失敗した。

左腕に閃光が走り、次には赤い血が溢れていた。
痛みはない、おそらく左腕が一時期だけ麻痺している。


戦況はまだ良くはならない。






5・傷の裏側






血が止まらない。
手のひらまで伝ってきた液体で槍を支える左手が滑る。
しかし痛みがないのが幸いして槍を持つ両手にあまり支障がなかったので、隙をついて一気に敵を薙いだ。

綾葉殿!」

小隊員達が心配そうな顔を向けてくる。
この辺りの敵はもうほとんどいないので、残党を小隊員に任せて綾葉は林の木陰で武具を外した。

これならまだいける……!

傷の具合を確かめ緊急用の薬草と傷布をきつく巻き付け、患部がわからないようにその上に武具をずらして付けた。
どうせ全身は返り血で真っ赤なんだ、自分の血か他人の血かなんて見分けがつかない。


戦線に戻り小隊員達をまとめ、次の拠点に向かおうとしたその時、
味方の兵がこちらへ走ってくるのが見えた。

「伝令!西の陣に敵が侵入した模様!」
「え…!?」

西の陣には三成様がいる。
一瞬最悪の出来事まで予想してしまった綾葉は青ざめた顔で即座に馬に飛び乗った。

「この辺りはもう制圧しました!全員西陣に向かいます!」

途中にいる伏兵には馬上から槍を振り回しながら、馬をこれ以上もないぐらい酷使して走った。

既に左手にはジクジクと痺れのような痛みが戻り始めていた。

麻痺が完全に消えてしまったら、おそらく痛みで槍が持てなくなる。
左手が使えなくなったら剣でも何でも拾って右手だけで戦えばいい。
だけどそれで主を助けられるのだろうか、確証はない。


お願い……もう少しだけ麻痺していて……っ!


綾葉は左手を何度も握ったり開いたりしながら、敵が群がる西陣へと飛び込んだ。


「三成様!」
「っ、綾葉か!」

馬から降りて三成の周りを一掃するように槍を閃かせた。
最悪の事態にはなっておらず、まだ三成の顔にも疲労の色は見えない。

「持ちこたえろ!」
「はい!」


……三成様は本当に、舞うように人を斬る。
知将であるはずなのに、戦いにおいてもおそらく自分以上の腕を持った人。
赤黒い血が平然と流れるこの地で、三成様の赤い扇だけは綺麗だと思った。


「はぁっ!」


反対に自分は随分疲労が溜まっているはずなのに、気怠くはない。
背後に守るべき主がいるというだけでこんなにも気迫というものは変わるのだろうか。

私は今、生きている。
守るべき人を守りながら、戦う為に習った槍を操りながら。


ここでなら、私は死んでもいい。


「……っ!」


痛みが戻ってきた。
このままではじきに槍が持てなくなる。
それでも、いい。

ここを守りさえすれば、三成様の義がいずれ……世を平和にするだろう。


幸せだった、あの頃のような日々が……誰かに降り注ぐだろう。



「名のある武将とお見受けいたす!」
「っ!」

現れたのは伏兵の将だろう、一際身にまとう殺気が違う。
左手が強く握れなくなってきている、それでも引く訳にはいかない。
彼を倒せば、ここは守りきれる。

「私がお相手いたし―――!?」

急に首根っこを掴まれて後ろにはじき出された。
綾葉は何が起こったのかわからず顔を上げれば、そこには三成の背が立ちはだかっていた。

「邪魔だ、これは俺の相手だ」

冷たい目が私を縛り付ける。

「な……三成様はお引きください!」
「いらぬ、お前の力など俺には何の助けにもならぬ!」
「……っ!」


それは、私は必要ないという事ですか……?



――「いやです!私も戦います!」――



……私の生はまた、何の役にも立たないという事ですか……?











敵武将を討ち取り西陣を防衛した後、ほどなくして戦は勝利で終わった。

三成と秀吉もまた、勝利を分かち合うようにして城へと退却していく。
それをある程度遠い距離から綾葉はただ見ていた。

主に必要ないと言われたら、もうこれ以上近づけはしない。
策を脱し、本来いるべき場所ではなく主の元へと走った自分をいらないと。
駒は駒らしく前戦だけにいればよかったのだろうか。


綾葉
「え……あ、は、はい……!」

俯いていた所に、遠くにいたはずの三成の声がかかって綾葉は動揺した。
冷たい目ではなかった、だけどその表情は不機嫌で苛立ちがこもっていた。


斬られるの、かもしれない……


「降りろ」
「…………はい」
「そこへ座れ」
「…………はい」

臣下失格だ、と半ば覚悟を決めつつ馬から降りて指定された岩に座る綾葉
首をはねる為の刀を抜くのだろうと思っていたが、何故か三成はその怒りの目で近づいてくる。

「……ぅっ!」
「……やはりな」

三成は突然綾葉の左腕の武具を外し、その下にある真っ赤な布を剥がした。
塞がれていたものが外され、再び鮮血がそこから溢れ出す。

「まともに武器が持てない状態で戦いを挑むなどただの馬鹿がする事だ」
「……!」


敵に悟られたらこちらが不利になる、そう思って隠していたのに。


三成は代わりの綺麗な布を巻き付け、痛いほどそこを締め付けた。

「あ、あの……気付いてらして…」
「当たり前だ」

全く表情を緩めないまま患部の状態を観察している。
包帯で強く圧迫していても真っ白なそれは少しずつ赤みを増していく。

「血が止まらぬな、後で止血の薬を飲め」
「は、はい……」

急に右腕を強く引かれ立ち上がらせられる。

「帰ったらすぐ軍医の所へ行け」
「………」


綾葉はポカンと呆けていたと思う。


自分の主に優しさなどなく、臣下を駒のように扱う人だと思っていた。
実際にそう言っている武将達も少なくなかったし、主の一言一言は冷酷冷徹なものではなかったけど、
確かに相手を不快にさせるような言葉を平気で使う。

突然「邪魔だ」と言われて、どういう意味かわからなかった。
だけどそれは、私が怪我をしていたから無理をさせないように言った言葉だとしたら……

そうだとしたら……私は、そして皆は……三成様を誤解していた……?


「なんだその顔は」
「……いえ……手当てして頂けるとは思ってなかったので……」

三成様は終始不機嫌だった。
私の策を無視した行動を怒っている訳ではなさそう……では何故?

「俺が自分の臣下の手当てすらしない人間に見えるのか、お前は」
「す、すみません……そういう訳では……」
「嫌なら手当てされないように振る舞うんだな」

今度こそ本当にあんぐりと口を開けてしまった。

とてもわかりにくいけど、もしかして……怪我をしたら手当をしてくれるという事なんだろうか。
臣下を手当てするのは当たり前だと……そう言っているんだろうか。


あの不機嫌顔がもしかして本当に怒っているからのものではなかったら。


「……ありがとうございます、三成様」

そう言って微笑んでみたら、彼は怒った顔のままプイッと顔を反らし行ってしまった。
それが、余計に彼の性格を物語っているように思えて。


さっさと歩いていく鷲色の後ろ髪を見つめながら、真新しい包帯が巻かれた左腕に触れてみる。
たぶん、私の顔は本当に綻んでいただろう。



私の主は………もしかしたら、とんでもなく…………












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余談ですが三成様とヒロインは同い年。
ヒロインに無理させないと三成様のツンデレが出てこなくて大変です。

ちょっとずつ、一歩一歩近づいていって……ますよね?