驚いて吐き出した言葉は、少しだけ上擦っていた。

「総司!?……千鶴もいるのか!」

まさか来るとは思わなかった人物に一瞬の希望を見出すが、
同時に彼に対して堂々と顔向けできない後ろめたさもあり、不安がよぎる。

抜き身をぶら下げながら沖田が土方に詰め寄る。
それ以外の羅刹達など目に入ってないかのように、呆然と立つ土方だけを見据えて。

紫苑はどうしたんですか?」
「っ……」

笑っていた表情はいつの間にか責め立てるような鋭さに変わっていた。
緊迫した状況なのに、それよりもこっちの方が大事だとでも言わんばかりに。

「ああ、どこかに潜んでいて合図があったら飛び出してくる……とかじゃなさそうですよね、その顔」
「…………」
「まさかまた置いてきたんじゃないでしょうね」

その事を問い詰められると土方は弱い。
また、と強調される言葉に、紫苑の事だけじゃない圧力すら感じて。
やはり彼は流山での一件を許してはいないのかと、歯切れの悪い口調で答える。

「……あいつは……ここにはいない」
「ふぅん、生きてはいるって事ですか」

冷たい目でじっと土方を見定めると、ようやく羅刹達に体を向ける。

「ま、その話は後で聞きますよ。なんか長くなりそうだし」
「…………」

生きてはいるが、今現在、そしてこれからはわからない。
それを詳しく伝えたら沖田はどんな顔をするのだろう。

後が怖いなと、土方は独りごちた。






紺碧 二






羅刹でありながらも変わらず自信たっぷりに佇む沖田に目を細める山南が、淡々と口を開く。

「沖田君……生きていたのですね」
「まだ死にませんよ、僕は」
「よくここがわかりましたね」
「その人達に招待されたんで、わざわざ仙台まで来てあげたんですよ」

顎で示すのは綱道と薫の二人。
千鶴の生家で出くわした彼らに仙台で待っていると告げられ、ここまで追いかけてきたと沖田は言う。

「待っていたよ、千鶴」
「父様……!どうしてこんな事をするのですか!」
「全部お前の為だよ、千鶴。本家最後の血筋として、お前に鬼の一族を率いてほしいのだ」

沖田の後ろにいた千鶴が悲痛な声を上げる。
鬼の王国、それを理想だと笑う綱道と薫に、千鶴は今にも泣きそうな顔で首を振る。

「私はそんな事望んでいません……!父様、どうか考え直して!
鬼の王国を作り上げて、それでどうするつもりなの!?」
「私は鬼の一族の悲惨な歴史を一日たりとも忘れた事はない。雪村家を再興し、屈辱を晴らしてやるのだ!」
「復讐して、悲しむ人を増やして、それでどうなるの?
お医者様として、たくさんの命を救ってきた……そんな父様を私は誇りに思っていたのに!」
「っ……何故だ、千鶴……私はお前の為に」
「……人間と一緒にいすぎて、感化されたみたいだな」

強く拒絶されて綱道の目が揺れる。
忌々しいと、底冷えするような低い声で吐いたのは薫だった。

「違うわ!鬼も人間も、一緒なのよ。鬼も人間も、その命の重さに変わりはない。
鬼と人間は仲良く暮らせるはずよ!」
「ちっ……沖田に土方……お前達のせいで千鶴がおかしくなったんだ」
「っ……」

怒りを此方に向けた薫に、土方は刀を構える。
綱道はそれでも縋るように、沖田の背に守られている千鶴に手を伸ばす。

「手を貸しておくれ千鶴……我々の旗頭にはお前が必要なのだよ。この羅刹たちを使い、雪村家を……!」
「父様……もし考えを変えてもらえないなら私、父様とはもう……!」
「な……」

呆然とする綱道、今にも飛びかかって来そうな薫。
場違いなように沖田がくすりと笑う。

「それで、どうするんですか土方さん。鬼の王国、協力しちゃうんですか?」
「…………」

(んな訳ねぇだろ)

一触即発な状態は変わらないのに、さっきまでの絶望感がない。
そればかりでなく、沖田の軽口に救われた気がする。
仲間が帰ってきただけでこんなにも心強いのかと思った。

首を捻ったのは山南だった。
ふらりと体を揺らし、獣の気配で近づいてくる。

「二人ほど増えた所で、何も変わりませんよ」
「ああ、そうかもしれねぇな。だが俺は、たとえ一人だろうが答えは一つだ」

土方と沖田、それから山崎と千鶴。
鬼と羅刹を見据えて、言い放つ。

「――羅刹の部隊はこれ以上必要ねえ。もう、増やしちゃいけねえもんなんだよ。
鬼の王国とやらも、俺には関係ねえ」
「……では、仕方ありませんね」

山南が、諦めたように目を伏せる。
そうして腰に差した刀に手をかけ、そのまま抜いた刀身で背後の羅刹を斬り付けた。

「ぎゃああああ!!!」
「!?」

唖然とする一同をよそに、山南が次々と羅刹を斬り捨てていく。
広間が、一瞬にして赤く染まった。

「戦う事しかできない私たち羅刹に、戦いの場も残されていないと言うのなら……
ここで終わりにしてあげるのがせめてもの情けというものでしょう」
「!……総司!」
「わかってますよ!」
「山崎は千鶴を守れ!」
「了解しました」

状況を即座に察知した土方が指示を出し、
互いに背中を預けるようにして山南の傍に付く。

「端からこうするつもりだったのか」
「まあ、月並みな言葉ですが、敵を欺くにはまず味方から、と。
それに憎まれ役が似合うのは、"局長"を補佐する立場の者でしょう?」
「山南さん、それちょっと恰好よすぎじゃないですか」

ふわりと笑んだ気配を感じ、土方もつられて笑う。
組織の二番目であった者が背負ってきた役目、それを山南が受け継いだといわんばかりの言葉。
今までの鬼副長とまで言われた自分の行ないが、肯定されたような気さえした。
沖田もまた馴染んだ仲間との共闘に、悦びを感じていた。

「何故だ、山南君!」
「申し訳ありません、新選組の局長命令は絶対なものですから」
「愚かな……ほとんど戦力を失っている今の新選組で、どうやって戦っていくつもりなんだ君達は!」

背中が空かないように立ち振る舞いながら、殺意を向け飛び込んでくる羅刹を斬る。
バタバタと倒れていく兵達を見下ろし、綱道は心底わからないという顔をして立ち尽くす。

「戦力増強の為、共闘も悪くないと思った事はあります。
ですが羅刹には未来がありません……綱道さんもわかっているでしょう?」
「っ……」
「ずっと、羅刹の生きる道を模索していました……先が短いと知ってからは特に焦りましたとも。
それでも、たとえ鬼の血をもらおうとも……私達は完全にはなれなかった。
滅びゆく運命は、変えられなかった」

斬りかかってきた兵の攻撃を避ける為、自らも羅刹化して飛び退る。
白くて赤い目をした山南が、悲しい顔を綱道に向ける。

「羅刹は、生み出されてはならないものでした。
もう、無闇に羅刹をのさばらせている訳にはいきません」
「まあ、僕達も羅刹なんですけどね」

得意の突きで敵の左胸を的確に仕留めながら沖田が自嘲する。
羅刹が羅刹を否定する、それは山南も百も承知なのだろう。
山南もまた、ふふと自嘲に微笑んだ。

「わかっていますよ。ですが、私達は引き際を見誤ったりしない。
鬼の王国も作らせる訳にはいきません……もう、終わりにしましょう」
「っくそ!沖田……!」

目の前で野望が崩れていく光景を認められない薫が、怒りに震える。
今まで何度も対峙してきた沖田を一番に標的に捕らえた。

「どこまでも俺の邪魔をする沖田!絶対に許さない!」
「勝手に逆恨みされても困るんだけ、ど!」

金属がかち合う音が響く。
ギリギリと鍔迫り合い、押しのけた瞬間刀を突き出した。
薫は体を捻りそれを避け、血走った目で斬り上げる。

「くっ……!」
「沖田さん!」
「雪村君は下がっているんだ」

戦いを見守っていた千鶴が思わずといった様子で叫んだ。
山崎に守られ、沖田の名を呼ぶ千鶴を見つめて薫は激昂する。

「何でだよ千鶴……っ!俺とお前は、同じだったはずなのに!何でお前だけ……っ!」
「おっと、……君の相手は僕だろう?」
「何でお前だけのうのうと生きているんだよ!」
「……!」

恨み言に顔を歪める千鶴を振り返り、沖田は舌打ちをする。

「彼女に変若水を飲ませた時もそんな事言ってたね……
そんなに同じ境遇だった彼女が真っ直ぐに生きているのが嫌?」
「うるさい!お前に俺の気持ちがわかる訳ないだろ!」
「わからないね。双子だからって所詮は別の人間なのに、
自分と同じ目に遭ってないのが気に入らないなんて気持ち、一生ね」
「ぐっ……!」

避けきれなかった沖田の突きが右肩を掠める。
小柄な体をひるがえしながらも、次第に感情が高ぶっているのか刀がぶれていく。
流れる血を押さえながら、薫の目が虚ろに揺れている。

「何で、俺だけ……お前だけ……千鶴!!」
「!?」

薫が怒りの矛先を向けたのは沖田ではなく千鶴だった。
荒い呼吸で千鶴めがけて飛び出す。

「わあああああ!!!」

刀の煌めきと慟哭と、血飛沫が舞ったのは同時だった。

「、ぐ……は…っ!」
「!?」

薫の刀は、千鶴を守ろうとする山崎には届かず、
二人の前に立ち塞がる人物―――綱道の腹部に埋まっていた。
その綱道を刺す薫の背中には、弧を描くように閃かせた沖田の刀が突き立てられている。

「と、父様!!」
「千鶴には、触れさせない……もう、やめよう……薫、君……」
「な、……っ…ぅ!」

先に倒れたのは薫だった。
千鶴を庇い、薫を止めようとした綱道を驚愕の眼差しで凝視し、ばたりと地に伏せる。

「ち、づる……っ」
「薫……!」

ズルズルと体を引き摺りながら手を伸ばす薫に、千鶴は思わず歩み寄ろうとした。
だが届く前に薫の手は力を失った。

千鶴を守る為とはいえ、千鶴の前で肉親を斬ってしまった事に不快感を隠せない沖田は、
渋い顔で血に濡れた刀を宙で薙いだ。
そのやりとりの後、薫に続いて綱道が膝をついた。

「、父様!」
「怪我は、ないか、千鶴……っ」
「父様、どうして……!」

大量の血を吐き、虚ろな目で綱道は自身を支えてくれる千鶴に微笑んだ。

「すまない、千鶴……私は、お前が幸せなら、それで……」
「っ―――!」

申し訳なさと、娘を守ったという満足そうな顔で、綱道もゆっくりと息を引き取った。

途端に静かになる広間に、千鶴の必死に押し殺した泣き声だけが淋しく響いていた。
残りの兵達は土方と山南が全て終わらせていた。

「終わり、ましたね……」
「ああ……」
「新選組は多大な戦力を失ってしまいましたね」
「だが元より協力するつもりはなかった。これ以上増えたら俺達が羅刹の手綱を握っていられねえ」

新政府軍の羅刹を一掃する事はできたが、仕方ないとはいえ千鶴の肉親を斬った。
手放しで喜べる状況ではなかった。

何とも後味の悪い戦いだったと、静かに刀を払い鞘に納めると土方は踵を返す。
だが次の瞬間、どさりとまた誰かが倒れる音がした。

「!?山南さん!」

白い髪のまま、力なくその場に倒れ込んだ山南。
血色の赤い瞳は虚ろで、まるで命の終わりを物語るように声が掠れる。

「やはり、もう時間でしたね……」
「……わかっていたのか……っ」
「自分の体ですから」

全てわかっていたといわんばかりの顔で、ふふと弱弱しい声で笑う。
これが寿命かと、投げ出された手を握りしめた土方は顔を歪ませた。

何もできない、何もしてやれない歯痒さが募る。
これが自分達が選び、進んできた道だとわかってはいるが、
先に命が尽きる仲間をただ見ているしかできない自分に腹立たしさすら感じた。

「土方君とは、互いに反目する事もありました……でも、貴方の事は認めていましたよ。
新選組で貴方と共に戦えた事を、誇りに思います……」
「ああ、俺もだ……今だって、俺は最後まで山南さんを信じたいと思っていた」
「鬼副長の貴方がそんな事を言うなんて、嬉しいですね……」

綱道に寄り添っていた千鶴や沖田、山崎も駆け寄る中、
どたどたという足音が広間の外からやって来て、襖を開け放つ。
一瞬敵かと警戒したが、それは行方不明になっていた藤堂だった。

「な、んだよ、これ……」
「平助!無事だったか……!」

信じられないものでも見るような、怒りすらにじませた顔で山南を見下ろし、
ふらふらと近付くと膝をついた。

「藤堂君……自分で出てこられたのですね……全て終わったら、出してもらうように言うつもりでしたが……」
「やっぱり山南さんが仕組んだんだ!
捕まって閉じ込められたのに何かおかしくて……!何でこんな事したんだよ!」

新政府軍に捕まったのに何かされる訳でもなく、ただ仙台まで連れてこられて、牢に入れられた。
その後も忘れ去られたように牢には誰も近付かなくて、どうして捕まったのかを藤堂はずっと考えていた。
邪魔だったら殺せばいいのに、何故と。
山南の様子が変だったのと一緒に、理由を考えていた。

「貴方だって、もう命が残り少ないでしょう?……だから、無理をさせたくなかったんですよ。
この場にいれば、貴方は一番にでも打って出るでしょうからね」
「当たり前だろ!?そういうの……水臭いって、言うんだよ……っ!」
「ええ、わかっていますよ……」

山南が藤堂を捕縛させ城に閉じ込めていたらしいと、土方は二人の会話から察した。
同じく寿命が近付いている藤堂を戦わせない為に、遠ざけたという事だ。

怒る事すらわかっていた山南が儚く微笑むと、藤堂は震える声で泣いた。

「俺だって残りの時間が少ない事わかってるから、それでもよかったのに!
山南さんと一緒でも、よかったんだよ……!」

慟哭のような叫びに、山南は眉尻を下げる。
すみませんと零しながら、ふっと目線を外す。

「きっと……自分を顧みず誰かを優先してしまう人に、影響されたのかもしれません」
「…………」

その言葉に、土方も顔を上げた。
浮かんだのは、またしてもここにはいない人間だった。

山南は謝りながらも、それでも満足そうに笑っている。
似ていると思った。

「それから、貴方達には伝えておきますが……滅びゆく運命は変わりませんが、
鬼の血は……その残り時間を僅かですが延ばす事ができるようです」
「……なんだと?」
「だから新薬を飲んでいた藤堂君は、まだ余裕があるはずです。私は、まあ……少し無理しすぎましたが……」

新薬、それに何が含まれていたのか知らない藤堂は首を傾げた。
土方は険しい顔でその事実を受け止める。
山南は確かな強さを帯びた双眸で土方を見つめ返した。

「覚えておいてください……ですが、藤沢君には教えないように……知ったら彼女は、また……」
「……ああ、わかっている」
「これ以上、彼女に羅刹達を背負わせたくなかった……だから、残りの羅刹は、貴方にお任せします」
「ああ……」

羅刹は生み出されてはならないもの、増やしてはいけないとしてほとんどの羅刹達を倒してしまった。
それは自分を犠牲にして羅刹全てを救おうとする彼女の為、その重荷をなくそうという意図もあったのだろう。
強硬手段ではあったが、山南はずっとその責任と罪悪感を背負っていたのだろう。

今残っているのは土方と沖田と藤堂、それから千鶴と紫苑と斎藤だけになった。
彼らを最後まで導く責任を、今山南から与えられた。

沖田が隣に静かに座り、いつもの表情で笑みを作る。
軽口だったが、優しい気遣うような声色だった。

「先に待っていて下さい、すぐにそっちに行きますから」
「慌てずにお願いします……雪村君と、息災に……」

ボロボロと大粒の涙を零す千鶴が、山南に応えて必死に頷いた。
それを見届けて、ふうと息を吐く。

藤沢君に……ありがとうと、伝えてください。
それから、すみませんと……もしかしたら今頃知っているかもしれませんが……」
「…………」
「知ったら……きっと、彼女はまた……泣いてしまうでしょうから……」
「……山南さん……」

その笑みに、彼の想いを悟った気がした。
感情の種類を読み取る事までしなかったが、それでもとても大切に思っていたのは間違いなかった。
彼女の存在は、山南にとっても大きかったのだと気付かされた。

遠くを見つめて、そして目を閉じる。
まるで誰かを思い浮かべているように微笑みながら。

そして、握っていた手の力が抜ける。

「――っ」
「山南さん!!」

藤堂の叫びも虚しく、山南の体は灰に変わり、空に消えた。
青い炎となって、空に舞った。











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本編と同じ所は若干省いてます。