四月十九日、前日の合議で土方が大鳥を半ば強引に説き伏せた次の日。
宇都宮城攻略戦が開始された。
幕府側は約二千人、宇都宮城の兵は約七百人。
数は旧幕府の方が多かったが、相手は飛び道具、加えて城という盾を持っている為に、なかなか戦況は思うように動かない。
だがそれも予想していた土方はそのまま突き進み、二百ほどの兵を率いて城門に攻め込んだ。
浅葱 四
城門の守備は厚く、雨のように降り注ぐ銃弾によって旧幕府軍は足止めを食っていた。
僅かな装填の時間の狙うにしても、隙を付くのはかなり至難の技に思えた。
此方側にも銃器を持っている者はいるが、経験が少ないという実力的な問題もあり、
そして何よりこの渦中に飛び込む恐怖感が辺りを包んでいた。
だが土方は敵の攻撃を見つめながら、淡々と命令を下す。
「このままじゃキリがねえな。そろそろ敵陣に突っ込んでもいい頃か」
「て、敵陣に!?何を言ってるんですか!向こうは銃を持ってるんですよ!?」
幕軍は青ざめた顔でどよめいた。
普通の感覚ならば自殺行為にも等しいだろう。
「奴らが持ってるのは、薩長が使ってる新型の銃とは違う。
百間も離れりゃ当たらねえし、命中精度も低い。それに、弾の一発や二発当たったところですぐに死ぬ訳じゃねえさ」
「そ、そんな無茶な……!」
動揺する幕兵を他所に、それでも土方は背後の兵達を一瞥しながら鬼の副長らしく冷酷に告げる。
「おまえら、ここに何しに来たんだ!戦争しに来たんだろ?
だったら死ぬ覚悟ぐらい持ち合わせてるはずじゃねえか。合図をしたら、そこの奴から前に進め!」
「っ……!お、俺は……俺は、嫌だぁああ!こんな所で死にたくね――ぐあっ!!」
指名された男はガタガタと震え、ついには逃げ出そうとしたが、その背中を躊躇いもせず斬り付けた土方。
深手ではなかったようで、ううと唸りながらその場に蹲る兵に周囲はさらに騒然となる。
「お、おい……味方を斬りやがったぜ!?」
「ど、どういう事だ……!?」
「他にも敵前逃亡してぇ奴はいるか?怖かったら逃げてもいいんだぜ。
ただし、逃げようとした奴は片っ端からこの刀で斬り捨ててやる。
俺に斬り殺されるか、それとも銃弾の雨ん中を突っ切って行くか……好きな方を選べ」
「……鬼だ……あの人は、鬼だよ……」
低く発言した土方の目は、殺気すら滲ませていた。
「どうせ死ぬなら、やるだけの事をやって死ね!」
(土方さん……本気だ)
隣で事の次第を静かに見守っていた紫苑としては、
彼がどうしてここまで強引に進めようとするのかわからない。
だが、戦だというのにいつまでも怖気づいて煮え切らない兵達には、確かに苛立たない訳ではない。
新選組はこれよりもっと厳しい場面も経験して、何とか生き延びてきた。
紫苑もまた流山で、羅刹化してはいたがあれだけの新政府軍をたった二人で相手した。
経験の少ない者達には、これくらい脅さないといけないのかもしれないと、
紫苑は疑問に思いつつもある程度の理解を得ていた。
そして何より、彼を信じていたから。
今にも味方を斬らんとする双眸に、自棄は浮かんでいなかったから。
あれは、何もかも背負う目だった。
(だから、俺が土方さんを支える)
「土方さん、俺が一番手で行きます」
すくりと立ち、はっきりと告げると土方は微かに目を見開かせた。
だが視線を交わらせ互いの真意を確かめ合うと、やがて静かに頷いた。
「……行けるか?」
「はい」
微笑さえ浮かべた紫苑と、窺うように見つめている土方が思い出すのは、昨夜の出来事。
勝ってみせるから信じて欲しい、そう言った紫苑の言葉を土方は覚えている。
紫苑も何でもすると、だけど死なないと約束を交わした。
だから敵軍に突入する前の、
たったこれだけの会話であっても、視線で誓い合えた言葉。
――信じている
紫苑は土方の戦い方を信じ、彼もまた紫苑の力を信じてくれた。
任された、それだけで紫苑は何でもできると思った。
流山の時とは違う、不思議な昂揚感を覚えた。
「お前ら見ておけ!これが戦だ!」
男らしく吼えると、紫苑は銃弾の中に駆け出した。
羅刹化せずに生身のまま、太陽の刺すような痛みに耐えながら雄叫びを上げ、刀を持った敵の懐に入り斬り捨てる。
その敵兵で死角を作り、銃を構える敵兵に落ちていた刀を投げつけた。
「ぎゃああああ!!」
装填される前に距離をとりつつ、さらに近くの敵兵の腕を斬る。
「う、ああああ!!」
戦場に、血の雨が降る。
さっきまで鳴っていた発砲音が今では悲鳴に変わり、旧幕府軍の陣営まで響き渡る。
「す、凄い……」
「あんな華奢なのに……やはり新選組は、強いな……っ」
屈強でない小柄な体が舞うようにひらひらと動いている姿は、どうしてか綺麗に見える。
血生臭い殺人現場で的確に飛沫が飛ぶ、その対比に幕兵は圧倒された。
「――よし、お前ら、俺に続け!」
紫苑の激闘を見届けた土方もまたその場に参戦する。
新たな戦力で場は混乱し、どうして刀を持った人間二人ぐらい倒せないのかと敵軍に動揺が走る。
その隙に、着々と紫苑は人を斬り続ける。
羅刹化や鬼の力を借りずとも、これくらい切り抜けられなくてどうすると半ば意地だった。
背後に土方の気配を感じながら、それでも立ち止まれば銃器の的になるので終始動き回る。
頬に、四肢に、避けきれなかった銃弾がかすっていったが、その程度では怯まなかった。
二振りの、鈍色に輝く刀が宙を薙ぐ。
「ぐああああ!!!」
「ぐ、は…っ!!」
呆然と見つめる幕兵達は、どよどよとその奇跡のような光景に色めきだす。
「あの人達は……本当に人間なのか?」
「この戦……もしかしたら勝てるんじゃないか?」
「そ、そうだ!勝てるかも知れないぞ!新選組に……土方さんに続け!」
触発された兵達が、息を吹き返したかのように駆け出した。
士気が一気に上がった事で、城門の守りは次第に崩れていく。
紫苑は血を浴びながら、意識だけはしっかりと周囲を捉えていたが、
頭のどこかではぼんやりと違う事を考えていた。
(土方さんと……戦ってる)
彼と背中を向け合うのは流山から脱出する時以来で、戦として共闘するのは初めてだ。
だからこそなのか感慨に浸っている。
「くそっ!幕軍め!」
「当たるか、よ……!」
「う、ぎゃあああ!!」
竹刀を振るのが楽しくて、信頼できる仲間達と一緒にいたいが為に剣に没頭する、ただの男勝りな女だった。
いつの間にか人を殺し、京に上り、そして皆と同じく浪人集団の人斬りになった。
そして今、想い人の隣で戦をしている。
ずっと、かの人の一番近くにいたいと思っていた。
背中合わせに戦うなんて、これ以上もない程近づいているのではないだろうか。
(何だかんだ、叶ってるかもしれないね)
よくここまで来れたと、自分自身を褒めてやりたいくらいだと思った。
内心でくすりと笑いながら、それでも表情は獣のような形相で刀を振っていたが。
「城門に突入せよ!!」
幕兵達の激闘もあり、城門は思いの外容易にこじ開けられた。
「開いた……!城の大門が開いたぞ!」
「勝った……?俺達が、勝ったのか!?」
まだ制圧していないのに兵達は勝利に沸いていた。
無謀だと、不可能だと思っていた城攻めの第一歩が実現したのだ、
多少の興奮は仕方ないだろうと紫苑も安堵の息を吐く。
「先鋒軍はこのまま進め!日暮れ前には城に攻め入るぞ!」
「はいっ!」
「我々はあなた方を誤解していました!」
「あなたの下で戦える事を誇りに思います!あなた方こそ、本物の武士だ!」
「……お、おう」
打って変わり、やたら尊敬の眼差しで駆け寄ってくる兵達に、
紫苑は少し押され気味になりながらとりあえず返事をした。
それでも自分と、土方を認めてもらえたのが嬉しくて、こっそりと微笑む。
(……よかった)
緊張が緩んだのか、羅刹であった事を体が急に思い出したかのように全身がずきんと軋む。
流石に荒くなってしまった呼吸を整えていると、誰かが隣に立つ気配がする。
それが誰かなんて、紫苑には考える必要がない。
「大丈夫か」
さっきまで鬼呼ばわりされていた人が、気遣うように見下ろしている。
それが特別な事のように思えて、だけど素直になれない紫苑は得意気な顔でニヤリと笑う。
「俺、鬼ですよ?そんな簡単には死にませんよ」
「……大した奴だ」
冗談めかした言葉に、つられて土方も口角を上げた。
「俺の背中を預けられる女は、お前くらいだよ」
「…………」
不意打ちだった。
それは最高の褒め言葉ではないだろうか。
ここまで我武者羅に、必死に生きてきてよかったと思えるくらいに。
(だから、やめられない)
この人の隣にいるのは、やめられない。
城壁の中に入ってしまえば、戦況はかなり有利に傾いた。
勢いづいたまま突入し、少しずつ宇都宮城を制圧していく。
紫苑は土方の隣に立ち、時には自ら進んで敵を薙ぎ倒しながら、城内を進んだ。
だが大広間の近くで、先行していた味方が皆負傷している所を発見し、ただならぬ雰囲気に一気に緊張感が高まる。
「おい、生きているか!」
「は、はい……っ、ですが、中の敵が……尋常じゃなく……っ」
「わかった。動ける奴は倒れてる奴らを外に運べ。紫苑、行くぞ」
「はい」
土方は紫苑を連れ、慎重に大広間の戸を開けた。
そこにいたのは意外で、できれば会いたくない人物であった。
「か、風間……?」
「……やれやれ、こんな所にまで来てやがったのか。鬼ってのは、そんなに暇なのか?」
「またお前か、土方歳三」
我が物顔でそこに立っていた風間千景が面白そうに口元を緩める。
一緒にいた天霧九寿が、嫌な空気を感じ取ってか溜息をついた。
「我々は薩摩藩の命で、密書を届けに参りました。まさか戦に巻き込まれるとは思いませんでしたが」
「新政府の連中の使いっ走りさせられてるって事か。だったら早く家に帰ったらどうだ?」
戦う気がないのならさっさと撤退しろと、土方は半ば煽るように言うが、
風間はそちらには興味がないといった様子で鼻で笑う。
「お前の事などはどうでもよいが、せっかく再び相まみえたのだ。俺はその女に用がある」
「何……?」
「――紗矢」
「っ!」
ここしばらく呼ばれる事のなかった本来の名。
思わずピクリと肩が揺れたのを、同じく驚いた土方が振り返る。
「紛い物混じりとはいえ、お前も俺と同じ鬼だ。
いい加減、人間に飼われるのはやめにしたらどうだ」
「…………」
尊大不遜で、自分が全て正しいといった態度で風間は言う。
だがどうしてか強引には感じられず、どちらかというと案じられている気さえした。
ただ鬼という存在が人間と馴れ合っているのが嫌なだけかもしれないが。
「俺は、やめない……前にもそう言ったはずです」
「土方とやらの何がいいというのだ?ただの非力な人間だぞ」
「……貴方にはわからないでしょうね」
そして紫苑も、彼がもしかしたら悪い人ではないのかもしれないとも思っていた。
だから、無闇に跳ね除けたりせず、伝えるように口を開いた。
「でも人間だとか、鬼だとか……本当はそんな境界なんて、ないんですよ」
「……ほう?」
面白い事を言う、と風間は紫苑に歩み寄ろうとした。
それを咄嗟に庇い、刀の柄に手をかけたのは土方だった。
「こいつに近付くんじゃねえ!」
「やる気か?刀を抜いたならば、俺はお前を殺すぞ。確実に」
「やめて!それなら俺が……!」
「紫苑!」
二人が斬り合うくらいならと、前に出ようとした紫苑の進路が塞がれる。
そして不意に距離を寄せたかと思えば、土方が耳元で呟いた。
「お前……これから先起こる事は知ってるのか?」
「え?……いいえ」
「……そうか、ならいい」
突然何を、そう思いながら視線を上げたその時。
腹部に思いもよらない衝撃が走った。
「っ!?!?」
「――悪いな紫苑。そうでもしねえと、男としての立場がねえだろ」
「な、ん……っ」
土方の拳が鳩尾にめり込み、どうしてと考える暇もなく紫苑の目の前が真っ暗になる。
苦しさや痛みで、その場に力なく崩れ落ちる。
土方の腕に支えられているのを感じながら、紫苑は意識を手放した。
何が起こったのかわからなかった。
どうして彼は、自分を気絶させたのか。
暗闇の中で床に伏せった体と耳が、バタバタと何かが立ち回る音を感じている。
遠くで笑い声が聞こえる、わかっているのに動けなかった。
それでもすぐに自分を取り戻せたのは、紫苑が鍛えていたからであろう。
ゴホゴホと咳き込みながら、まだ点滅する視界を開かせると、
そこには信じられない驚愕の光景が広がっていた。
「……ひ、じかた、さん……っ」
――どうして。
紫苑でもなく、風間でもない、白くて赤い目の獣がそこにいた。
短くなってさらさらと風に揺れていた黒髪の色が落ちて、寒々しく光を反射して。
禍々しく引き絞られた色が風間を睨み付けている。
ボタボタと、胸部からおびただしい量の血を流しながら。
「な、何で……!?」
「おう……案外、早かったな……っ」
強がって笑いながら土方は膝をつく。
どうして羅刹になっているのか、紫苑はまだ頭の整理はできていなかったが。
斬ったのは血の付いた刀を持っている風間に違いなくて、土方は変若水を飲んで羅刹化した、
それだけ理解すると怪我をしている土方に駆け寄った。
「!?……ど、どうなってやがる?」
余裕の顔をしていた土方は一転して焦りを見せる。
羅刹になったはずなのに、斬られた胸の傷が塞がらない。
手で押さえても、じわじわと血が溢れてくる。
「ふ、傷がいつまでも癒えぬのが解せんか、紛い物の鬼よ」
悪戯が成功したとでも言いたげに風間は薄笑いを浮かべ、持っていた刀を掲げて見せた。
「この刀は『童子切安綱』といって、我が風間家に代々伝わる品だ。
本当に鬼を斬る事ができるのか確かめた者はおらぬが、少なくとも紛い物の鬼を退治する事はできるようだな」
どうやらただの刀ではなく、いわくつきの品らしいが。
楽しそうに笑っている風間に不快感を覚えたのは他でもない紫苑だった。
「……どうして……こんな事するんですか」
「お前達が聞き分けがないのでな、仕置きしてやったまでよ。
紗矢を引き渡すなら大人しく引き下がってやると言ったら、土方が斬りつけてきたのだ」
「…………」
悪い人じゃないかもしれない、そう思っていたのに紫苑の何かが崩れた。
面白がっているだけかもしれないが、人間はそんなに強くない。
心底軽蔑すると言わんばかりの非難の目を向けると、風間はさすがに笑むのをやめた。
「……ふん。斬ってかかってきたから斬ったまでの事。
こいつが勝手に変若水を飲んだのだ、俺は知らん」
きっと、彼は紫苑を守ろうとしたのだろう。
それだけなのに、想い人はこうやって怪我に倒れて、苦しんでいる。
もう、苦しませたくないと思っているのに。
怒りがじわじわと広がって、殺気と共に紫苑の髪がすうっと白く染まっていく。
眉を寄せた悲しい眼差しも梔子色を帯びている。
この人を斬らなければならない、その衝動のまま立ち上がろうとしたが。
それを止めたのは、やはり蹲っていた土方だった。
「あいつの相手は、俺がする……っ、お前は下がってろ」
「何を言うんですか、そんな怪我で――」
「下がってろ!これは俺の戦いだ!!」
「っ!!」
血混じりの声で怖いくらいに一喝され、思わず紫苑は身を固まらせた。
庇う紫苑を押し遣り、土方は立ち上がって刀を構える。
(でも、そんな体で……!)
明らかに無謀な戦いだった。
それなのに、どうしてか止められなかった。
「紛い物の鬼相手に……随分大層な物持ち出してくるじゃねえか。
要するに、斬られなきゃいいだけだろ?今までだって……当たり前にそうしてたもんだ」
「……いいだろう、その強がりがいつまで続くか、確かめてやる」
再び風間が刀を握ると、ぼんやりと刀身が青白く光る。
その怪しい光に、どうにかしなければと紫苑は背後でハラハラと見つめていた。
もし危ないような事が本気であれば、飛び込む事も辞さない気持ちだった。
対峙する二人。
静寂とは言い難い緊迫した空気が流れ、まだどちらも動かない。
だがやがて紫苑の目は、彼らの次の戦いをうっすらと映し出していた。
風間が刀を振り下ろし、すんでの所でかわした土方の左肩に、
目にも止まらなない速さの安綱が食い込んでいくのが。
先視が見せてくれた、彼らのすぐ先の未来。
「土方さん、左です!風間は動いた後に左を狙うつもりでいます!」
「っ……!?」
「……何だと?」
紫苑を振り返ったのは二人同時。
殊更に意外そうな顔をしていたのは風間だった。
「お前……俺の動きを読んだのか。先読みの能力でもあるのか?」
「っ!」
そう悟られても仕方ない。
風間が全く動いていない時に紫苑はそれを告げた。
だが思いもよらず風間は殺気を鎮め、しげしげと此方を眺めている。
「聞いた事がある。東の鬼の中には先読みの能力を持っている一族がいて、
その先読みのおかげで関ヶ原の合戦では東軍についたとな」
「…………」
「一族の姓は確か……水鏡(みかがみ)」
何だろう、知らない話ばかりなのに聞いた事があるような気がする。
鬼だとは思っていたが、力ある一族である風間から聞かされると妙な実感があった。
「その一族は滅びたと聞いたが、お前がその末裔か。
道理で番狂わせがいくつか生じた訳か……変若水の強化で目覚めたか」
「…………」
「益々興味深い――」
「それ以上動くんじゃねえ!」
手を伸ばそうとした風間を静止したのは、またしても土方だ。
何度も邪魔されてさすがに不快そうな顔をそちらに向ける。
「……返してもらおうか。水鏡の力は、どんな鬼であっても喉から手が出る程に欲しようとするものだ。
紛い物混じりであったとしても、間違っても人間風情に渡していいものではない」
荒い息を吐きながら、それでも土方は紫苑の前に立ちはだかり、
何を言ってんだという態度で笑い飛ばす。
「……俺にはそんな事関係ねえんだよ。俺らには、俺にとっては……ただの紫苑で、紗矢なだけだ」
「…………っ」
――ああ、こんな状況なのに、泣いてしまいそうだ。
「…………」
咄嗟に俯いた紫苑、そして血まみれになりながら敵を睨み続ける土方。
呆気にとられたように絶句したのは風間だった。
「どいつもこいつも……つまらん」
「風間様、もうおやめなさい」
「……ふん」
ずっと事の顛末を見守っていた天霧がついに口を開いた。
戦う気が今度こそなくなったという態度の風間が刀をしまったのと同時。
激しい轟音がして城全体が揺れた。
それから焦げ臭い、何かが焼ける匂いが漂ってくる。
「この匂い、もしや……」
バタバタと騒がしくなる城内、
大広間の外の幕兵達が慌ただしく走っていく音がする。
「火事だ!あいつら、城に火を放ちやがったぞ!」
「火に巻かれちゃかなわねえ!さっさと逃げようぜ!」
放たれたらしい火はあっという間に燃え広がり、
大広間にも少しずつ煙が上がり、赤い火が迫ってきていた。
「……崩れ始めたか。ちょうどいい、行くぞ。
覚えておけ紗矢、その力は強大で希少だが、故にその身を滅ぼす。
いつか人間に良いように使われ滅ぼされるぞ、水鏡の祖先のようにな」
元々興が削がれていたのだろう、さっさと踵を返すと風間は姿を消した。
残っていた天霧はやはり呆れたように息を吐き、土方と紫苑に近寄った。
「今後、我々鬼の一族は倒幕勢力から手を引くつもりです。
遠くないうちに幕府は滅びます。沈みゆく船に、このまま乗り続けるつもりですか」
パチパチと、木が爆ぜる音がする。
充満する煙の中で、深手を負っているにも関わらず土方はしっかりと地に足を付けていた。
「……俺が守りてぇのは将軍でも幕府でもねえ、近藤さんと共に築こうとした新選組だ」
「……そうですか」
こちらを非難するでもない、中立の立ち位置から天霧は目を伏せる。
「それから、風間の事は君達に任せます。
彼女に対する風間の発言はあながち間違いでもないと思いますが、
これ以上君達に関わるようであれば、それはもう我々の意向とは別の事。それでは」
「…………」
言うべき事だけ告げ、天霧もまた炎の中に消えた。
「……だからそんな事、俺には関係ね、え……」
「!土方さん!」
二人だけしかいなくなり、ついに振り絞っていた体が崩れた。
力尽きたように白髪が元の漆黒に戻り、動かなくなってしまった土方を紫苑は必死で抱きとめた。
「どうして……羅刹になんてなったんですか!
土方さんが羅刹になる必要なんてなかったのに!」
紫苑を気絶させる直前、彼は男の立場だと言った。
そしていつの間にか持っていた変若水。
元から変若水を飲むつもりだったのかまではわからない。
だが、紫苑がいればこんな事にはならなかったはずだ。
「どうして……っ!」
(敢えて羅刹になるような道を……!)
彼が滅びの道を歩まないように、今まで必死に守ってきたのに。
悔し涙すら浮かんだ。
「……馬鹿野郎。いつまでも女にばかり命賭けさせる訳にはいかねぇんだよ」
「でも……っ」
「いいんだよ……これで同じもんを、背負えただろ?」
怪我のせいか、目の下に隈を作りながら土方は笑う。
宥めるような眼差しに、紫苑はたまらず涙を零した。
「馬鹿なのは土方さんですよ……本当に、馬鹿……っ」
「男の矜持なんてのはな、馬鹿な意地みてえなもんだ」
覆い被さるように土方を包んで震えている紫苑の頬を、ゆっくりと優しく撫でる。
ついさっきまでは勇ましく戦場を駆け抜けていた彼女が、土方の為にこんなにもさめざめと泣いている。
「一生のお願いです……生きて、下さい……」
触れる手に、熱い雫がいくつも流れていく。
強いのに、なんて脆い事か。
だからこそいつまでも、守られるように後ろにいるなんて事、土方にはできなかった。
これで対等になれた。羅刹になった事など、元より後悔していない。
溢れるのは、穏やかな笑みばかりだ。
「……ならお前も生きろ。お前が何があっても生き残ると誓うなら、俺も誓ってやる」
「……誓います。生きますから……土方さんも何があっても、生きて下さい」
「ああ……そのつもりだ」
必死で土方を守ろうとする紫苑の華奢な背中に腕を回した。
迫りくる炎の熱さよりも、共有する体温の方が温かい。
煙と炎に包まれながら、戦い抜く決意を、誓いを分け合った。
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ゲームとアニメを混ぜた展開、台詞や立ち回りなども所々変えてます。
間延びしてしまいました。