかしたら結構危ない状況だったのかもしれない。
大勢の倒れた羅刹達を見てもそう思う。
「……うん」
ありがとうと本当は言いたかったけど、素直になれない性格故に言葉にならなかった。
目を緩ませて頷くだけだったが、彼にはそれで十分なようで、ふっと笑われた。
そうして、甲府城の戦いは甲陽鎮撫隊の完全なる敗北で幕を閉じた。
梔子 八
「すまなかった」
一般隊士達も含めた大勢の前で、近藤は地に擦り付ける勢いで頭を下げた。
一度ならずとも二度までも部下をむざむざと死なせてしまったと、心から詫びている様子の局長に、
不信感を抱いていた隊士すらも戸惑いを見せた。
甲府での戦で大勢の隊士が死んだ、そして屯所まで撤退してくるまでの間にも何人か死んだ。
新選組は、満身創痍であった。
「近藤さん、話があるんだ」
「……ああ」
どう反応したものかと困って顔を見合わせる隊士達の間を縫って、永倉が前に進み出る。
彼が何を言いたいのかわかってしまった近藤は険しい顔のまま、静かに返事をして立ち上がった。
その一方、甲府から戻ってくるまでは気を張っていた沖田と紫苑は、屯所に着いた途端に崩れ落ちて。
近藤を取り巻く騒動を知らないまま眠りこけていた。
月が姿を見せ昼間の喧騒も静まる頃、二人は目を覚ます。
少し疲れたと床に伏せる沖田の部屋で、紫苑は呆然と彼の事実を聞いた。
「労咳……治ってないのか?」
「まあね。でも羅刹になったおかげで症状は軽くなったけど」
確かに変若水を飲む直前の沖田はとても布団から抜けられる雰囲気ではなかったが、今は初期症状のように軽く咳をする程度だ。
病魔の根本は消えていないが、肉体が回復する速度と体力が上がっているから抑え込んでいるような状態なのだろう。
大事をとって寝ているが、そこから顔を出す沖田の表情は元気に見える。
見えるからこそ、彼がまだ労咳に侵されているという話が信じられない。
信じたくない。
「……そんな深刻な顔しないでくれる?治ってはないけど、動けるからいいんだよ。
どっちにしたって僕は羅刹だから、長く生きるのは無理だし」
「……。千鶴は?」
「飲まされたんだよ、薫に。やってくれるよね」
「…………」
南雲薫、彼女――彼を初めて見たのは巡察の夜。
その時は女の格好をしていたが彼は実は男で、どういう理由か千鶴や沖田の命を狙っていた。
今回も甲府へ向かう途中で薫に待ち伏せされ、千鶴に変若水を飲ませたのだという。
体の変調でふらふらになり一度は江戸に戻ろうとしたのだが、千鶴が望んだ為にそのまま甲府まで進んだ。
布団の横で座り込んでいる紫苑は渋い顔のまま。
何か食べ物を、と羅刹になったばかりで辛いだろう体で退出した千鶴を思うと、明るい顔なんてできない。
「……君こそ、相当無理してるみたいだけど?目が普通じゃないよ」
「え……?普通じゃないって、どう違う?」
「ギラギラしてて、今すぐ誰かに噛み付きそうな顔してる」
「…………」
人を猛獣のように言わないで欲しい。
自分ではわからないが、そこまで荒んだ目をしているのだろうか。
あまり寝ていなくて、さっきまでの睡眠が久しぶりなくらいだから目の隈は酷いと思うが。
「適度にやらないと、体がもたないよ?」
「わかってる」
「それとも、千鶴ちゃんに血でももらう?鬼の血だから狂ったりしないよ?」
「……冗談。いたいけな千鶴からなんて、もらえるかよ」
「はは、男らしいね」
羅刹隊の為にと自らの血を分けてはいるが、紫苑自身がもらう事など考えた事なかった。
本当は少しでももらった方がいいのかもしれないが、やはりそこは素直に頷けるものではない。
冗談に聞こえなかった言葉を冗談にして笑い飛ばすと、沖田も笑った。
それと同時に、絶妙な間合いで千鶴が戻ってきた。
「沖田さん、紫苑さん、お握りを頂いて……、どうかしましたか?」
いつも喧嘩ばかりしている二人が笑い合っている事が珍しくて、千鶴はきょとんと目を瞬かせる。
「いや、何でも?」
「いや、何でもない」
返事までも一緒で、おかしな二人だと千鶴もくすくす笑う。
「お二人とも、やっぱり仲が良いんですね」
「いやいや!こんな偏屈となんて御免だし!」
「僕こそ君みたいな面倒くさい人間と親友だなんて思われたくないね」
「ふふ……そうですね」
全然そうだと思っていない口調で、羨ましいと千鶴が続ける。
この新選組の中で特に沖田を大切に思っているらしい彼女にそう言われると複雑だ。
確かに仲は悪い訳ではない、むしろお互い理解し合えているとも思う。
あまり認めたくはないが、沖田の事を大切にも思っている。
だがそこに男女の色恋は全く含まれていない、彼にしてもそうだろう。
だから千鶴が要らぬ詮索をして、沖田との仲がぎくしゃくしてしまったら心苦しい。
こんなご時世でもあるしやはり女として、そういう恋愛は上手くいって欲しいから、
紫苑は言い聞かせるように千鶴の目を覗き込む。
「えっと、千鶴……誤解するなよ?俺本当に総司の事何とも思ってねえからな!?」
「……はい」
どういう意味なのかと首を傾げていたが、千鶴はすぐに優しい微笑みで返事をした。
誤解は最初からしていなかったかもしれないが、余計な火種は防ぐに越したことはない。
するとホッと息を吐く間もなく、沖田が意地悪に笑う。
「紫苑はずっと昔から一人しか見ていないよね」
「っ、そういう話はいいんだよ!」
「あれ?結構みんな知ってるけど」
「―――!」
やはり皆、わかっていたのだ。
だからこそ紫苑の想いは土方にも筒抜けだったのだろう。
恥ずかしくて居た堪れない。
「わ、悪かったな!」
「別に悪いなんて言ってないよ、ねえ千鶴ちゃん?」
「はい……紫苑さんも、頑張ってくださいね」
「…………っ」
(ああ……眩暈がする)
完全に面白がっているだけの沖田と、心から応援する気の千鶴。
全く真逆だけど、だからこそ自分にない部分を相手に求めるのだろう。
仲が良いというのは、この二人のことを言うのだと紫苑は天を仰ぐ。
沖田も以前より全体的に丸くなった気がするのだ、病で弱くなったという訳でなく。
そしてこの二人の空気感がまるで夫婦のそれのようで、少なからずお互いに必要な存在になっているに違いない。
「はいはい……じゃあ邪魔者はさっさと消えるよ。千鶴、お握りありがとな」
「君こそ一番行きたい人の所へ行って来れば?」
「うるさい!」
(行けたら苦労しないんだよ!)
その事情をわかっているのかいないのか。
だが当て付けとからかい目的なのは確かで、紫苑は勝ち目のない口喧嘩に声を荒げる事しかできなかった。
悔しさを隠さない顔で立ち上がると、何やら周囲が騒がしくなっている事に気が付いた。
「……どうしたんだ?」
起き出した羅刹達に何かあったのだろうか。
障子を開けて外を見渡すと、ちょうど藤堂がバタバタと走ってくる所だった。
「おい紫苑、聞いたか!?新八っつぁんと左之さんが離隊するって!」
「…………え?」
恐れていた事が、ついに起きてしまった。
「新八っつぁん!左之さん!」
「おー、待ってたぜ」
戦が始まったと言わんばかりの形相で紫苑は二人のいる部屋に飛び込んだ。
もの凄い剣幕の紫苑に対し、永倉は憑き物が落ちたかのような晴れやかな顔で出迎える。
「なんで……何で……!」
それ以上は言葉にならなかった。
どうしてこんな時期に離隊するのか、何がそうさせたのか、どうして自分達を置いていくのか。
色んな事を問い詰めたかったが、本当はもう随分前から駄目になるかもしれないと気付いていた。
近藤と永倉の意見が少しずつ噛み合わなくなってきた頃から、もしかしたらこんな日が来るのかもしれないと。
だから、言いたいのに言えなかった。
彼らが此処で別れを切り出した理由を、恐らく紫苑は理解できているから。
昼間起こったやり取りを周りから聞いて、それは確信になった。
「やっぱりお前は来ると思ってたぜ」
「お前、見かけによらず寂しがりだからなあ」
今にも泣きそうな顔で俯いた紫苑の頭を、原田が苦笑しながら撫でる。
それを永倉が笑って茶化すが、当たっているだけに何も言い返せない。
そんな様子の二人が物語るのは、どんな風に言ったって決心が揺るがないという事。
「俺が止めても……もう決めたって言うんだろ?」
「……そうだな、悪いな」
「わかってんだよ……もう、どうにもならないって……」
離隊させてくれと言った永倉に、ほとんど無抵抗に近藤は了承したという。
局長が頭を下げ、失敗を素直に詫びたとしても、失った者達は帰ってこない。
喧嘩別れのような事態にはならなかったらしいが、もう無理なのだろう。
「でも、後少しだけ……近藤さんを信じてくれないか?」
「……別に新選組が嫌になった訳じゃねえんだ。いや……ある意味では嫌気が差したのかもしれねえが……」
それでも納得したくない紫苑の絞り出すような説得に、永倉が困った顔で遠くを見つめる。
何度も勝ち目のない戦に疑問を持って近藤に直訴していた表情を、それに重なるように思い出した。
彼は豪快で暴れる事が好きな人であったが、同時に仲間や部下の事をとても大切に思っていた。
だからこそ、判断を見誤り仲間達を簡単に死なせるような近藤を――幕府を信じられなくなるのは、ごく当たり前の感情だろう。
「薩長とは変わらず戦うつもりだが、幕府には付いていけない……そういう事だ。此処じゃ、俺達のやりたい戦はできねえ」
「…………」
黙ってしまった永倉を代弁して原田がはっきりと告げた。
そう、それは正論だった。
紫苑ですら幕府のやり方が気に入らない事があるのだから。
「けど……けど!」
彼等の気持ちはわかった、それが正当な主張で自然な選択だという事も。
だけど、残された人間達はどうするというのか。
「行かないでよ……見捨てないでくれよ!……あの人を、独りにしてやらないでよ……!」
永倉や原田という影響力の大きい幹部がいなくなって誰よりも困るのは……策を練る土方だ。
戦力という面でも、そして信頼できる仲間が減るという精神的にも。
「土方さん、部下がいるのに独りなんだよ……っ」
彼の事をわかってやれる人間がどんどんいなくなっていく。
周りには副長を慕う者だっているのに、誰にも頼らないで一人で生きている。
その上、試衛館からの旧知の仲間さえもいなくなったら、本当に彼は孤独になってしまう。
(自分ができない事を他人に押し付けるのは、ただの我が儘だ……)
相手には相手の人生があって、それを他人が阻害してはいけない。
だからこの要求は自分勝手なもので、紫苑は次第に勢いをなくして俯いた。
堪らず口にしてから気付いた、これは言ってはいけないものだったと。
だが二人は眉を潜める事なく最後まで聞いて、そして原田が紫苑の名を優しく呼ぶ。
「紫苑……俺達が離れるのは、それもあるんだ」
「え……?」
「此処にいて、これからも土方さんが何とかしてくれるって俺達までもぶら下がってたら、あの人本当に潰れちまうよ」
「…………」
「だから俺達は自分達で考えて、自由に動いた方が土方さんも楽だろ?
別に敵になる訳じゃねぇんだ、好きに動ける隊もあった方がやりやすいと思わねえか?」
まさかそんな考えがあるとは思わなかった。
しかし的を得ていて、紫苑はどちらが正しい判断なのかと言葉に詰まる。
「紫苑の言う事も合ってるさ。だからお前はお前の思う通りに、あの人に付いていったらいい」
「…………」
悲しい、と思った。
皆思いも目的も一緒なのに、どうして同じ道を歩めないのだろう。
どちらにも自分の正義があって、間違ってもいない。
御陵衛士の時もそうだった。
人は出会って別れるものだとよく言うけれど、せめて苦しくない別れならよかったのに。
(苦しくない別れなんて、ないけど……)
「お前は本当に土方さん一筋だな。一途な女は、好きだぜ」
「……っ」
原田の柔らかい言葉に喉が熱くなる。
褒められているのに、辛い。
目尻から溢れてしまいそうな衝動を必死で抑えつけていると、
説得を原田に任せていた永倉が紫苑の頭をがしがしとかき混ぜる。
「納得したか?」
「……するしか、ないじゃないか」
「すまねぇな。前に紫苑に"出て行くならちゃんと言ってくれ"って言われてたからな。
少し遅くなっちまったけど、お前にはわかってもらってから行きてぇんだよ」
「……っ」
こんな所だけ義理堅くて、狡い。
だけどそれが、この永倉新八という良き兄のような人だ。
彼には弟のように扱われ、原田には妹のように接されて、いつまでも聞き分けのない子供でいられない。
「一緒に戦う事もあるだろうし、何かあったら助けに来てやるさ……お前達もいるからな」
「紫苑、俺達がいなくなっても泣くなよ?」
「っ、泣かねえよ!」
グッと堪えて顔を上げれば、仕方ないなと言わんばかりで微笑んでいる二人がいる。
もしかしたら原田の言う通りまた会えるのかもしれない、一緒に戦ってくれるかもしれない。
そんな時が訪れる事もなく、どちらかが先に倒れている事だってあるだろう。
今は戦の世で自分達は沈みかけた船に乗っている。
だから、これが今生の別れに等しいのだ。
もう二度と、二人の顔を見られないかもしれない。
(泣き顔で送る訳には、いかないよね)
紫苑は歯を食いしばり、何とか受け入れようとこの現実を噛み砕く。
振り払うようにして顔を上げ、二人を見つめる。
油断すれば滲んでしまいそうな視界を凝らし、強い目を作った。
上手い笑顔にはならなかったけど口角だけは必死で上げて。
別れる覚悟に胸が引き裂かれそうになっても。
様々な言葉を呑み込んで、小さく頷いた。
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止められない別れ。