紫苑の役職は、表向きは土方の小姓だ。
だがどうしても木刀を振り回したいようで、稽古を繰り返しては雑用を済ませ、
また暇があれば男達に混じって暴れている姿はどう見ても女ではない。

「君は監察方らしくないな」
「そうみたいです……すいません」

監察としての振る舞いを指導する山崎にもチクリと指摘されるが、紫苑自身もそう思っているから仕方ない。
監察の任に不満などないが、本質的には"静"よりも"動"なのだろう。
何だか申し訳ない気がしてとりあえずは謝ってみる。

そんな紫苑だったが、それでももう一つの仕事もきちんとこなしていた。


「なあ藤沢、俺達ちょっと出掛けてくるからよろしく」
「はあ?また島原でも行くのか?」

幹部達に上手く言っておいてくれ、と耳打ちされて不機嫌に眉を潜めた。
顔が利くからといって、皆紫苑にその役目を押しつけるのだ。

「まあな。天神の良い女がいるんだよ」
「非番のたびに島原行って、よく金が保つよな」
「切り盛りしてんだよ、これでも」

ふぅん、と興味なさそうに木刀を担いで歩く紫苑に、男は哀れみの視線を送りながら首を振った。

「お前は堅いよな。島原行ってこそ一人前の男になるんだぞ?」
「それで剣の腕が上達するなら行くがな」
「……人生の半分を損してるよ、お前。まぁいいや、そんじゃ頼むな!」

紫苑は嬉しそうに出て行った男――佐野牧太を遠くから眺めた。

「あいつ……何であんなに羽振りがいいんだ?」

気になった紫苑は他の仲間達の輪に入りながらさりげなく聞き込みを始めた。
するとどうやら彼は外出した日に限って度々仲間達に食事を奢っていたそうだ。

「へぇー……って、飯食わせてくれるんなら俺も誘ってくれよなぁ」

その場はそうぼやいて賑やかし、後日紫苑は京の町へと足を運んだ。
元々中性的な容姿で、快活な笑みを見せる紫苑は町娘達に人気があり、話をふれば溢れるように噂が出る。

それらを吟味し、確かな確証が得た所で紫苑はすたすたと土方の部屋を訪ねた。
相変わらず筆をしたためている副長に、静かな声で告げた。

「平隊士の佐野牧太ですけど、商人からかなりの金を集めているようです」
「そうか、ご苦労だった」

淡々とした会話だけが行われた数日後、彼は切腹を命じられた。
紫苑は静かに目を閉じ、彼の断末魔の叫びを聞いた。

(ごめん、佐野……それでも俺は……)

何とも思わない、なんて事はない。
だが隊規に背いた者をそのままにしておけば、いずれ新選組の首を絞める事になる。
実際に佐野牧太の金策によって幾つかの商人は此方に敵意を向けていた。

切腹の日にちらりと盗み見た土方の横顔は、最初から最後まで冷たい目をしていた。
彼は紫苑を試しているのだ、仲間さえ死に追いやる事で"人の心"が残っているのかどうかを。
だがこんな事では自分の気持ちは変えられない、人並みの女のように弱くもない。


――私は鬼になる。ならなくては、彼に付いて行けない。


それに彼が思っているよりも自分は非情な人間だ。
こうやって躊躇いなく人を死に追いやっているのだから。






紫紺 六






そして誰かの死を思う暇もなく、新たに問題が舞い込んでくる。

「辻斬り強盗……ですか」

近頃都に出没するという辻斬りは、無作為に人を斬り金品を強奪していた。
それが新選組の人間ではないかという噂が出ているようで、
ならば悪評が広がる前に何としても犯人を捕まえなければならない。

隊の内部にいるかもしれない状況では表立って隊士達は動かせない、
その為に監察方へ調査の指示が来たと山崎は言う。

「新撰組は山南さんが、我々は外へ出て警戒を行う、だから藤沢君には中からの監視を任せたい。
どんな小さな事でも構わない、何かわかれば報告して欲しい」
「はい」

どうか犯人が隊士でなければいいと紫苑は思った。
せめて同志討ちだけは避けたかった。


(辻斬り強盗なんて、何の為にやるんだ……?)

私欲の為、それとも金が必要なのか。
何にせよ、そんな人物が本当に新選組にいるのならすぐに処分しなければならない。

(……気負わずに、いつも通りに振る舞えばいいか)

紫苑は頷くと隊士達の輪に交じり、とりあえず体でも動かそうと稽古に参加した。

「あ、なあ加納……」
「…………」

目の前を通り過ぎたのは仲の良い加納惣三郎、先日まで紫苑を好いていた男だった。
念友を断りはしたが、仲間として否定した訳じゃない紫苑はいつも通りに話しかけたものの、
加納はちらりと一瞥しただけで避けるように行ってしまった。

「なんだぁあいつ、つれねぇな」
「ああ、ずっと紫苑を追いかけ回してたのに」

それを見ていた他の男達の方が不快そうに悪態を付く。

「それは……俺がきっぱり断ったからだと思う」
「お、ついに言ってやったか!」
「だからってなぁ、あんな態度は腹立つだろ?まがりなりにも念友になろうって言われたのにさ」
「……まあ」
「もうあんな奴に声かけなくていいぞ!」

呆気にとられた様子で加納の背中を見つめていた紫苑は曖昧な返事ばかりを繰り返した。

(あいつの目が……一瞬だけ俺を睨んでた)

腹立たれても仕方ない断りをしたかもしれない。
だが思わず悪寒が走るほどの目をされる筋合いもない。

あんな、荒んだ目で。

「加納、か……でもあいつ、最近島原の女に入れ込んでるって話だぜ」

別の男が思い出したように話し出す。

「はあ?節操なしだな。紫苑に振られたらもう女かよ。あいつはもっと真剣に紫苑が好きなんだと思ってた」
「まあ……それが自然な事だってわかったんだろ?目が覚めてよかったじゃないか」

興味なさそうに紫苑は言うが、男達の腹の虫は治まらないようでその後もぶつぶつと呟いた。

それでも紫苑は多少の罪悪感を抱いていた。
彼の気持ちはどうやっても受け入れられるものではなかったが、島原通いをしているという事は、
やはり紫苑を吹っ切れるために自棄になっているのではないかと思う。

(はまり込んでなければいいけど……)

だが状況は思わしくなかった。
どうしても気になる紫苑はそれとなく話を聞きに行くと、加納と仲の良い男達が芳しくない顔色を見せた。

藤沢に振られたって言うから俺達が女の良さを教えてやろうって連れてったんだ」
「そしたら……惚れちまったみたいでな」

それから人が変わったみたいに通い詰めているらしい。

「ありゃ相当本気だぜ。そのうち身請けするって言い出すんじゃねえか?」
「……それは流石に無理だろ、俺等に女囲える金があるかよ」

(島原、身請け……金…………強盗……まさか)

頭の中で嫌な連鎖が繋がってしまった。
何を馬鹿な事をと紫苑は自らを呪ったが、考えれば考える程悪い方向にしか推測が進まない。

(……監察に、報告した方がいいんだよな……)

それとも、する程のものではなだろうか。
いや、少しでも疑いがあるのなら報告しなければならないだろうし、もし潔白ならばそれを証明してもくれるだろう。

だが仮にも好意を抱いてくれた仲間を僅かでも辻斬り犯と疑い告げ口をするなど、人として最低な行いではないだろうか。
ただ自分の想像なだけで、実際は全く関係のない事柄なのかもしれないのに。

(いや、私情に流されるな……!これは新選組の威信に関わる問題だ)

紫苑は頭を振ると、ひとまず加納の件は保留にして他に怪しい者はいないかを探った。

犯人はやはり金目当てだろう、人が殺したいだけなら金品を奪う事はあまりしないと考えられる。
戦利品として持ち帰る者もいるかもしれないが、とりあえずは金に困っている者、金遣いが荒い者、私生活で問題を抱えている者を、
紫苑は日頃から持ち前の気さくさで打ち解けている男達の輪に混じりながら噂の有無を調べた。

だが結果、今のところそれらしい人物は上がってこなかった。
先日、金策をしていた佐野牧太が処分された事もあって皆少し慎重に行動しているようだった。

(……怪しいのは加納だけ、か)

紫苑は幾分か気落ちした様子で、山崎が帰営する夜を待った。











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長くなるので切ります。
次と合わせて一話分です。