――願わくはの下にて春死なむ

その如月の望月のころ――









朝が来て、太陽が昇り、沈んで夜になる。
この終わらない循環を何度繰り返してきただろう。
生きている限り、それはこれから先も続いていく。

今日という朝だって、そんな数多の毎日のたった一日にすぎない。
だけれども、心から熱望した特別な日だった。

ただそこに存在しているだけでは今日は迎えられなかっただろう。
抗って、藻掻いて、そうして必死に明日を勝ち取った。

奪われて、奪い返して、誰かの犠牲の上で成り立った自分達の命。
失われた人達と同じように、自分達もいつ桜のように散るのかわからない。
だからこそ、最後の最後まで後悔しない生き方をするしかないのだと紗矢は思う。

守られた平和な世界から一歩外に出れば、眩しい朝日が今を生きる者達を焦がすように輝いている。



「ふわ~あ……あー頭痛ぇな」
「俺も……」

日の光を浴びながら感傷に浸る紗矢を余所に、気の抜けた声を出す永倉と藤堂が玄関から姿を見せる。
彼らはまだ昨夜の余韻が残るのか気怠い様子だ。

「俺なんか腹の墨が酷い事になってやがる」

腹をさすりながら出てきた原田がその二人に並ぶ。
散々どんちゃん騒ぎをして、酒を浴びるように飲んで、花街から出発するようないつもの調子で歩いていく。

(これが最後なんて信じられないくらいだな……)

畏まった挨拶を彼らに望んではいないが、一応の別れだというのに変わらない態度。
だけど、だからこそ彼ららしいなと紗矢が小さく笑っていると。

数歩先で、永倉と原田が此方を振り返った。

「じゃあな土方さん、紗矢も!」
「また会いに来るから、その時まで生きてろよな!」
「っ、うん!」

力強く手を振る二人に、咄嗟に上手い言葉が出なかった紗矢は大きく振り返す事で応えた。

「生きてろ、か……簡単に言ってくれる」
「……そうですね」

隣の土方が苦笑するのを聞きながら、遠ざかる二つの背中を見つめた。

「俺はいつでも来られるから、また顔出すよ」
「うん、楽しみにしてる」

藤堂が紗矢の肩を叩く。

「おう、頼むぞ平助。何なら此処に住んでもいいんだぞ?」
「はは……遠慮しときます」

昨夜の会話を聞いていたのだろう、土方が冗談めかして言うと、
藤堂は引きつった笑いを浮かべながら逃げるように走って行った。

先を歩いていた二人に合流して、三つになった背中が騒がしく動いた。
相変わらずだなと息を吐く土方は、それでもどこか嬉しそうだった。
続くように挨拶を交わした山崎と島田が、その少し後を歩いて行く。

「それでは土方さん、お世話になりました」
「斎藤も息災でな」

土方と紗矢の前に立った斎藤が、深々と頭を下げる。

「ありがとう、紫苑……いや、紗矢。あんたのおかげで、俺は此処にいられる」
「……ううん。こっちこそ、ありがとう一君。ここまで来てくれて」
「いや……元気でな」
「うん」

顔を上げた斎藤の表情は晴れやかで、とても清廉だった。
戦のない世の中になっても、彼は紗矢が憧れた武士の心を持ったままだ。
彼らしい凛とした姿勢で、歩みにだって迷いは感じられない。

一人、また一人と去っていく仲間達が小さくなるまでじっと見つめていると、
仲の良さそうな沖田と千鶴が互いを気遣いながら外に出てくる。

「土方さん……あの、今までありがとうございました」
「いや、お前にも苦労をかけて悪かったな。……総司を、頼む」
「はい」

沖田の兄のような、親のような、悪友のような土方の言葉に、託された千鶴が美しい笑みを浮かべた。
お淑やかではあるが強い瞳の千鶴に、彼女がいれば沖田は大丈夫だろうと紗矢も思った。

千鶴と紗矢は、似たような気持ちを共有しているからか、
言葉はなくとも伝わっているような気がして、互いに笑みを交わして別れた。

「僕、寒いの苦手なんですよね」
「東北から上は何処だって寒いじゃねえか」

千鶴に対してはあんなに優しい表情をしていたというのに、
彼女に見えない位置にいる沖田は相変わらずの憎まれ口を吐く。

「ま、元気でやって下さいよ。暇があれば手紙とか出すんじゃないですか?千鶴ちゃんが」
「いらねえよ。便りがねえのは元気な証拠って言うだろ」

照れ隠しなのは土方も承知で、彼もまたぶっきらぼうに答えた。

紗矢
「……なに、総司?」

飄々としていた沖田が、紗矢の前に立ってじっと此方を見つめてくる。
待っても言葉が来ないので痺れを切らして首を傾げると。

「……今まで、ありがと」
「…………」

少しだけ視線を外して、だけど小さな言葉が聞こえた。
沖田にしては珍しい、呟かれた本音の気持ちに紗矢は驚いた。

試衛館の時から一緒だった彼とは、苦々しい思い出だっていっぱいあった。
ずっと喧嘩仲間のような関係で、仕合いをすればいつも本気で。
自分達は似た者同士だったからこそぶつかって、そして言葉にしなくとも互いの気持ちなんて知り尽くしていた。

直接的な親愛の情を見せた事はないけど、きっと心では誰よりも理解しあっている不思議な関係だった。

「私こそ、ありがとう総司……生きてよ」
「……君こそね」

素直になれない二人には、それだけで十分だった。

沖田はさっさと行ってしまい、千鶴が何度も振り返りながら頭を下げる。
対照的な二人に笑いながら、彼らが消えるまでいつまでも手を振った。


仲間達はそれぞれに旅立っていった。
別離でもなく離反でもなく、皆が皆の意思を持って、明日の為に別れていった。

皆が生きていてくれるだけで嬉しい。
戦わないで生きられる、それをどんなに望んだだろう。

「お前はよく泣くな」
「……すみません」
「悪いとは言っていない」

皆の門出だから嬉しいはずなのに、涙が止まらない。
勝手に溢れてくる涙を悟られたくなくて静かに泣いていたけど、土方にはお見通しだった。

紗矢がするよりも先に、土方に涙を拭われる。

「色々あったなと思ったら」
「……そうだな」

寂しさもある、だけどそれ以上に今までの事を思い返すと様々な感情が渦巻いて涙になった。

ここまで決して楽な道じゃなかった、何度も"ここで終わりだ"と思った事もある。
皆と馬鹿騒ぎしながらも、迫りくる時代の波に恐怖を覚えていた。
守れなかった人もいる、志半ばで散っていった仲間もいる。

それすら踏み台にして、蝦夷までやって来て、縋るようにして生き残った。
先視をして、未来を変えて、狂いそうになって、想い人すら裏切って命を望んだ。

今ここで、こうして立っていられる事が信じられない。
そして仲間達が笑顔で去っていく事も、奇跡のようだった。

だから嬉しくて満ち足りた気持ちになる。
だけど辿った道を振り返って、失ったものを思えば苦しくて悲しくなる、そんな涙。

「寂しくなりますね」
「だが、死にに行く訳じゃねぇ」
「……そうですね」

彼らは言ったのだ、また帰ってくると。
死地に向かう訳ではないから言える言葉に希望を感じた。

(きっと、大丈夫だ)

仲間達と別れて寂しいけど、悲しくはない。
心にはいつだって、皆と掲げたあの誠の旗があるのだから。

「私……土方さんに会えてよかったと思ってますよ。拾ってもらったのも」
「……ああ」

土方と出会った事が紗矢の人生を変えた。
かつて、"お前を拾うんじゃなかった"と後悔の言葉を告げられた事がある。
だけど紗矢はその出会いが間違いだとは思わなかった。
泣いて、絶望して、現実を呪って、だけどそれでも意地を通した。
そのおかげで今こうしていられて、さらには彼が紗矢を見てくれたのだ。

「何度も手放そうとしたが……お前がいなければ俺は撃たれて死んでいた訳だからな。
あいつらともこんな風に話す事もなかったと思う」
「…………」

苦笑しながら言う土方の目はどこか悲しそうで、
結果的には互いに生還したが、彼を傷付けてしまった事には変わりないのだと思った。

「ごめんなさい……だけど私は、たとえ何処かで死んでいたとしても後悔はしなかった」
「本当に、死ぬんじゃねぇって何度言ってもお前は聞かねぇ」

もうわかりきっているのだろう、土方は諦めたような薄笑いを浮かべている。
それが辛くて、紗矢は勇気を出して土方の指を掴んだ。

「だから……これからは歳さんと生きる事が私の役目なんだと思ってます。後悔、したくないから」
「……そうか」

彼を安心させたくて必死で見上げれば、土方の表情が緩んだ。
穏やかに笑い、紗矢の手をしっかりと握り返してくれる。

「なら俺は、もうお前を戦わせないように善処するしかねぇな。お前が本気になったら、おっかなくて仕方ねぇ」

あの覚悟を決めた美しい瞳を見せる時、紗矢はまた土方を置いてでも命を散らせにいってしまうだろうから。
それだけはもうさせたくないが、隣の紗矢はふわりと微笑む。

「また戦になったら、戦いますよ私は」
「馬鹿野郎、何の為に終わらせたと思ってんだ」

"紫苑"の時のような顔をすれば、土方が露骨に嫌そうな声を出した。
五稜郭をここまで落ち着かせる為に大変な尽力をしてきた事を知っているので、紗矢は素直にすいませんと答える。
だけどその気持ちに嘘はなく、それは土方も百も承知なのだろう。

「お前は呑気に笑ってればいいんだよ」
「……はい」

ただそこにいて、笑っていればいいなんて。
"武士"でない紗矢のままでいてもいいのだと、受け入れられている事実に幸せを覚える。

「……近藤さんが、今の俺達を見たら……どう思うだろうな」
「…………」

ポツリと呟かれた名前に、紗矢は振り返る。
近藤の存在はどこまでも大きく、失ってからも彼は近藤の意志を継ぐように生きた。
きっと、あえて口に出してこなかったのだろうなと思う。
新選組を率いる者としての役目を終えた今だからこそ、やっと思いを馳せる事ができるのかもしれない。

紗矢もまた、"トシを頼む"と言われた事を鮮明に覚えている。
どう思うかなんて彼は言うが、今はいない局長を思い描いてみても、やっぱりあの人は笑っている。

「……喜んでくれると思います」
「そうだよなぁ」

手を繋いでいる二人を見て自分の事のように喜んで、もしかしたら泣いたりしてしまうかもしれない。
そんな笑顔が簡単に想像できて、土方は照れくさそうに笑った。

「この景色も、あいつらの事も、見せたかったなぁ……」
「……そうですね」

この瞬間に、此処にいて欲しかったなと思う。
だけど見ていてくれているような気もしている。
近藤を思い出して、悲しさよりどこか温かい気持ちになるから。

チラリと土方を見遣れば、彼も小さく笑っていたから恐らく同じ思いでいるのだろう。
新選組の心と同じように近藤勇もまた自分達の中で生き続けている、そんな気がした。

さわりと、青々とした草木が揺れる音がする。
早朝の澄んだ空気が紗矢の頬をかすめ、晴れた空に抜けていく。

これから自分達は、仲間達はどうなるのだろう。
今は殺し合いをせずに済んでいるが、全てが解決した訳ではない。
話し合い次第ではまた全面戦争になってしまう事もあるだろう。
そうしないように動いていると土方は言うから、平和をただ願うしかない。

仲間達だって、それぞれの場所でどんな騒動が待っているかわからない。
何処かで小競り合いが起きて、大怪我をする事だってあるかもしれない。

(先視はもう視えない)

霊水を飲み、羅刹の効果はほとんどなくなった。
それにより、羅刹となり増幅されていた水鏡としての能力も薄れたのだろう。
何とも形容しがたい、あの不思議な感覚がどんなに引き出そうとしても一向にでてこないのだ。

だけど未来がわからないのが本来なのだろう。
だからこそ自力で現実を生き抜いて、望む未来を選び抜いていけばいいのだと今は思う。
仲間達だって、きっと全力で今を生きているだろうから。

(だからもう、怖くない)

不思議とそう思えるのは、ひとえに掌に感じる彼の体温のおかげなのだろう。
ちらりと隣を見上げれば、強さを帯びた横顔が遠くを見つめている。

(土方さんが傍にいれば何も怖くない)

たとえ再び戦が始まったとしても、紗矢は躊躇いなく彼の隣で刀を握るだろう。
だけど彼と約束したから、自らの命を捨てるような事はもうしない。
何としてでも、二人で生き残れる道を探そうと思う。
彼が傍にいてくれれば、どんな困難が押し寄せてきても大丈夫な気がするから。

(そんな考え方する私は、やっぱり狂ってるのかな?)

他を斬り捨ててでも自分達が生き残ろうとするのは、たぶん最大の我が儘だ。
それでもいいと思ってしまう紗矢の生き方は、健全な人から見たら異質だろう。

「……俺は、狂ってるのかもな」
「えっ?」

考えていた事を言い当てられたかのように土方が呟いたので驚いた。

「そうだろ?この先だって平穏には生きられないとわかってるのに、
お前さえ傍にいればそれでいいと思ってるなんて……どうかしてるだろ」
「…………」

振り返った土方が少しだけ眉を下げて笑う表情を、紗矢は呆けたように見つめた。
彼の言葉は、紗矢が考えていた事とほとんど同じだったから。

「鬼の副長の俺がだぞ?少し前の自分では考えられなかった」
「……私も、似たような事を思ってました」
「お前がそう思ってるのは少し怖いな」
「えー、何でですか」

土方はよくて紗矢は怖い、その不公平さに膨れてみる。
だけど紗矢の方が危ういのは自覚しているので、彼が言いたい事も理解できてしまってそれ以上何も言えない。

「もし、俺が先に死んでも……ちゃんと寿命まで生きろよ」

新しい約束事に紗矢は苦笑する。

「頑張ってみます」
「お前なぁ……」

そこで「はい」と即答できないあたりが、紗矢紗矢たる所以だった。
言う事聞けよ、と土方に鼻を摘ままれる。

「すみません」
「おっかない女だよ、本当に……」

繋いでいない方の手でぐいっと頬を持ち上げられ、至近距離で彼の瞳が瞬く。

「生きるぞ、最期まで。散っていった者達の分まで」
「はい」

それならば誓えると、紗矢は力強く頷いた。
土方もまた小さく笑うと、二人でどこまでも広がる世界を見つめた。


吹き抜ける蒼い空、新緑に覆われた雄大な大地。
時代遅れと言われようとも自分達は此処に立っている。

誰からも求められずとも、誠の意思だけを貫き通して。

狂い咲きの桜のように、命を燃やして、そして生き続ける―――






狂命歌











<完>


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*あとがき*

ついに完結いたしました!
長かった…本当に長かったです(苦笑)
連載開始が2010年なので、驚く事に10年続いていた事になります…
途中で挫折した時期もありますが、一念発起して再開させて何とか終わらせる事ができました。

薄桜鬼、というか新選組が好きなのでかなり熱が入りました。
特に土方さんが好きで、薄桜鬼の土方さんは私が理想に思う土方歳三像にぴったりでした。最高です。
なので、五稜郭で撃たれる土方さんを守りたいという、私自身の執念が投影されてしまいました。

戦う主人公、好きです。
こんなに泥臭くて獰猛な女もいないかもしれませんが、私は気に入っています。
乙女ゲームとかでも戦う主人公は多いですが、支援系や少し非力だったりで自分的には少し物足りなかったので、
ガッツリ前線でばっちり戦ってもらいました。
男らしすぎて土方さんに好かれないんじゃないかとヒヤヒヤしましたが(笑)、
何とか彼女らしい美しさが表現できていればいいかなと思います。

土方さん夢でしたが、他の人物とも仲良くできて満足してます。
他キャラとの恋愛に発展させないようにギリギリで調整しました(笑)

あと、とにかく史実とのすり合わせと、時代合わせに時間がかかりました。
誰かを動かしたいと思っても、その時実際はそれができる場所にいなかったとか、
そういう事がないように一人一人の史実の動きまで結構調べました。
まぁ途中から史実がねじ曲がるので、そこからは少し自由でしたが(笑)
時代合わせは、使いたい表現がその時代にあるかどうかの確認作業ですね。
例えば"道路"という単語を使おうとして、道路って言い方はいつからしていたのだろうか、とか。
英語とかはもちろんですが、なるべくその時代らしい口調にさせるように気を遣いました。

後半はとにかく、どうやったら新政府軍に勝てるのかを考えるのが最難関でしたね。
全くの素人なので戦術とか考えるのは本当に大変でした(笑)
未来が読める設定にしたのに、意外と不便なので苦労しましたし。

全員でベストEDを目指した話でしたが、いかがだったでしょうか。
かなり長編でシリアスで辛い部分も多いですが、読んでよかったと思えていただけたら幸いです。

本編はこれで終わりですが、追加でその後のおまけ話が一話あります。
本編後の日常のような位置付けなので、こんな風に生活してるんだなと軽い気持ちで読んでもらえたら嬉しいです。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

妃瑪―――2021.1.10