「羅刹隊の増強を中止せよとは、どういう意味です?」

局長と永倉達の話し合いの後、残った幹部が集められた。
近藤はその場にいなかったが、土方が下した決定に山南が反論の声を荒げた。

「そのままの意味だ。今後、羅刹隊の隊士を増やすつもりはねえ。今いる人員で何とかしてくれ」
「納得できません!原田君と永倉君が離隊するのなら、羅刹隊の増強は急務のはず」

状況は八方塞がりだった。
こんな時に何故、と思うのは何も山南だけではない。

「敵に昼間活動できる羅刹が大勢いると聞きました。羅刹隊なしに、今の新選組だけで戦えると思っているのですか?
新たな隊士を募ったところで、羅刹に敵うはずがありません」

羅刹隊を積極的に増やしたいとは紫苑だって思っていない。
だが相手に羅刹がいる以上、並の腕の隊士では歯が立たない。
土方はそれも承知なのだろう、相変わらず眉間に皺を寄せた表情で重々しい言葉を吐く。

「……確かに兵力を増強する事だけ考えるなら、羅刹隊を強化するのが一番手っ取り早い」
「ならば、どうして……っ」
「……近藤さんの希望だ。これ以上羅刹を、総司や紫苑のような人間を増やすべきではないと。
羅刹隊が必要ないとは言わないが、あえて増やすものでない事には俺も賛成だ。
事実、これから他の隊と行動するとなると、羅刹隊が表立って動けないのは痛い」

今更だがな、と土方は自嘲気味に笑う。
非人道的である事は、変若水を引き受けた時からわかっていた事だったはず。
その当時に紫苑はいなかったが、変若水を使う時の皆の苦い表情から、そんな葛藤は察していた。

(近藤さん……初めてだったのかもしれない)

思い出すのは、紫苑が甲府に戻る時に見た近藤の表情。
羅刹化した沖田や紫苑を放心するように凝視して、うわ言すら呟いていた。

身内のような存在の沖田が羅刹という獣になって戦う姿が相当に堪えたのかもしれない。
目の当たりにして初めて、羅刹が異質なものだと気付いたという所だろうか。

「わかっています……ですが、これは彼らの為でもあるのです。
滅びゆく羅刹達の為にも早く新薬の研究を進めなくてはならないのです」
「……どういう意味だ?」

"滅びゆく"という単語に引っ掛かりを感じた土方が眉を潜めた。
一瞬だけ紫苑を盗み見た山南は、ふうと息を吐いて首を振る。

「とにかく、研究だけは続けさせてもらいますが、構いませんね?」
「……ああ、わかった」

口振りから察するに、土方は恐らく羅刹の"寿命の真実"を知らない。そして山南はそれを言わなかった。
言った所でこの決定が覆るはずもなく、余計に決定を後押しするだけだと判断したのだろう。

紫苑も、できれば打ち明けて欲しくはなかった。
これ以上行動を制限されたくも、不機嫌さをにじませた憐れんだような目をされたくもなかったから。
その躊躇いを、山南は読み取ってくれたのだろう。

「羅刹があってはならないものである事は、わかっているつもりです。
ですが……それでも私達は、もう戻れないのですよ」

人間という意味か、それとも滅びへの道という意味か。
きっとそのどちらでもあるのだろうと紫苑は思う。

悲しそうに目を伏せた山南に、改めて現実を突き付けられた。






梔子 九






「本当に行っちゃうんですか?」
「ああ」

確かな足取りで屯所を出る二人に、千鶴が名残惜しそうに問いかける。

「どうしても……離隊しないといけないんですか?」
「……まあ、色々あるんだけどな」

引き止められない事をわかってはいるが言わずにいられなかった、
そんな目をする千鶴に、永倉が苦笑しながら答える。
此処にはいられない理由を諭す姿は、まさに意志を曲げない男だった。

目的は同じなのに、新選組とは進む道が違うと言われてしまえは何も言い返せない。
吹っ切れたように笑う永倉は、最後とばかりに見送りに来た者を順に見渡す。

「斎藤、お前は此処にずっと残るつもりなのか?」
「……俺には此処で、まだなすべき事がある」
「そうか」
「千鶴。守ってやりたかったが、途中で放り出すみたいですまないな」
「原田さん……」

目を潤ませる千鶴の頭を、原田は優しく撫でる。

「でも今は、お前の事を守ってくれる奴がいるだろ?」
「え……っ!?」

チラリと視線で隣の人物を示すと、千鶴はさっと顔を赤らめた。
初々しい反応に原田と永倉が楽しそうに笑う。

「それに、忘れるなよ。これからだって俺達は同じ空の下、どこかで一緒に戦ってるんだからな」
「おう!薩長の連中と戦い続けるのは変わらねえ!これが最後の別れじゃねぇんだ」
「総司、後を頼むな」
「言われるまでもなくそうするつもりだけど。二人こそ、簡単に野垂れ死んだりしないでよ」
「当たり前だろ」

相変わらず人を食ったような笑みで原田に答える沖田。
ハハハと和やかな雰囲気が流れてから、ふうと原田は息を吐く。

紫苑……紫苑!」
「…………」

沖田や斎藤の後ろにいて、終始そっぽを向いていた紫苑を呼ぶ。
ずっと気付いてはいたが、どう声をかけたものかと悩んで結局最後になってしまった。

紫苑はいつまでも険しい顔で無視をする。
見兼ねたのかじれったくなったのか、沖田が「ほら」と紫苑を二人の前に押し出した。

「元気でな」
「…………」

頑なに目を合わせない紫苑に原田は苦笑いを浮かべて、頭をポンポンと叩く。

「まったく……お前が一番の心残りだよ」
「……何で」
「人を見送るのは嫌いだろ?悪いな、二回も見送らせちまって」
「…………」

これだけ幼稚な抵抗をしながら、"心残り"だと言われると不本意な気分になる。
ムッとして口を開けば、紫苑の性格を知り尽くしている原田が心に触れるような事を言う。

「あんまり抱え込むなよ?お前は土方さんと一緒で、全部背負うからなぁ」
「……っ」

これ以上は駄目だと、紫苑は大きな原田の手を払いのける。
出て行くくせに優しくするなと、限界まで我慢した目で睨むが。

「あーもう……ほら」
「な、……っ」

大粒の涙が零れた瞬間、腕を引っ張られた紫苑は原田の広い胸に収められていた。
紫苑の背後で両手を組み、抱き締めるというより、ふわりと包まれているようで。

「今だけだ。誰も見てねぇから、泣いちまえ」
「……っ!」

そんな言葉をかけられてしまったら耐え切れなかった。
だからずっと、二人を見ないようにしていたのに。

(笑顔は無理でも、せめて泣かないって思ってたのに……!)

紫苑の意地などお見通しだと言わんばかりに原田は紫苑を甘やかす。
じわりと伝わってくる体温が、家族愛のような温かい情が、余計に涙を誘う。

均整のとれた腕に隠れるようにして、子供のように激しく泣いた。
嗚咽だけは漏れないように必死に抑えたが、ボロボロと熱い雫が次々に原田の服に染み込んでいく。
そうしていると突然、紫苑の背中にも衝撃を感じた。

「はは!本当に、しょうがねえなあ!」
「っ!?」

紫苑を挟むようにして永倉にも抱きつかれた。

「おい新八……俺には男に抱き締められて喜ぶ趣味はないんだが」
「俺だって野郎なんか抱いたって嬉しくねぇよ」

原田ごと大きな腕で抱えた永倉達のやり取りが頭上で聞こえる。
三人で固まっている姿は恐らく傍から見れば奇妙な光景だろうし、
男達の悪態も多分笑う所なのだろうけど、紫苑にはそんな余裕なんてなかった。
体中が、それだけでなく心も温かくて、冗談ですら涙にしか変わらない。

「……お前はさ、普段強がってるけど、こういう事になると途端に脆いんだよな」

永倉がお構いなしに紫苑の頭をガシガシとかき混ぜる。
そして原田は、耳元でふいに囁いた。

紗矢、幸せになれよ?できれば女としてな」
「っ…!」
「左之の言う通りだな。じゃねえと、戦ってる意味がねぇからな」

久しぶりに聞いた、自分の本当の名前。
どうしてこんな時ばかり優しくするのか。
いや、もう会えないかもしれないからこその最後の言葉なのだろう。

(嫌だ……嫌だ!)

このまま、皆と一緒にいてほしい。
だけど他人である以上、平穏な人生を送っていてもそれが無理な願いなんだとは、流石にわかっている。
戦の世でなくとも別れなんていくらでもある。
そして紫苑は既にたった一人を選んでしまっているのだから、二つは選べない。

紫苑紫苑の望みで此処に留まっているように、彼らの望みも聞き届けなければならない。
だからせめて、どこかで生き抜いてくれる事を願うしかない。

(死なないで欲しい、ただそれだけ)

ぐしゃぐしゃな顔を上げれば、柔らかい笑みを浮かべた原田がすぐそこにいた。
今まで色んな優しさをくれた、だからもう手放してあげないといけない。

「っ……左之さんも、新八っつぁんも……、生きてよ」
「ああ、わかってる」
「これ以上お前を泣かしたくはねえからな」

永倉の嘘偽りのない言葉が、背後から降ってくる。

「今まで……、ありがと……っ」

紫苑がその言葉を絞り出すと、二人は「馬鹿だな」と言ってまた抱き締めた。
桜が新緑の葉を生い茂らせ、温かい日差しに爽やかな風が吹く、そんな日の事だった。











「じゃあな」
「お二人ともお元気で!」

千鶴に明るく手を挙げて立ち去っていく原田と永倉。
その影が見えなくなるまで見届けて、紫苑はぐいと目尻を乱暴に拭う。

「……戻ろう」
「あーあ、腫らしちゃって」
「うるさい」

いくら顔を隠されていても状況から泣いていた事は明らかだろうし、
目もしっかり真っ赤になっているから仕方ないが。
やはり沖田は見逃してはくれず、意地の悪い笑みを向けられながら横を通り過ぎる。

二人の顔が、いつまでも脳裏に浮かぶ。
油断すればじわりとにじむ涙を振り切って、前を強く見据えて歩く。

(いつまでも、甘えてちゃいけないんだ)

人はそれぞれの意志で生きる。
きっと自分は、仲間達に依存して縛っている。
離隊するだけでこんなに騒ぐような事は、いい加減やめなければならないのだ。
一人で生きていける程の、強さを持たなければならない。

屯所に戻り、これからの身の振り方を考えようとした瞬間、突如全身が脈打った。

「、う……っぁ!」
紫苑さん!?」

まずいと思った時にはもうその場から動けなくなっていた。
窒息しそうな苦しさと飢餓感に胸を握り締める。
暴れ出したくなる衝動を抑えて、とにかく誰もいない何処かに行こうと、心配して寄ってくる千鶴を避けるようにして這う。

「と、とにかくこの部屋へ!」
「っ…千、鶴……ぁ」

離れていた方がいい、とは言葉にならなかった。
今の自分は血に飢えている、いつ人を襲ってしまうのかわからないのだから傍にいない方がいい。
だが千鶴はそんな抵抗を物ともせず、紫苑の肩を抱いて近くの空き部屋まで運んだ。
周囲には他に誰もおらず、白髪と角を見られる事態にならなかったのは幸いだった。

「い、いから……離、れ…!」
「辛そうだね、紫苑

ゼエゼエと獣のような呼吸を繰り返して千鶴を追い返そうとするのを、
部屋に付いてきた沖田が涼しい顔で見下ろしてくる。
同じ羅刹なのだから気持ちがわかるはず、だから千鶴を遠ざけて欲しいのに沖田はそうしない。

紫苑さん……、私の血を飲んでください」
「っ!」

とんでもない誘惑だ。
同時に、それはどうしても容認できるものではなかった。

「鬼の血なら、楽になるんですよね?」

紫苑は思わず沖田を振り仰ぐ。
少なからず大切には思っているだろう人にそんな事を許すのかと。
だが沖田は悪戯っぽい笑みを消し、静かに答える。

「……そう言ってくれてるんだから、飲ませてもらえば?無理しすぎなんだよ、君」
「な……っ、!?」
「他の男とかだとちょっと気に入らないけど、君はそんな身なりでも一応女だし」

(そんな……!)

絶望に打ちひしがれる思いだった。
どうか、彼女を止めさせて欲しかった。

(平助が嫌がってた気持ちが理解できた……っ)

これまで血をあげる側であった紫苑は全く何とも思っていなかったが、もらう側の藤堂はかなり抵抗していた。
それが今なら痛いほどわかる。
誰かに、特に自分よりもか弱い女の子の血をもらうなんて、人として間違っていると理性が訴える。

だけど本能は既に誘惑に傾きかかっている。
何よりも欲しいものが目の前に差し出されたら誰だってきっと手を出さずにはいられない。

ゴクリと喉が鳴る。
新薬と称して紫苑の血を飲んでいた者達が、実は少し羨ましかった。
自分だって飲みたい、本当は抱いてしまった願望に見ない振りをしていた。

(ごめん、ごめん千鶴……これっきりにするから)

苦しい、渇いた、飲みたい、誰か助けて欲しい。
その混濁した思考で震える手を伸ばす。

「ご、めん……ね」
「……いいえ」

千鶴が肘に小太刀の切っ先を横断させると、ぷっくりと深紅の液体が垂れていく。
飛び付きそうになる衝動をグッと堪えて恐る恐る口元に寄せた。

甘い鉄の味を自覚してからは夢中だった。
舐めとり、足りなくて傷口を吸い、真っ赤になった舌を何度も往復させる。
こんなにも甘美なものが存在するなんて知らなかった、それぐらいに美味しいと思った。
自分は多分もう壊れている、そんな悲嘆すら本能にかき消される。

鬼の血が全身に行き渡ったのか、次第に苦しみが和らいで意識がはっきりとしていく。
千鶴の腕をゆっくりと離し、呼吸を落ち着かせてからまず考えたのは、二人に醜態を見せてしまったなという事。
特にいつも紫苑をからかう沖田には、こんな無様で醜い姿は見られたくなかった。

「本当に、ごめん……」
「いいんです……私はいつも紫苑さんに守られているから、お役に立てるのなら嬉しいです」
「…………っ」

どこまでも温かく、純粋な眼差しの千鶴。
だけど自分は、彼女にそんな風に思ってもらえるような人間じゃない。

一度目を反らしてから、再び顔色を窺うと沖田は無表情で此方を見ている。
視線が合うと、どうしてか寂しそうにフッと笑われた。
馬鹿にされているのでも、侮蔑とも違うそれの意味はわからなかったけど、
何となく自分と彼は"同じ"なんだと紫苑は思った。

「……ありがと、千鶴。楽になった――」
「そこにいるんだな、紫苑
「っ!!」

中の会話を遮る程の確かな声量が突然廊下から聞こえて、紫苑の体が反射的に硬直する。
絶対に聞き間違えるはずのない人の声に、心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。
しかも色恋のそれではなく、確実に悪い意味の動揺で。

青ざめる紫苑の横で、無情にも障子が勢いよく開け放たれる。

「……何してんだ」
「…………っ」
「何をしている、と聞いてんだ」

想像した通りの、怒りを孕んだ鋭い目で睨まれる。
もう全部察しているはずなのに、土方は紫苑を問い詰める。

「あ、あの、土方さん……紫苑さんは……!」
「いい、下がっていろ」

擁護しようとした千鶴を一言で制して、
顔を背けて小さくなっている紫苑をじりじりと距離を詰めながら見下ろす。
土方の、剣幕が更に険しくなっていく。

「血が欲しいのか」
「…………」

どう答えたらいいのか、どう言えば彼にとっての正解なのかわからない。
何も言えない紫苑に、土方が怒気を隠さずに荒々しく舌打ちする。

「……いい加減にしろ、強がってんじゃねぇよ!しかもあからさまに避けやがって」
「…………」

かなりご立腹な様子に戸惑いを隠せない。
まさかこんな風に怒るとは思わなかった。
だが避けてしまうのは当然だろうとも、紫苑は内心で反発していた。

苦しんでいる様子を憐れまれたり、不要な存在だと言われるのが、ただの獣と見なされるのが怖かった。
だから無理をしている事も、吸血衝動の事も知られたくなんてなかった。
それでなくとも、想いを断ち切られて気まずいというのに。

だけどそれを、どうして彼に咎められないといけないのだろう。
そもそも何故彼はこんなに怒っているのか。
紫苑が独り苦しんでいたって、それは新選組には関係のない話であるのに。

「自分の限界を見誤ってんじゃねえ!
隊の士気にも関わるんだ、辛いならそう言えと何度言ったらわかる」

心底呆れたと言わんばかりの口調と溜息に、紫苑の体の芯が沸々と湧き上がる。
彼が言っている事はわかる、それが正論だという事も。

「言って……どうにかなるんですか?外されるだけじゃないですか」
「何……?」

新選組に、彼に見放される。それだけが嫌だった。

「土方さんに言ったって、どうせ寝ろだの隊抜けろぐらいしか言わないじゃないですか!」
「当たり前だ、総司や平助みたいに昼間は寝てればいいんだよ」
「でもそれは……人手不足だから今までのままでやっていくって、土方さんも了承しましたよね?
隊務に支障をきたす事はしてないはずです」

想い人から心配されるのは嬉しい。気にかけてもらえて本当は喜んでいる。
だけど気遣いの言葉以上に、こうやって何度も溜息を付かれて呆れられるのはもううんざりだ。

わかっていても自分を否定されるようで、これ以上は聞きたくない。

「だが現に周りの人間に迷惑がかかってるだろ」
「わかってます!でも、土方さんには迷惑かけてないじゃないですか!」

苛立ちで咄嗟に声を荒げてしまってから気付いても遅かった。
一度口に出してしまえばもう戻れない。


――ああ、こんな事を言いたいんじゃないのに。


だからといって、どう言えばいいのかもわからない。

優しくして欲しい、だけどして欲しくなんかない。
ただの武士として扱って欲しい、だけど女としても本当は見て欲しい。
認められたい、見てほしい、こんな獣を見ないで、捨てないで。

頭が、破裂しそうだった。

「……本当に、迷惑かけてねぇって思ってんのか」
「っ……、とにかく!俺は此処にいたいんです!もう放っておいてくださいよ!」

凄味の効いた、一気に温度が下がった声に本気の怒りを感じ取って、紫苑は慌てて土方の勢いを遮る。
だがそれすらも土方を煽る言葉にしかならなくて、いよいよ危険を感じた。

だが爆発しそうだった土方の気迫は、言い放った紫苑を射抜きながらもグッと押し込められた。
そして最終的に彼が吐き出したのは、やはり放棄だった。

「――勝手にしろ!」

大股で乱暴に去っていく後ろ姿に、紫苑は深い深い溜息をついた。

(結局はもう、こんな風にしかならない)

不器用な鬼副長の事だ、きっと根本は紫苑を心配しているのだろう。
それは嬉しいのだが、彼が紫苑に望んでいるのは恐らく安全と平穏。
言われている事は全く正しい、だけど紫苑にとっても正しいとは限らない。

紫苑は土方の希望通りにできそうもない。
彼の優しさを受け入れたって紫苑はやりたいように動けないし、ましてや男女のどれそれが発展する訳もない。

だからお互いが意志を貫けば結局は口論にしかならない。
もう、これ以上にはなれない。

紫苑ってさ、やっぱり馬鹿だよね」
「……わかってる」

事の顛末を黙って見守っていた沖田が苦笑を混じらせた呆れ声で言う。
千鶴もハラハラと紫苑を見つめていて、何だか虚しくなった。


――「紗矢、幸せになれよ?できれば女としてな」――


(何が"幸せ"なのか、もうわからないよ、左之さん……)


行き詰った現実から逃げるように、紫苑は諦めがにじんだ目をゆっくりと伏せる。

限界なのかもしれないと、思った。











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原作通りな所はなるべく省略したいのですが、
できなくて長ったらしくなってすみません。

左之さん夢みたいになった。左之さん好きです。