4・満月の酒盛り






割れんばかりの歓声が戦場に響き渡る。
我が軍が勝利した証だった。

だけど、この圧倒的な勝利に思わず顔が歪んでしまう。
嬉しさにではなく、この見渡す限りの死体の平原に。

戦の前、三成様もこの作戦には眉をしかめていた。
さらにはその上の秀吉様も苦い顔をしていたという。
敵総大将を倒せばそれで戦は済むのに、他の武将、さらには城下の民までをも根絶やしにせよという命令。
その残酷な命を下したのは、山の上に鎮座する総大将・織田信長。


……織田信長……


思わず山を睨むようにして唇を噛んだ。
仇であるはずの人物なのに、どうして私はその織田軍の中にいるのだろう。

私の主である三成様は確かに義によってこの戦の時代に望んでいる。
でも、更にその上の主君があのような者であるなら、それは全く意味のなさない義。

今も昔も、私は平和な正しき世を望んでいた。
織田信長によって私の平和だった世界は壊れ……そして今も、背後には死体しかない。

織田信長が作る地平の向こうに、平和など見つかるのだろうか。
いや、見つかるはずがない。

何故ならずっと、私の心は当時のまま。
八年間ずっと……信長を憎んでいた。


私の槍は結局、何も生めずに終わってしまうのだろうか。
こんな事の為に、生き長らえてきたんじゃない。





「さあ祝杯だ!」
「「「「「オオオオゥ!!」」」」」



勝利の宴として武将達に大量の酒が振る舞われた。
おそらくこれを目当てに戦っている男もいるだろう、皆先を争うように酒を呷る。

私は小隊員達に「ほどほどにしてくださいね」と念を押し、喧騒から離れた。
戦いの後で血がたぎっている男達にさらに酒が入るのだ、女の自分は非常に危険だ。
普段はそんな気がなくても、この様々な要因から常に私は危うい目で狙われた事がある。
ある程度人気のない、でも人気がなさすぎてもいけないので、ほどほど静かな場所を見つけ縁側に座った。


「……満月…」


真っ暗な闇に一際淡く光る白い月。
……あの頃は、主と一緒に団子を食べながらよくこんな風景を見ていた。



―――「藤姫、知ってるか?満月の月の中には兎がいるという話だぞ」

「もう!藤姫なんて子供扱いしないでください!それにそんなお伽噺信じませんよ!」

「そうか?ほら、よく見て……うっすら兎の影が映っているだろう?」

「……ほ、本当です!う、兎がいます!どうしてあんな所にいるんですか!?」

「ははは……可愛いなぁ、綾葉は……」――――



もう記憶の中にしか存在しない、大事な大事な人。
どれだけ想っていてもやはり自分は子供で、彼は大人だった。
彼を背負いたかったのにいつも背負われていた。

あと数年すれば、私の年は彼に追い付く。



月の光を取り込もうと目を閉じ深呼吸をしようとした所に、
誰かが近づいてくる音がしたので綾葉は目を開けた。

「すまぬ、先客だったか」
「……っ!」

鎧もあの目立つ兜も脱いでいるので一瞬誰だかわからなかったが、
その大きな身長、猛々しい目はまぎれもなく、あの徳川家康の家臣・本多忠勝だった。

「ならば他をあたろう」
「い、いえ……っ!私はもう行きますので、どうぞ……っ」

遠くにいてもその戦ぶりが轟くほどの猛将を前にして綾葉は身を震わせた。
忠勝の武器を持ってすれば自分など一瞬で真っ二つにされてしまうだろうし、
もしかしたら片手でも女の首ぐらいなら簡単に締めてしまえるだろう。

しかし戦場で見る姿とは違い、ここにいるのは物静かな雰囲気。
本当にどこか落ち着ける場所を探していたのかもしれないと思い、多少うわずった声だったが呼び止めた。

「いや、拙者が後から来たのだ。気を遣わなくても結構」
「は……はぃ……失礼します……」

もしかしてここにいろって事なんだろうか。
……それはちょっと、いやもの凄く辛いんですが。

しかし誘い(私は半分脅しに近いと思うけど)を断る訳にもいかず、綾葉は渋々縁側に腰掛けた。
忠勝もそれにならいドッカリと腰を降ろすと、酒瓶を隣に置いた。

「……そなたは見かけぬ顔だな」
「あ、はい、秀吉様に従軍しています綾葉と申します」
「なんと、女子の身で武士であったか」
「いえ……まだまだ未熟です」

綾葉が恥ずかしそうに顔をそらしたのを特に気にした風でもなく忠勝は軽く笑っていた。

「拙者の娘もまだ十になったばかりなんだが、武技ばかり磨いていてな」
「十でですか?それは、さぞ素晴らしい武将になるでしょうね……」
「親としては少し複雑ではあるがな」
「……そうですね」

やはり、十歳の子供が剣ばかり持っていたら不安にもなるだろう。
女子であるのだから女子らしい事をしてほしいし、一緒に戦いたいなんて言ったらこっちは心配でしょうがないと、
親になった事のない私でも考える。

乱世に埋もれる自分達……せめて、子だけは幸せにと。


………私も、あの人にとっては子供だったのかもしれない。



(……ここは、空が同じだ………)


記憶に流れて行きそうになる頭を振り回して、様子を窺っている忠勝にポツリと尋ねた。

「……忠勝様は、今日の戦……どう思いますか?」
「………綾葉殿はどう思われた」

逆に聞き返されて綾葉は思わず言葉に詰まる。

「……辛かったです……わかっては、いるんですけど……」


人を斬る事にはもう何も感じはしない。
ただ、逃げまどう民をも切らなければいけないなんて……そんなのは正義じゃない。

辛い……心が痛い。


忠勝は酒を飲み、そして月を仰いだ。

「今は耐えねばならぬ時。
我らは信じた主君の為、そして望んだ未来の為、ただ戦わねばならぬ」
「……そう、ですね」

結局はそういう事なんだ。
三成様を、最後の主君と決めた……だから今は、耐えなくちゃいけないんだ。


「お互いの主君の為頑張りましょうね、忠勝様」
「そうだな」


それから、また忠勝様のご息女の話を酒の肴にしながらしばらく談笑しあった。



闇の空に浮かぶ満月。
あの頃と同じ景色が、私を見定めていた。











Back Top Next



信長様、酷い人扱い(魔王ですから(笑)
それと三成様以外に他の武将と出会わせたかった話。
忠勝様の娘は稲姫ですな。時代が古いのでまだ10歳。
……っていうか忠勝の一人称は拙者でしたっけ?違う気がするけど似合ってるからそのままで(笑)

一応史実とゲームに乗っ取って連載してますが、
ドリームなので適当に変えちゃってます。
これからも時々おかしな事があると思いますけど、まぁ軽く受け流していただけると嬉しいです。

ちなみに藤姫は子供の頃の愛称らしいです。