土方が負傷しながらも攻め込んだ宇都宮城だったが、
後に到着した二万もの新政府軍の援軍により、いとも簡単に奪取されてしまった。
あれだけ命懸けで頑張ったのにと悔しい気持ちでいっぱいだが、
相手側の戦力が整ってしまった以上、もう一度攻める事は不可能だった。
仕方なく旧幕府軍は日光まで撤退し、新たな地での戦いの準備を始めた。

一方で意識を失った土方は、怪我の治療の為に今市へ搬送された。
紫苑もそれに付き添い、戦を離れ看病する事となったが、

「…………」

紫苑の胸中に渦巻くのは罪悪感だった。

元はといえば、風間が紫苑に興味を持った為に土方が負傷する結果になった。
紫苑がいなければ彼は羅刹になどならなかったのかもしれない。
そう思うと、怪我でうなされる姿を見るだけで苦しくなる。

どうすればよかったのだろうと、紫苑はそんな事ばかり考える。

そして何度も考える、どうして自分は"この事"を先視できなかったのかと。
紫苑を気絶させて変若水を飲んでしまう事を知っていれば、
彼に先視の事を確認されたとしても何とか防ごうとしたのにと悔しくなる。

(先視が自分で自在に扱えればいいのに)

いつも突然降ってくるそれを受けているばかりで、自分で見たいと思っても見えるものではなかった。
羅刹化しているとつい数秒後の敵の動きを先読みする事はできるようになったが、
先の未来を予知するような事は自分の意志ではできなかった。
昔、先視を生業としていた純血の祖先達はどうやっていたのだろうかと気になるが、それを教えてくれる人は誰もいない。
さらに紫苑は水鏡の末裔であってもかなり血が薄まっていて、恐らく祖先ほどの能力はないのだろう。

精神統一をしてみるも、何も浮かんでこない。
思い返してみると、自分はいつどんな時に先視をしたのか。

(戦っている時が多かった……)

そして見るのはいつも、誰かが深手を負ったり、死の淵にいる光景。
羅刹化した方が可能性はありそうだが、自分の意志でどうにもできないのかもしれないと思うと落胆した。

(自分で見られれば、きっと役に立つのに……)

結局何もできなくて、どうしようもできない自分が歯痒くて、
紫苑は苦虫を噛み潰したような顔で土方が伏せっている床を見下ろす。

だがそんな時、熱に浮かされていた土方がふと目を開け、ぼんやりとした表情で紫苑を見つめて。

「……紫苑?……何て、顔してんだ」
「え……?」
「眉間の、皺……んなだと、嫁の貰い手が、ねえぞ……」
「……何言ってるんですか」

意識が朦朧としている状態のはずなのに、それでも紫苑を心配する言葉に思わず泣きそうになってしまう。
だが、いつもより丸くてたどたどしい、もっと言えば昔の試衛館の頃の、何も背負っていない"彼そのもの"のような口調に、
いつまでもこんな顔を見せてはいけないと思うようになった。

男の矜持……意地だと彼は言った。
きっと、こんな苦い表情をしていた方が怒られてしまうかもしれない。
紫苑のせいじゃないと、正気の彼ならきっぱり言うのだろう。
だからせめて、普通を装っていようと決めた。

涙をグッと堪えながら看病を続けていると、
翌日には容態が落ち着いたのか、彼は静かにその双眸を開かせた。

「おはようございます」
「…………」

彼がはっきりと意識を取り戻したら言おうと準備していた言葉を、微笑と共に口にした。
何かしらの反応を期待していたのに、土方はまた呆けたように紫苑を見つめている。

(まだ、駄目なのかな?)

早かったかもしれないと僅かに気落ちしていると、予想を上回る声量が返ってきた。

「お前……何でそんな恰好してるんだ」
「……第一声がそれですか」

上から下まで見渡して訝しげな表情。
今までとは違い、"その事"に気付けるほどまともな思考になったのだと思えば、紫苑は安堵で息を吐く。

「しょうがないじゃないですか。この方が立ち回りやすいんですから」
「……見慣れねぇな」
「私も久しぶりすぎて動きづらいです。今だって予行演習して、慣らしてるんですから」

紫苑は今、袴でもなく戦の為の洋装でもなく、女物の着物を身に纏っていた。
しげしげと此方を見つめてくる土方に、
男でいる時間が長かったせいで自分も慣れないのだと居た堪れない気持ちで苦笑いをする。

土方の意識がひとまず回復したら、その後は紫苑と共に数人で会津へ向かう手筈になっていた。
大鳥達旧幕府軍とは別の動きをする事になるが、今の状態では到底戦に立つ事ができないのは誰が見ても明らかで、
まずは怪我の治療が最優先だった。

もう少し北上すれば、新選組をずっと庇護してくれていた会津藩に入る。
だがいくら佐幕派の地といえど、新選組の副長が負傷して療養する事など無闇に触れ回るものではない。
間者が潜んでいるかもしれないし、無用な騒動を避けるならば土方の素性は隠した方がいい。

そして紫苑も、どこに敵がいるかわからない街道を刀を差した男だけで並んで歩いたり、
物々しい雰囲気で宿を出入りしたり、街中をうろついたりするよりかは、
献身的に世話をしながら連れ添っている女、という事にしておいた方がずっと自然だと判断したのだ。
この先、用意している暇もなさそうだからと、会津へ出立する前にあらかじめ着替えていたおかげで、
既に紫苑は本来の姿である女になっていた。

問題は髪の長さであったが、少しずつ伸びてきていたそれは結い上げる事まではできなかったが、
綺麗に梳いて流し、左右に付け毛でも付ければ、それなりに女に見えるように変身できた。
とはいえ、やはりその辺にいる可愛らしい娘なんてものにはならなかったが。

「何か食べられそうなものと、替えの包帯持ってきますね」
「……ああ」

未だ観察してくる目線に耐え切れなくなって紫苑は立ち上がる。
すると背中から、土方がポツリと呟いた。

紫苑
「はい?」
「……悪かったな」

少し逸らしがちの目で言った彼の謝罪には、怪我の看病の事だけでなく、
気絶させた事、それから羅刹になった事も全て含まれている気がした。

「…………」

紫苑だって、言いたい事はたくさんあった。
心配も不安も、どうしてあんな無茶をしたのかという怒りも、羅刹にさせてしまった後悔も。
だけどそれを言ってもどうしようもないのだ。

たとえ、どんな言葉を吐き出しても、きっと彼はまた謝るか、苦笑するかのどちらかだろう。
彼は彼の意志でその道を選び、もう既に羅刹になってしまったのだ。
人が意志を持って決めた道は誰であったとしても干渉なんてできない、してはいけないのだと思う。
ただ傍にいるだけの紫苑に、それ以上何が言えるというのか。

だから紫苑は微笑を浮かべた。
恐らく彼は道を選んだ代償として、怒りであったり悲しみであったり、紫苑からの何らかの叱責を待っている。

(背負わせてなんて、あげない)

そんなボロボロの体で、自分の意志でここまで来たくせに、紫苑の感情まで受け入れようとしなくていい。

「いいえ」
「…………」

随分あっさりな返事に、それだけか?と土方の顔に書いてあるようだった。
だが紫苑は柔らかな笑みを崩さずに続ける。

「松本良順先生には連絡しましたから、会津に行ってから診てもらえるようにしました。
とりあえず怪我が治らない事には何もできないんですから、早く治して下さいよ?」

あえて普通な事を言えば土方が訝しげな表情を見せる。
窺うような目に、それ以上何か?と聞き返すように首を傾げれば、彼はそれ以上何も言わなかった。

「……ああ、そうだな」

(土方さん、消化不良な顔してる)

肩透かしを食らって、どうしたものかという顔をしている。
言ったって仕方ないから言わなかったのだが、少しだけ悪い事をした気になって、
紫苑は背を向けながら口を開いた。

「……言いたい事は色々ありますよ、それこそ本当にいっぱい……でも言いません」
「言えばいいだろ。俺はお前にそれだけの事をしたと思ってんだから」

(ほら、受け止めようとする)

「嫌です。咎めを待ってる人にかける言葉なんてありません」
「…………」

図星だったのだろう、土方は珍しくばつが悪そうに目を逸らす。
紫苑に対して何かしてやらなければと思っていてくれるのは嬉しい。
だけどこれ以上、追い打ちをかけるような事をしたくないだけだ。

「でも、あえて言わせてもらうなら……何があっても、死なないで下さい」

言える言葉があるとするなら、それぐらいしかなかった。

どんな道を選んでもいい、彼が思うままに進めばいい。
それを見ているだけの自分は辛いだけであったとしても。

だけど死だけは選ばないで欲しい、それが紫苑の願いだった。

「……ああ、わかってるよ」

フッと、気が抜けたように土方も笑った。
どうやら彼も過去の事は蒸し返さず、これからの事を考える気になったらしい。

「生きてやるって誓ったからな。お前も、わかってるだろうな?」
「――はい」

土方が意識を失う直前、炎に包まれた宇都宮城での約束。

返事をするのに少しだけ間があった事に、彼は気付かなかった。

生きようとする理由は他にあったが、それでもその約束に嘘はない。
今はただ気持ちを同じくしていようと、紫苑は薄く笑った。






浅葱 五






「こんにちは、失礼してもいいかな?」

最初は女中だと思っていたのだろう、
玄関先で近づいてきた男性はその柔らかい物腰で話しかけ、そして固まった。

「あ、はいどうぞ……って――」
「…………」

パタパタと動き回っていた紫苑もまた、振り返った先にいた二人の人物に手が止まる。
島田は事情を知っているし、何度もこの姿を見ているから問題ないが。
もう一人は放心したように紫苑を凝視していて、そこまでされると流石に気まずい。

奇妙な沈黙ののち、じっと紫苑の顔を覗き込んでいた大鳥が恐る恐る口を開く。

「えっと……藤沢君、かい……?」
「はは、そうです」

(そうか、大鳥さんは知らないんだった)

元々の新選組の幹部以外はほとんど、紫苑を女だと知らない。
一緒に同行する秋月登之助なんかも紫苑の女装姿を見て初めは驚いていたが、
隊務だと忌々しげに告げれば納得したのか、それ以上の追及はなかった。

だから今回もその言い訳で済まそうと、紫苑は男らしく苦笑いをした。

「いや、隊務の為に仕方なくやっているんですよ。本当は女装なんてしたくな――」
「わかってるよ。君は女の子なんだろう?」
「、え?…………」

彼にはその事を打ち明けていないはずだと目を鋭くさせると、大鳥はニコリと微笑んだ。

「君と土方君を見ていたら自然とね。大丈夫だよ、
女の子だって皆に知られたら色々まずい事ぐらいわかるから、誰にも漏らしたりしない」
「…………」

何故わかったのだろうとしばらく相手の顔を窺っていたが、やがて警戒を解いた。

「……そうですか、それは有り難いです」

(あまり必死に隠してなかったから、仕方ないか……)

男かと聞かれた時に想像に任せますと答えたのは紫苑だ。
彼は悪い人ではなさそうだし、例え周囲に露呈した所で今更だったから、諦めたように紫苑は溜息を付いた。
そんな紫苑を、大鳥はじっと見つめたまま人好きのする笑みを浮かべている。

(いや、あの……そんなに見られると、困るんですけど)

今まで男言葉や仕草をして男として接してきたのに、
元は女だと悟られ、その上で男を演じていた自分が何だか恥ずかしくて、思わず狼狽する。
旧知の仲間に見られるのとは何かが違う気がして居心地が悪い。

「いやぁ洋装武士もいいけど、やはり女性は女性の姿の方が素敵だよ」
「は……?」

そんな事言われた事がなかった。
褒められる事に慣れていない紫苑は、何か企んでいるのかと思わず探るような目付きになるが、
やはり大鳥はその姿勢を崩さない。

「素直な感想だよ。いつもそれを隠しているのが勿体無いくらいだ」
「……必要ないですから、普段は」
「そうか、少し残念だ」
「…………」
「そ、そろそろ中へ案内してもらえるでしょうか、藤沢君……」

どう反応すればいいかわからなくて困っていると、それを察した島田が助け舟を出してくれた。
これ幸いとばかりに紫苑は話を切ると大鳥達を奥へと案内した。

目的の部屋に入ると、土方は案の定机に向かって書き物をしていた。
痛々しい包帯が巻かれ、まだ起き上がるのもやっとなくらいだというのに、
紫苑がいくら言っても彼は仕事の手を休めなかった。

「はあ……」
「どうかしたか?」
「いえ……」

筆を動かしながら、何か問題でもあったかという、すっとぼけたかのような声。
もう諦めていた紫苑は溜息だけを吐き、それ以上の事は言わず「お客さんですよ」とだけ告げた。

「土方君、もう起きて大丈夫なのかい?」
「ああ、大鳥さんも一緒か。いつまでも寝てられねぇからな」

元気そうな様子に島田は涙ぐみ、土方も大袈裟なんだよと苦笑している。
本当は元気な振りをしているだけだと知っている紫苑は、余計な事は言わず目を伏せた。
一方で大鳥は柔らかい口調であるものの、纏う空気はそんな優しいものではなかった。

「……土方君、今日は言いたいことを言わせてもらうよ。
宇都宮での君の戦いぶりは、まさに鬼神の如し。兵士達の士気も大いに上がり、皆君を褒め称えている。
……だが、君の戦い方は参謀としては失格。問題外だ」

はっきり言ったなと紫苑は思った。
新選組の副長の行動を堂々と指摘し、否定できる人物はそうそういない。
伊達に総督という立場にいる訳でもなく、見かけ通りの人ではないらしい。

隣に座っている島田は大いに焦っているが、紫苑としてはよくぞ言ってくれたと思っている。
誰も止められない土方を抑止してくれる人も必要だろうから。

「ちょ、ちょっと大鳥さん……副長は療養中なんですから――」
「いいや言わせてくれ!いいかい土方君、参謀は頭脳だ。
頭脳が死んでしまってはたとえ手足が残っても、戦の遂行はできないんだ!」

その言葉には紫苑だけでなく土方もハッとしたような顔をした。

(山崎さんが同じ事言ってたな)

井上が死んだ時、我を忘れて風間に斬りかかろうとしていた所に、感情的になった山崎が言った。
頭がなくなってしまったら何もかも終わりだと。
恐らく彼もそれを思い出したのだろう。
自嘲のようにクスリと笑った土方だったが、大鳥は嗤われたと思い眉を潜めた。

「……土方君、何が可笑しいんだい。僕は真面目に話をしているんだよ。
僕も、僕の部下も君をどれだけ心配したことか!今日は何を言われても意見を曲げるつもりはないからな」

悟ったような目付きになる土方に、大鳥は怯むまいと声を荒げた。
それは大鳥自身の意見を押し通すというよりは、本気で土方を心配しているから、
そして軍の事を真剣に考えているからこその言葉なように思えた。

この人は信頼できるかもしれないと、紫苑は思った。
土方の身の為に、彼は怒ってくれている。
それが伝わるから土方も降参とばかりに笑っているのだろう。

「ああ、わかってるよ大鳥さん……迷惑かけちまってすまなかったな」
「…………」

素直に謝られると思っていなかったらしく、驚いた大鳥は呆気にとられ、土方と戦うつもりで来た勢いをなくした。

(土方さん、柔らかくなった気がする)

大鳥と合流した頃は近藤の事もあってか、誰も頼らないと言いたげな、刃のような鋭い顔をしていた。
京にいた時だって、常に彼は隊士から恐れられる血も涙もない鬼の副長だった。

言うなればいつも、馴れ合おうとしなかった。
その副長が迷惑をかけたと詫びるものだから島田までギョッとした顔をしている。

「島田もすまない、俺をここまで運んできてくれたのはお前なんだろ」
「い、いえ、そんな……!永倉さんも一緒でしたし、副長の為でしたら、あれくらい……!」

(でも、こっちの土方さんの方がいいな)

あえて人を遠ざけるよりも、素直な言葉を口にする今の方がよっぽど人間らしい。
紫苑は何だか嬉しくなって、戸惑いを隠せない男二人の傍で一人笑っていた。













それから、土方と紫苑は早々に会津へと出発した。
馬に乗るのもやっとなくらいだったが、彼が大丈夫だと言い張るので紫苑は何も言えなかった。
時折怪我の影響で意識が朦朧となる土方を気遣いながら数日をかけて移動し、七日町にある清水屋に投宿した。

鶴ヶ城下の清水屋に来てからは紫苑は土方の看病をしながら、
必要な物があれば街で買い物をし、それでも手持ち無沙汰な時は宿の手伝いを買って出るような生活をしていた。
もう何年も身に着けて肌に慣れてしまった二本の刀を携帯しないのはどうしても心細かったが、
夜に体が鈍らないようにとこっそり素振りなんかをすれば、何となく落ち着いた。

戦の前線から遠ざかり療養するようになって、今までの生死を争う日々が嘘のように静かになった。
目まぐるしく動き緊迫していた毎日が、何だか急に柔らかく、緩やかに流れていくようだった。

時には使い走りとして陣営と宿を行き来したりもするが、
この辺りでは当然、大砲の音や命の叫びなんて聞こえない。
流石に戦の不穏な空気が流れてきて城下の人々はあまり明るい顔をしていなかったが、
それでも目と鼻の先に死が存在していないだけ雲泥の差だった。

(これが普通の、女の人の生活なんだな……)

穏やかに過ぎていく時間に身を預けながら、ぼんやりと紫苑は思った。
きっと刀を手にする事なく生きていたら、こうやって平穏に暮らし、
誰かと夫婦になって、世話を焼き、その人の帰りを待っているのだろう。

羨ましくないと言ったら嘘になる。
これでも一応人並みの幸せを夢見ていた時期だってある。

羅刹になってしまった身ではそんな夢はもう見られないが、
こうやって僅かでも"普通"を感じてしまうと切ない気持ちになる。

(いいんだ……私は、これを選んだのだから)

後悔はしていないと、紫苑はくすりと空に笑って門前の掃き掃除を続けた。
紫苑の想う人は、それはそれは普通の人とは違う茨の道ばかり歩いているから。

(それに……待っていたら、たぶん帰ってこない)

独りで突き進んで、そうして光に消えてしまいそうだと時々感じる。
追いかける為ならば、ささやかな夢を捨てるのだって惜しくない。

そんな事を考えながら戦のない一日を過ごし、
夜になって土方の部屋を訪れても彼は机に向かっていた。

やっぱり、と紫苑は溜息をつくしかなかった。

彼が普段から寝る間も惜しんで軍の為に動いている事は知っている。
近藤の消息も不明な今なら尚更、動かずにはいられない事も。だけど、

「頼みますから……昼か夜どちらかには休んで下さいって言ってるじゃないですか」
「休憩しながらやってる、問題ねぇよ」
「……包帯だけ替えますから」

彼が止まれない人だとは百も承知だ、周りが何を言っても無駄だという事も。
だから紫苑は口を噤んで土方に近づくと、半ば無理矢理に距離を詰めた。

「すぐ終わりますから、一瞬だけでいいんで手止めてください」
「わかったわかった……強引だな、お前」
「そうしないと止めてくれないじゃないですか。ご飯だって、言わないと食べるの忘れてるし。
夜に目が冴えるのわかってるから、だから昼に寝てくださいって言ってるのに」

ぶつぶつ言いながら体の向きを変え胸元を開けば、真っ白だった包帯は少し血が滲んでいる。
本当は絶対に無理してはいけない容態なのに、と紫苑はまた眉間に皺を寄せた。

「羅刹歴は私の方が長いんですから、羅刹の事はよく知ってます。
こんな傷だって、普通の傷ならすぐに治ってるのに……」
「ああ……悪かったって。だから、そんな顔するな」
「……っ」

気が付けば紫苑の視界が滲んでいた。
少しだけ見えた土方の双眸は苦笑いのような、困った色をしていたから紫苑は慌てて下を向く。
出来る限り普通を装っているのに、
これでは今でも怪我の事を気にして、思い詰めていると悟られてしまう。
紫苑は泣いてなんかないとばかりに乱暴に目尻を拭うと、包帯の取り換えを始めた。

汚れた包帯を外し、消毒をして新しい包帯を巻きつける。
終始怒ったような表情をしている紫苑を、大人しく見下ろしている土方。

至近距離で肌を晒して、それを見ているのにお互い甘さなんてない、どこか張り詰めたような雰囲気だった。

紫苑の内心は心配と不安、それから怒りなんかが渦巻いていたが、
それを吐き出して彼を抑制してしまうような真似はしたくなかった。
土方もまた、紫苑が何か言いたいのに口にせず、時々こうやって泣きそうになっている事をわかっていたが、
それでも自分が止まれない事を自覚していたから、かけてやる言葉が見つからなかった。

大丈夫だと、心配するなと、言ってやった所でどうせ彼女は心配するのだろうからと。

「……はい、終わりましたよ。寝ないにしても安静にして、あとご飯は食べてくださいよ。
怪我の治療には栄養が必要なんですからね」
「ああ、すまねぇな」

着衣を直す土方を見ようともせず、紫苑はさっさと後片付けをして出て行こうとする。

「……紫苑
「なんですか?」
「…………いや、いい」

用があった訳ではない、ただ背中を見ていたら思わず呼び止めてしまった。
何か言いたい気はしたのだが、それが何なのか土方自身よくわかっていなくて、
結局何でもないと言うしかなかった。

それに対して深く追求しなかった紫苑が襖を開けると、
夜の風が流れてくるのと共に、ちょうど聞きなれた足音が此方に近づいてきた。

「よ、土方さん。こっちに到着したって聞いたけど?」
「おお、新八じゃねぇか」

先に会津に来ていた永倉がひょっこりと顔を見せる。
笑いながら腰を下ろす彼がまとう、豪快だけど明るい空気感に、さっきまでの微妙な雰囲気が霧散する。

「何だ、元気そうだな。心配して損したぜ」
「お前に心配される程落ちぶれちゃいねぇよ」
「相変わらずだなぁ土方さんはよ」

仲間が見舞いに来てくれると安心する。
そして楽しそうに笑っている二人を見ると、常に付きまとう不安が僅かな間だけでも消えていくようで。
退出せずにその場に座った紫苑が薄く笑っていると、ようやくその存在に気付いた永倉が、
何故か此方を凝視して、そして素っ頓狂な声を上げた。

「うおわっ!お前、紫苑なのか!?」
「……そーだけど」
「びっくりさせんなよなー!土方さんが急に女囲い始めたかと思ったじゃねぇか!
てか何でそんな恰好してんだよ!?」

彼らしい反応と驚きっぷりに、紫苑はまた気恥ずかしくなって顔を逸らす。
紫苑自身慣れていないし、女になりきれていない気がして居た堪れない。

「悪かったな俺で。こっちの方が都合がいいんだよ」
「わ、ちょお前!女の恰好で男言葉使うんじゃねぇよ!気持ち悪いったらねぇよ!」
「うるさいよ新八っつぁん!」

永倉が身震いしながら後退りするので、紫苑も声を荒げて反論する。

「や、でも今更女っぽくなられても逆に気持ち悪いのか……?」
「どっちだよ!」
「わ、だからやめろって!お前仮にも女だろ!?千鶴っぽくすりゃいいじゃねぇか!」
「俺があんな可愛くできるか!」

売り言葉に買い言葉だ。
恥ずかしさも倍増で、思わず掴みかかって永倉を揺する。
永倉もやり返しはしないまでも、飛んでくる拳を避けながら言葉を続ける。
ギャアギャアと埃が立つ勢いで騒いでいると、ふいにここが誰の部屋かを思い出して我に返る。

(はっ……怒られる!?)

だが振り返った先に鬼のような形相はなく、どことなく穏やかな表情で笑っている土方がいた。

「お前はやっぱり、そうやってる方がいいな」
「…………そうですか?」

彼はそのつもりかもしれないが、
どうも褒められてるように思えない紫苑は、疑わしげな目付きで答えた。

(どこをどう見ても、よかった所なんてない気が……)

自分でやっておいて何だが、女とは思えない乱暴なじゃれ合いだ。

「ああ、色気も何もあったもんじゃねぇがな」
「……一言余計です」
「土方さん助けてくれよー!こいつ本当にじゃじゃ馬で手が付けられねぇよ!」
「自業自得だ、新八。紫苑をその辺の女と一緒にしたら怪我するぞ」

(やっぱり、褒められてるのかよくわからない)

だけど彼が楽しそうに笑っているならそれでいいやと紫苑は思った。

表面上だけでいえば、平和な日々だった。











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ここからしばらく療養編です。
主人公の髪型は一生懸命付け毛したので、千姫のようなものになっていると想像してください。


※2015.5.17 修正しました。
別行動や合流の時期と照らし合わせて、流れを大きく変えました。