「――あの二人は、何だか不思議だね」

しみじみと、大鳥が優しげに呟いた。
温かく見守る視線の先には、出港間際の船に乗り込もうとしている土方と紫苑の姿。

ぴったりと寄り添っているでもなく、背中を向けてそれぞれの仕事をこなしている。
別々に動いているはずなのに時折互いの存在を確かめて、最終的には同じ道を歩む。

「何て言うかな……一人ではもの凄く危うい存在に見えるのに、二人が一緒にいるとそうは見えない」

瓦解していく新選組と共に壊れてしまいそうだった土方。
そして、死すらも恐れない儚さをまとっていた紫苑
どちらも片方だけでは、いつどこに飛び立って消えてしまうかわからない存在だった。

「崩れてしまいそうなお互いを支え合って、地に足を付けて必死に立ってる。
二人でいて初めて、彼らが"生きてる"って思えるんだ」

時にはぶつかり衝突して、それでも守り合って。
肩を並べて、互いの存在を感じて、初めて前を見る事ができるのだろう。

「まるで、二人で一人の人間みたいだ」
「……そうですね」

返事をしたのは、全てを間近で見てきた島田だった。
眩しいもののように眺めている大鳥の後ろで、同じように彼らを見つめて笑みを浮かべた。
隣にいる山崎もまた、目元を緩ませて頷く。

「土方副長があのような表情をされている事、俺も嬉しく思います」
「少し、羨ましいよ」

どちらかが欠けても駄目になってしまう不安定な存在だという事なのに、
言い換えればそれは、それほどまでに大切な人が傍にいるという事で、何だか素晴らしく思えた。

離れていた二人はどちらからともなく視線を交わらせ、そして笑い合った。






紺碧 十二






軋む音を立てて、踏みしめた甲板が港から離れていく。
緩やかに揺れる波にその身を揺蕩わせながら、大江丸は広大な海を渡り北を目指す。

「蝦夷で仕切り直しかぁ」

小さくなっていく緑を眺め、軽く伸びをしながら藤堂が言う。
彼は元々、油小路で死んだという扱いになっていたが、山南により"羅刹隊"自体が消滅し、
さらに幹部以外にあの事件を知っている隊士もほとんど減ったために、
実は生きていたので復帰した、という事になっているのだと紫苑は後から聞いた。

「どんな所なんだろな、やっぱ寒いのか?」
「そりゃそうだ。だけど何処でだって俺達がやる事は変わらねぇよ」

赤い髪を風に遊ばせる原田が強い目で答えた。
その背後で腰に手を当てた、軽い調子の永倉が笑う。

「そうだな、いつまでも新政府軍に良い顔させてたまるかってんだ!」
「けど総司は本当によかったのか?千鶴の生家に戻るつもりだったんだろ?」

藤堂が窺うように振り返ったが、沖田はとある人物を一瞥しながら飄々と答える。

「別に、終わらせてからでも行けるから。それにここまで来ちゃったんですから、
土方さんがどこまでやれるか見させてもらうだけですよ」
「……そうだな」

試すような挑発的な目を、土方は静かに受け入れて苦笑する。
やり取りを聞いていた斎藤が、少しだけ眉を潜める。

「だが、完治してはいないのだろう?」
「ちゃんと動けるから、何とかなるよ」
「あの、沖田さんが無理をしないように、私がちゃんと見ていますから……」

斎藤が心配そうな顔をすると、沖田に寄り添うようにいた千鶴が声を上げた。
それはつまり、見ているから沖田の好きなようにさせてあげて欲しいという意味で。

「くぁー!いいよなぁ、女連れ!」
「羨ましいぜ総司!」

男女の空気に藤堂と永倉が悶えた。
幾分か余裕がある原田は「頼むな」と千鶴に微笑みかける。

それを横目に見ながら、沖田はもう一方に視線を遣って口角を上げる。

「女連れなら、もう一人そこにいるけどね」
「うるせぇ」
「?……あ、俺の事か!」

渋面で答えた土方の隣にいた紫苑は自分の事だと一瞬わからず、しばらく経ってから我に返る。
他の隊士もいる手前、完全にいつもの男のつもりで立っていたものだから気付くのに時間がかかった紫苑を、
「お前な……」と呆れた顔が振り返る。

紫苑、その男癖直さないと、そのうち飽きられるよ?」
「う……わ、わかってるんだけど、慣れちゃったから急には……」
「…………」

がりがりと雑に頭を掻く紫苑におよそ女らしさは見受けられない。
それを見ていた一同に残念そうな目を向けられた土方だったが。

「……この方が悪い虫が付かなくて助かる」

という苦し紛れの返答に皆が笑った。

「ちぇ、こっちも何だかんだ良い感じじゃねぇかー」
「良い感じかな、これ?」
「でも紫苑さん、よかったです……」
「あーくそ!左之、蝦夷に付いたら女探すぞ!」
「お、新八がついに所帯を持つ気になったか?」
「お前達……蝦夷に何しに行くつもりなんだ」
「斎藤の言う通りだよ、まったく……」

仲間達が口々に喋り、土方もうんざりした顔をしながらもまんざらでもなさそうで。
これから激しい戦地に赴くというのに、呑気な会話で騒がしくて。
緊張感のなさが何だか可笑しくて仕方なくて、紫苑は吹き出した。

「ぷっ……あははは!」
「あ、紫苑が壊れた」

皆が笑っている。 離ればなれになっていた仲間達が、再び集まって、笑っている。
まるで試衛館にいたあの時のように、未来なんかなくても、先の事なんかわからなくても、
がむしゃらに生きて、素直に笑い合って、剣の腕だけを頼りに生きている。


――ああ、みんな……変わらない。


「はは……、楽しいね」
「……皆、君がここまで導いたんだ」

笑い疲れて、呼吸を大きく繰り返していると山崎が静かに囁いた。
え、と振り返れば山崎の隣にいる島田も嬉しそうに頷いて。

藤沢君がいるから、こんなにも楽しい船出になっているんです」
「…………」

そうなんだろうかと前を向けば、仲間達が紫苑を見て笑っている。
太陽の光を浴びて眩しく輝いた人達がそこにいて、思わず目を細めた。

そして紫苑の頭を優しく撫でる、穏やかな顔の鬼副長。

「お前は、こうしたかったんだろ?」
「……っ、はい……!」

こうやって、皆で笑いながら立っている。
それだけでも、自分が新選組に入った意味はあったのだろうか。

視界を滲ませながら、紫苑はまた破顔した。
















荒波にもまれながらも船は北上する。
船首からじっと青い海を見据える土方の傍に寄る。

気配で紫苑だと気付いているのだろう、彼の空気は静かなままだった。

「お前が必死で守った新選組……俺が守らねぇとな」

上下する船はまるで今の世の中のように激しく揺れている。
呟いたのは、また彼を縛るような新しい決意の言葉。

「……違います。私と、みんなで守るんです」
「何……?」
「もう土方さんだけの新選組じゃないって、前にも言いましたよね?
もう、土方さんに守られないといけないような隊じゃないですから」
「…………」

紫苑は自信たっぷりに笑ってみせた。
その玲瓏さを帯びた瞳は、まさしく土方が惚れてしまったものだった。

「……ああ、そうだな」

自然と両肩の重責を軽くさせてしまうもので。
敵わないなと、土方は苦笑する。

「恐らく蝦夷が最後の戦いの場になるだろう。お前も、今なら……」

言いかけて、首を振る。

「……いや、お前は此処にいてくれ。いてくれねぇと、困る」
「やっと辞めろって言わなくなりましたね」

くすくすと冗談めかして笑えば、不貞腐れたような目で睨まれる。

「お前がじゃじゃ馬なのが悪いんだろ」
「ええ?私のせいですか?」
「……俺に口答えする女は、お前くらいだよ」

疲れたように溜息を吐く想い人の姿は昔から変わらない。
だけど今は受け入れてもらえたようで、紫苑は嬉しくなって微笑む。

「此処にいますよ。土方さんのいない所で死んだりしません」
「だから死ぬなって言ってるだろ。笑ってんじゃねぇ」
「……はい」

目で返事をすれば、渋い顔をしていた土方も頬を緩ませた。

「付いてこい、最後まで」
「……はい」

この先どうなるかわからない。


だけどみんながいる、だから怖くないと思った。






――ながむとてにもいたく馴れぬれば

散る別れこそ悲しかりけれ――











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やっとここまできた。