元治二年三月、新選組の屯所は京都西本願寺へと移転された。

敷地内の一部を借用するだけだが、それでも以前より何倍も広くなった。
紫苑の部屋割りは相変わらず千鶴との同室だが、
互いの事情も把握し打ち解けられた今では、男所帯で生活する中での僅かな憩いの空間だった。

「え?じゃあ俺が女だって知ってたのか?」
「はい……土方さんから聞いていました」
「あんの鬼副長!最初からそのつもりだったのか……!」

などの会話をしながら二人は女同士を楽しんでいた。
もっとも紫苑は"男"の姿を解いた事はないが、気を張り続ける必要がないだけでも有り難いと思っていた。


引っ越し作業も落ち着いた頃、ようやく江戸で隊士を集めていた藤堂平助が帰営したとの報を受けた。
まだ紫苑が入隊した事を知らない藤堂を驚かせてやろうと待ち構えていると、
藤堂は紫苑の姿を見つけて途端に激しい形相で迫ってきた。

「なんで紗矢が此処にいるんだよ!?」
「声がでけぇよ平助!」

無理もない事だろうが、思わぬ報復を受け紫苑は慌てた。
そして状況を整理しきれないのか、険しい表情で悶々とする藤堂を自室に引っ張り込んだ。






紫紺 五






大方の説明を終えた紫苑は、黙り込んでしまった藤堂を覗き込むようにしながら彼からの言葉を待った。
叱責なら受けて立つ姿勢でいたが思いの外藤堂の勢いは弱まりを見せ、一瞥をくれた後は戸惑うように俯いた。

(あれ……もっと吃驚されるかと思ってたのに)

「何、平助も反対?」
「そういう訳じゃねぇけど……」

歯切れ悪く口籠もる。
彼なら笑って許してくれるかな、そう期待していただけに藤堂の消極的な態度に紫苑も目を伏せた。

「でも土方さんも許してくれたし、何言われても俺は辞めないよ」
「いや違うんだ……まさか、もう新選組に入隊してるって思わなかったから……」
「へ?俺が来るって知ってたのか?」

藤堂は紫苑と畳を交互に見遣っては顔を逸らす。
そして諦めたように溜息をつき、「俺さ……」と小さく喋り始めた。

「ずっと気にしてたんだ、お前を置いてった事」
「うん」
「そりゃどう考えても俺達と一緒に来るなんて無茶はやめた方がよかった。
でも紗矢の気持ちもわかってたから……出発の日は、本当に辛かった」
「……うん」
「だから江戸に戻って真っ先に試衛館に行ったんだ。なのに、お前はいなかった」

がりがりと頭を掻きながら藤堂は言う、紫苑に会いに行ったのにと。

「出て行ったって聞かされて、でも何処に行ったのかは教えてくれねぇし、
仕方ないからお前の実家辺りも探したけどいねぇし」
「まあ……あそこは何もないからなぁ」

住んでいた家は引き払い、住み込みに近い形で試衛館道場に入り浸っていたため、
ぽつんと寂れた村にはもう両親の墓があるだけだ。
親戚の類もいないのだから、天涯孤独の紫苑の行方を突き止めようとするのは骨が折れる事だろう。

「俺達に裏切られて血迷っちまったかって、本気で焦って探した。
でもどれだけ探してもいないから試衛館に戻って、本当の事教えてくれって頼み込んだんだ」
「うん」
「それで……」

紫苑は何となくわかった、彼が自分の"事情"を知っているのだと。
だからこんなにも言いにくそうに言葉を途切れさせていたのだろう。

「……聞いちまったんだ、お前の事」
「……そっか」

具体的には話されなかったが、それでも何があったのかは藤堂にも推測できた。
仲間達に捨てられてもしばらくは変わらず道場で竹刀を振っていた彼女が、
突然に女を捨て京都にまで来るほどの決心をした理由が。

「……ごめん」
「平助が謝る事じゃねぇだろ?俺の事心配してくれてたんだろ?」

知ってはいけない事を知ってしまった、
そんな罪悪感に駆られているような藤堂に紫苑は笑ってみせた。

「俺は此処に来られてよかったと思ってるよ。元々俺が望んでた道だし、後悔もしてない。
……人を殺した以上、女として平和に生きられないともわかってるし」

紫苑の顔をじっと見つめ、しばらく経つと納得したのか「そうか」と静かに返事をして、
藤堂は少しだけ安心したように頬を緩ませる。

「だから、お前が此処にいたいって言うなら俺は反対しない」
「うん、ありがと」
「でも"京に行った"としか聞いてなかったから、
まず土方さんに報告してから探そうと思ってたのに、もう新選組にいるしさー!そりゃあ驚くって」
「ああ、ごめん」
「でもとりあえず……元気に過ごせてるなら良い」

明るさを取り戻した藤堂は紫苑の髪を乱暴にかき混ぜながら「よく切ったよなぁ」と言葉を漏らす。

「んじゃ、また一緒に馬鹿やれそうで嬉しいよ、紫苑
「新八っつぁんや左之さんと一緒にしないで欲しいな、平助」

顔を見合わせて笑い合うと、藤堂は部屋から出て行こうとする。
それを呼び止めるように紫苑は背中に声をかけた。

「……この事、他の人達には言わないでくれるか?」
「、紗矢……」
紫苑だろ、平助。皆には余計な心配かけたくねぇし、同じ立場でいたいんだよ」

寂しそうな表情に藤堂は眉を潜めたが、わかったと答える他なかった。

誰もいなくなった空間で紫苑は自身の右掌を見つめた。
瞬時に思い出されるのはあの時の男達の目、そして斬り殺した時の骨の感覚と。

「……此処に来ると決めたのは、それだけじゃないんだけどね」

確かな決意がそこにあった。
















隊士が大幅に増えた事で、屯所には様々な人間が在籍するようになった。
不満を漏らしながらも土方の雑用をこなしている紫苑に接してくる男達も多種多様なおかげで、ちょっと困った事になっている。

仲良くしてくれるのは良いが、人によっては時折"そういう目"で見てくる者もいる。
元は女なのだから顔が中性的になるのは仕方ない、だがこの場合求められているのは"男としての紫苑"だ。

「なあ藤沢、今度酒でも飲みに行かねぇ?お前が非番の時でいいからさ!」
「……ああ、また今度な」

この所頻繁に声をかけてくる男に紫苑は手を焼いていた。
本当に酒を飲みに行って終了ならいいが、男の目はそれだけじゃない事を物語っている。

衆道の関係が世にある事は知っているが、それを期待するような態度には困惑するしかない。
すなわち確かな好意を寄せられているのだが、興味もないし女だから"衆道"としてすら成り立たない事が申し訳ないのだ。
乱暴されないだけましだが、自分を好いてくれた所で紫苑は男に何も返してやれない。

(……俺、そんな風に見えるのかな?)

だが意外とこの手の誘いは多い。
他の仲間達は、自分が土方に従順に付き従ってる様子に惑わされるのだろうと笑っているが、
もはや紫苑にとっては笑い事ではない。

紫苑、話があるんだ」
「…………」

今もまた、いつもの男が真剣な顔で紫苑を呼び立てた。
そして告げられたのは、やはり"念友になって欲しい"という事だった。

「あー……悪い、俺は全くそんな気はねぇんだ。だから島原へ行け、女を好いた方が自然だと思うぞ」

そうはっきり言葉にすると、ようやく無理だと悟ったのだろう。
男は明らかに落ち込んだ様子で稽古場へと戻っていった。

(何か複雑……俺が悪い事してるみたい)

「はぁ……」
「だったら君が女に戻って彼に応えてあげたらいいんじゃない?」
「……総司」

何処から聞いていたのか、意地悪い顔をして立っていたのは沖田だった。
軽々しく"女"と口にされて紫苑は眼力を強める。

彼とはっきりと対面するのは、山南が変若水を飲んでしまう直前に言い合いをして以来。
避けていた訳ではないが、何となく沖田を捉まえる機会がなくて今日まで来てしまったのだ。

「……俺は男だ」
「そう?それにしては随分男に好かれるみたいだね」

彼は自分を本当に疎んでいる訳ではない、とは思う。
新選組の、もっと言えば局長の害になるかどうかを試しているのだろう。

だから紫苑はあの夜と同じぐらい真剣な眼差しで沖田を睨んだ。

「総司、俺は帰らない」

変若水を飲んだ山南を目の当たりにしても気持ちは変わらない。

「俺は逃げない。何があっても近藤さんと土方さんを信じてる。
その為なら男であり続けるし、人も斬る」

わかって欲しい、わからなくても此処にいる事を許して欲しい。

「遊びじゃない……俺は守る為に来たんだ」
「…………」

挑発的な目と真摯な目。
それが交差し、逸らされる事のないまま長い間が過ぎ。

先に沖田が吹き出した。

「はは……!守るって、君みたいな非力な体で何が守れるっていうんだい?」
「近藤さんは総司が守るだろ?だから俺は土方さんを守る。非力だろうが何だろうが、盾くらいにはなる」
「君って、本当に馬鹿だ」

至って真面目に答える紫苑にひとしきり笑う沖田。
腹が立たないでもなかったが、沖田からの殺気が消えた事で多少は理解してくれたのだろうかと紫苑は安堵の息を吐く。
彼は昔から紫苑の甘えを許さない、そのおかげで男所帯でもやっていける腕を身につけられた部分はあるだろう。

「だったら容赦しないよ。そんな台詞は一度でも僕に勝ってから言うんだね」
「ああ、望むところだ」

嬉しそうに木刀を向けてくる沖田に、紫苑はようやく挑戦的に笑った。
喧嘩する程仲が良い、よくそう周りにからかわれる。
仲が良いかは正直疑問に思うが、暇があれば自分達は喧嘩ばかりしている。

だから、これで元通りだと紫苑は内心で微笑む。

「帰りたいって思うぐらい、傷だらけにしてあげるよ」
「その言葉……そっくり返してやるよ!」
「へえ、そんな事言っていいのかな」

その後、他の隊士達が怯えるぐらいの激闘を見せた二人は、
稽古を邪魔したとして土方からこってり説教される事となった。











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平助とご対面。
やはり話が進まない。