「あれ、藤沢君じゃないか。偶然だね」
「あ、大鳥さん……!」

目的の墨を買い終えると、見知った顔がそこにあった。
この広い城下町で、人の往来も多い通りで、
別行動をしている数少ない知り合いにばったり会うなんて本当に偶然な事だ。

「さっき土方君の所にも顔を出したんだけど、君は買い物かい?」
「はい、土方さんの墨と、他に必要なものを買い足しに」

どうやら入れ違いになっていたらしい。
紫苑は羅刹だという事もあって無理しない程度でゆっくり歩いていたから、
そうしているうちに帰りがけの大鳥に出会ったようだ。

「大鳥さんはいつ会津に?」
「今朝の早いうちにね。僕もちょうど用があって、またすぐに戻らなければならないんだけど」

大鳥はいつものように爽やかに微笑んだあと、
じっと感慨深げにこちらを見つめてくるので、紫苑は何だと首を傾げる。

「……うん、やっぱりその姿で街中にいると、何の違和感もないね」
「……そうですか?」

どちらかというと少し無理がある変装を、大鳥は絶賛する。
自分では気に入らないものを褒められても素直に受け止められない紫苑は、やはり賛同できずに首を曲げたまま。

「自信を持っていいよ、君は素敵な女性だ」
「…………」

やっぱり、この人と喋っていると調子が狂うと紫苑は思った。
原田とは違う女扱いをされて、どうしていいのかわからなくなる。

「僕はもう今日の用事を済ませてしまったんだけど、君はこの後何か用はあるのかい?」
「?いえ、特には……」
「じゃあ、せっかくだから僕とデートしてみないかい?」
「でぇ、と……?」

"デート"という言葉の意味がわからないまま、紫苑は大鳥に背中を押された。






浅葱 七






デートとは何をするものなのかと構えていたが、
大鳥は普通に城下を並んで歩いて、色々な店を見て回るだけだった。
何か買いたいものでもあるのかと聞けば、特にはないと返事がきた。

(これは……何なんだろう……?)

買い物、という意味ではないらしい。
紫苑は戸惑いながらも、とりあえず大鳥のする事に合わせてみた。
反物の店に入れば紫苑に似合いそうな綺麗な柄だと褒め、
飾り物の店では普通の女性が付けるような可愛い簪やら何やらを次々と見せてくれる。
そしてやはり、何かを買う訳ではない。
気に入ったなら贈ろうかとも言われたけど、理由がないので断っておいた。

(もしかして、これって逢引きの真似……?)

ようやく彼が何がしたいのかわかってきた。
紫苑自身あまり経験がないからよくわからなかったが、
これはつまり恋仲の男女が連れ立って歩いているようなものらしい。

そうしてしばらく歩いたのち、大鳥は流行りの甘味処に入った。
楽しそうに甘味を注文し、紫苑の目の前にそれが置かれる。

「どうぞ、遠慮せず食べて」
「……あ、ありがとうございます」

満足そうに大鳥が笑っているので、
わざわざ雰囲気を壊すこともないと、紫苑は大人しく頂く事にした。

「どうだった?楽しんでもらえたかな?」
「えっと……はい」

どちらかというと戸惑いが大きかったが、とりあえず頷いておいた。
だが大鳥にはそれにも気付いていたようで、含んだように微笑んでいる。
きっとこういう事にも慣れていないとも知られたのだろう。

「君は、ずっと剣を習っていたの?」
「……そうですね。木刀を振ってるのが好きだったので」
「そうなんだね。いや、誤解しないでほしいんだが、
僕は並の男に負けない、戦で先陣を切っていける程の君の腕も素晴らしいと思っているんだ」
「……はあ」
「ただね……せっかく女性に生まれたのに、勿体無いとも思っている。
君はきっと女性としても魅力があるのに、それが埋もれてしまっているのが少し惜しかった」
「…………」

そんな事をはっきりと言われた事はなかった。
近藤や山南や原田など、今までも心配してくれる人はいたが、行動に移す人は初めてだった。

「これから戦は、今以上に厳しいものになる。
女性の恰好をして街を歩くなんて事、これからはもっと無理になるだろう。
だから、それまでに女の子としての普通の楽しみを教えてあげたかったんだ」

(確かに……よく考えたら、こういうのした事なかったな)

紫苑はずっと父の看病をしながら畑仕事をして、いつの間にかそういう年頃も過ぎていた。
その後はずっと剣の修行ばかりして、京では人斬り集団の新選組だった。
男女のあれやこれやなんて、知る暇なんてなかった。

(そうか……私、全然女っぽい事してきてないんだ)

思い返しても、自分から剣を抜いたら何もなくなる事に今更ながら気付いた。

「君は……土方君の事が好きなのかい?」
「……っ」
「いや、聞くまでもなかったね。
女性が髪まで切って、男になって戦に出ているんだから、よほどの事だよね」

どうしてここで土方の名前が出るのか、
何とか動揺しないように平静を保ったが、大鳥は百も承知とばかりに続ける。

(そんなにわかりやすいかな……)

それだけの為に此処まで生きてきた訳ではないが、
理由の根底に存在している気持ちなだけに、否定もできない。
もう少し見破られないようにしなければならないな、と紫苑は苦笑する。

「土方君は……君を、大事にしてくれているかい?」
「…………」

大事にしてくれているかと訊かれれば、きっと大事にされている。
新選組の中でも、とりわけ特別扱いされているだろう事もわかっている。

だけど大鳥が含んだような意味ではない。
きっぱりと想いを断ち切られているから、という理由もある。
だけどそれ以上に、彼とはきっと、男女のそういうものにはなり得ない気がするから。

今ではお互い認め合って、信頼しあえている気もするけど、
自分達の繋がりは最早"そういうもの"ではなくなっていると思う。
ならば何なのかと問われても答えられそうにないが。

「……私は、そういう関係じゃ、ありませんから」
「そうなのか……だとしたらやっぱり、勿体無い」

彼は何度も"勿体無い"と言う。
裏を返せば、紫苑の女の部分を見て、心配してくれているのだろう。
ずっと男として生きてきた、紫苑の本来の部分を。
それは素直に嬉しいと思った。

「大鳥さん……今日はありがとうございました」

突然の事だったが、彼もまた、そうやって内面を見てくれる一人なのだろう。
紫苑の大切な仲間達と同じように。
だから、素直に感謝の言葉と共に笑みが零れた。

「ちゃんと、楽しかったですよ」

戸惑いもしたが、綺麗な着物は本当に綺麗だと思ったし、簪は可愛いとも思った。
戦の事も、普段は男になりきっている事も忘れて、身に着けてみたいとも思った。
現実を考えれば無理な話だったが、それでも夢見る事はできた。

「久しぶりに女になれて、楽しかったです」
「……そうか、ならよかったよ。僕も気分転換になったから」

僅かでも、人並みの事ができたかもしれない。
厚意に感謝しながら紫苑が甘味を口に運ぶと、クスリと笑う声が聞こえる。
目線を上げると、大鳥がじっと此方を見つめていた。

「君は不思議な人だね、本当に」
「……?」

どういう意味だろうか、そう思ったが大鳥は笑っているだけで、それ以上は教えてくれなかった。


甘味と一緒に茶を飲み、店を出ると大鳥は清水屋まで紫苑を送ってくれた。
何だかんだ長く外出していたなと思いながら紫苑は当初の目的を思い出し、
早足で自身の想い人の部屋を訪ねた。

「遅かったな」
「すみません」
「別にいい。どこか散歩して来いって言ったのは俺だからな」

特に気にしている様子もなく書き物をしている土方の横を通り、
紫苑は買ってきた墨やその他買い足してきたものを整理する。

「どこか行ってきたのか?」
「途中で大鳥さんに会って、デートに連れて行ってもらいました」
「ああん?何だそりゃ」

聞きなれない言葉に土方が素っ頓狂な声を上げる。
初めて聞いた時自分もそんな反応だったなと、紫苑はくすりと笑った。

「逢引きらしいですよ」
「逢引きだぁ?まあ、気晴らしになったんならいいけどよ」

よくわからないがよかったな、と言いながら土方は筆を進めている。
紫苑もまた、折角だから墨汁の補充でもしようと墨を摺る準備をしていると。
急に土方が振り返って紫苑を凝視する。

「……ってちょっと待て、お前その恰好で行ったのか?」
「え?はい……駄目でした?」
「……いや」

少しだけ間を置き、土方は諦めたように机に向かった。
何が言いたかったのかわからなくて首を傾げていたが、きっと聞き出せないのだろうなと思って紫苑も作業に戻る。

だが寝不足の状態で日中に動き回ったせいか、
穏やかな静寂で次第に紫苑の瞼が重くなっていく。

(流石に疲れたな……寝たく、ないんだけどな)

本当は眠りたくない、だけど消耗した羅刹の体はもう既に言う事をきかなくて。
近くにある、いつでも休めるようにと敷いてある土方の布団の端っこを拝借するようにして、
紫苑はずるずると倒れ込んだ。

意識を手放すまで時間はかからなかった。
土方もまた、まさかこんなすぐに寝るとは思っていなかったのだろう。
しばらく書き物を続け、背後の物音がふいになくなった事を不思議に思い振り返る。
そして、盛大な溜息をついた。

「お前なぁ……いくらなんでも無防備すぎるだろ」

女だっていう事忘れてないか?という呟きは独り言となって消える。
いや寝ていいと言ったのは俺だが、と土方は自分に返答しながら人知れず頭を痛めた。

遠慮がちに布団の端からはみ出して丸くなって眠る、どこかあどけない表情の紫苑

「……はあ……強くねえな、お前も俺も」

ポンポンと、起こさない程度に紫苑の頭を柔らかく撫でた。
土方が今してやれる、最大限の慰めだった。

(……あったかい……誰かの、手)

自分ではない他人の体温を感じてはいたが、
紫苑の意識はそれ以上浮上せず、そのままふわふわと眠りの海を漂っていた。

夢に見るものは、いつもと同じ人の眩しい笑顔。
だけど今日だけは何故か、近藤の首は飛ばなかった。











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前の話と合わせて一話です。

大鳥さんはこの日だけ会津にいた、という事で。
凄い軟派な感じになってしまいましたが、彼は心から心配しているのですよ、多分。