「どういう事だよ、山南さん?」
意外な指示を伝えに来た山南に、藤堂は思わず詰め寄った。
激戦地である会津を離れ、仙台へ移動するという決定が下されてから、
羅刹隊を先行させる手筈を大急ぎで整えていた所への、唐突な言葉だった。
「そのままの意味です。藤堂君には別の場所へ向かってもらいます」
「だから何で俺なんだよ?俺も山南さんと一緒に行くよ!」
一緒に行くものだと思っていたのに自分だけ外されると、
羅刹隊に強い連帯感や執着を持っている訳ではないが、それでも不満に思う。
「他にも潜入とかに向いている奴もいるし、俺でなくてもいいだろ?」
「いいえ、いざという時に腕の立つ貴方に任せたいのです」
「……どういう事?」
「新政府軍の羅刹達が動いているという情報を耳にしました」
山南のいう別任務とは、その者達がどこに向かおうとしているのか、
またそれを束ね指揮している者が誰なのかを調査してきてほしい、との事だった。
もし彼らに見つかった場合、応戦する必要はないが、
それでも羅刹達から逃げられるだけの腕が欲しいと山南は言う。
「新政府軍に押されている現状で、
その上羅刹の軍にまで攻められたら我々の勝ち目はなくなります。
早急に彼らの進路と目的を把握して、対策を練ればなりません」
「……内容は、わかったけど」
藤堂が素直に首を縦に振れないのは、自分だけ外されるからという理由だけではない。
山南を、野放しにしてしまうのが不安なのだ。
新薬が開発されたおかげで、山南含め羅刹達の怪しい行動は少なくなった。
だがそれでも彼らの危うさは変わらず、
最近はその新薬の研究も滞っているらしく、どこか自暴自棄になっているようだった。
彼らがまた、血を求めて人を襲うような事があるならば全力で止めなければならない。
藤堂はそれを自らの使命と感じていたから、監視の意味もあって一緒に行動したかった。
「お願いします」
「…………」
山南の切迫した顔に、いつも以上の必死さを感じた。
藤堂をわざわざ行かせようとするあたりよほどの事なのだろうとは思うが、
それでも羅刹隊が、もっと言えば山南の動向が気がかりだ。
だが、恐らくここでいくら異論を唱えたところで、彼の決定は覆らないのだろうなとも思った。
それくらい、彼の目には力があった。
それから、少しだけの悲痛が混じった顔。
「……わかった。けど……無理、しないでくれよ?山南さん、いつも一人で抱え込むから」
「…………」
不平不満や不審感こそあれど、
まさか気を遣われるとは思っていなかった山南は、わずかに目を見開かせた。
「山南さん、辛いとか苦しいとか言わないけど、早い時期に羅刹になったんだ。
俺よりももっと大変だろうから……」
「……ええ、ありがとうございます。優しいのですね、貴方は」
「別に、そういう訳じゃねぇけど」
心から思った事を口にしたのだが、藤堂は恥ずかしそうに視線をそらす。
それを満足そうに眺め、山南は柔らかく目を細めた。
「それから、羅刹の力は使わないように最大限努力してください。
気配を察知される恐れがあるので、無理せず迅速に行ってください」
「……意外と難しいよ、それ」
「貴方ならできると信じていますよ」
冗談っぽく苦笑する藤堂に、ふふと笑い返す。
「それではよろしくお願いします、藤堂君。仙台城で待っています」
「わかった。すぐ戻ってくるよ」
渋々ながらも了承した藤堂は先程とは違う準備に取り掛かる。
それを見届けると山南は背中を向け、歩きながらポツリと零す。
「……そんな貴方だから、一緒にいさせる訳にはいかないのですよ」
ふふ、と不敵な笑みを浮かべながら山南はゆらりと闇に消えた。
浅葱 十三
「行ってらっしゃい、土方さん」
「ああ」
土方率いる旧幕府軍の本隊はこれから仙台へと向かう。
大鳥もまた兵力集めで各地に奔走している為、会津に残るのは斎藤と紫苑と数名の志願兵。
別々の道を行く仲間達をせめて見届けようと彼らの出立を見つめる。
この移動は、言ってしまえば敗走だ。
鬱々しい兵達の士気とは裏腹に、太陽が眩しい良く晴れた日だった。
もしかしたら彼らと顔を合わせるのは最後になるかもしれない、それは考えないようにした。
光に満ちたこの瞬間のように、彼らの進む先に希望があればいいと思った。
「どうかご無事で」
「ああ、お前もな、斎藤」
丁寧な挨拶を済ますと、「先に戻っている」と斎藤は踵を返した。
随分あっさりとした様子に、もしかしたら気を遣われてしまったのかもしれない。
「紫苑」
「はい」
「必ず生き延びて、俺の所まで来いよ」
「……はい」
最後の一人として残った土方は中々足を進ませずに、紫苑を振り返る。
もう何度も何度も確認しあった言葉。
そのたびに頷いてきたが、それが彼がいかに紫苑を心配しているかがわかるようで、
今度も安心させるようにふわりと微笑む。
「……何でお前は、そういう時ばかり良い顔をするんだ」
「え…そうですか?」
苦笑した土方がそう息を吐く。
心配してもらえる嬉しさで自然と笑ってしまったのだが、
それが普段とどう違うのかは自分ではわからない。
「刀を出せ」
「え?……あ、はい」
土方が自身の大刀を持ち上げて少しだけ刀身を見せるので、紫苑もそれにならって刀を抜く。
良く磨かれた、美しい輝きを放つ鈍色の刀。
キン、と金属同士がぶつかった甲高い音が小さく鳴った。
「金打、だ。お前も武士の端くれなら覚えておけよ」
「……聞いた事はありますけど、初めてやりました」
「当たり前だ。金打を打つ程の誓いはそう何度もするもんじゃねぇ」
何度もするものじゃない、つまり今回はそれ程の強い誓いだという事だ。
紫苑が元は女であるせいなのか、約束が形になったと思うと、
余計に強く確かなものになったように感じた。
(ああ、本当に土方さんと離れ離れになるんだ)
思えば、新選組に入ってからここまで別行動をした事がなかったように思う。
命令や任務で離れる事はあっても、それでも彼の指示があってこその別行動で、
距離だって、こんなに離れる事なんてない。
今回は、違う。
本当に彼の命令系統から外れ、自分で考えて自分で動かなくてはならない。
激戦を生き延び、それから斎藤を生還させる事。
急に、肩の荷が重くなったような気がした。
だけど自分で決めたのだ。
自分で、この道を選んだから。
「死ぬんじゃねえ、何があっても」
「……土方さんこそ、流れ弾に当たって死なないで下さいよ」
「誰に言ってんだ」
こんな切迫した状況なのに、自分達はやはり冗談じみた会話の応酬。
色気も感動もないなと、こんな風にしかできない自分に笑えてしまう。
だけど彼がそのたびにふっと笑うので、それでもいいのかなと思ってしまう。
「……必ず、帰ってきますから」
「ああ」
「気を付けて」
「それは俺の台詞だ。俺から勝手に離れていくのは、いつもお前だろ?」
「……。最初に置いていったのは土方さんです」
「そうだったな。そのままにしておけばよかったと今でも思うよ」
「……今更ですよ」
「そうだな……だがそうしていたらお前は今まで、俺の傍にいなかったんだよなぁ」
「……?」
昔を思い出して、遠い目をする土方。
彼が今何を考えているのかはっきりとはわからないけど、
自分は彼の傍にいていい存在になりえたのだろうかと、彼の懐かしむような口振りからそんな事を思った。
「戻って来いよ、必ず」
「はい」
重なっていた刀がゆっくりと離れると、本当に出発の時が近づいてくる。
だがそれでも土方はその場から動こうとしない。
どうしたのだろうと紫苑が思わず見上げると、
土方はじっと此方を見つめ、眉間に皺を寄せていた。
(土方さん……?)
さっきまで困ったようにしながらも笑っていたのに、
何か言いたげな顔が悲しそうに歪んで、押し黙っている。
「ど――」
どうかしたんですか、という言葉は音にならなかった。
土方の体が近づいて、気が付けば全身が覆われていた。
ふわりと包み込むように抱き寄せられ、それから苦しいくらいに強く閉じ込められた。
(な……?)
これは何の意味なんだろう、紫苑にはわからない。
今まで様々な状況で抱き締め合うような事はあった。
だけどあれは互いの傷を舐め合うような状況で、その時の辛い現実に耐え切れない時が多かった。
だけどこれは何なのだろう、何の感情の表れなのだろう。
これが初めてでもないのに、どうしてだろう、今日は何かが違った。
壊れ物を扱うかのような優しい抱擁からの、強い力。
ずっと胸の奥にしまっていたものが溢れてしまうような。
よくわからない衝撃に、紫苑は目を見開かせて狼狽していた。
「―――」
「…………」
冗談すら紡げない空気。
肝心の土方は紫苑の肩口に顔を埋めていて、言葉も発しないし表情すら窺えない。
頭が混乱して、どう対処すればいいのかもわからない。
混乱して、困惑して、それでいて胸がキュッと締め付けられて痛い。
きっとこの別離を心配しての行動だとは思う。
それほど心配してくれるのなら嬉しいと思うのに、
あまりにも強い拘束に、土方の気持ちが流れ込んでくるようで、泣きそうになる。
わかったのは、彼がこの別れを嫌だと思っている事。
ドキリと胸が高鳴るのに、それでもこの選択をやめられない自分に、罪悪感が胸に広がる。
ごめんなさいと思う。
ずっとこうしていたいとも思った。
だけどそんな時間は一瞬のように過ぎ去って、
彼は言葉の代わりに息を吸い込んで思い切り吐くと、ゆっくりとその拘束を解いた。
途端に感じる喪失感、それから体温が離れたせいの肌寒さ。
物悲しさを感じていると土方が口を開いた。
「―――」
「……?」
何かを言おうとして、やはり言わなかった。
切羽詰まった顔を一瞬だけ見せて、気が付けば彼はまた苦笑していた。
「じゃあな」
「…………」
何が言いたかったんだろう、それは結局わからなかった。
彼はもう何も言う気がないのだろう、いつもの副長の顔に戻るとそのまま歩き始める。
急に、寂しいと思った。
自分が離れていくのに、背中を向けられるのはやはり嫌で。
いつだって、誰かを見送るのは嫌いだ。
「土方さん!」
遠くに行ってしまいそうな彼が、紫苑の声に反応して振り返る。
紫苑を見つめると、言葉の代わりに手を挙げた。
ずっと傍にいた、見ていた人が、独りで光に消えていくようだった。
――怖いと、漠然と思った。
不安な気持ちを抑え込んで、彼が見えなくなるまでその姿を見届けた。
これが最後にならない事を、強く祈った。
――花散ればとふ人まれになりはてて
いとひし風の音のみぞする――
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ずっと残しておいた金打がやっとできました。
次章からは仙台編と会津編と、2つの視点に分かれます。