傷口は深いものだったらしく、結果何針も縫う事になってしまった。
怪我が完治するまで戦にも出られず稽古すらできないという事で、綾葉は特にする事もなく城をうろついていた。
数日間は出仕は控えて部屋で大人しくしていたけど飽きるものは飽きる。
他にする事と言えば三成様の部屋にお茶を持ちに行くぐらいだが、
さっき顔を見せただけでもの凄い形相で「怪我人は帰れ」と言われてしまった(やっぱりこれも、そういう事なのかな?)
そして大人しく読書できるような書物がないと言ったら、なんと書物まで貸してくれた(そこまでしてくれるとは正直思わなかった)
いくつも読み込んだ後がある書物を数冊借り(でも軍事書なんて私が読めるのだろうか)、
なんとなく嬉しい気持ちを抑えつつ私室への廊下を歩いていた。
6・桜の陽炎、見えない藤
「あ、綾葉そんな所にいたんだ」
「おねね様……」
おねね様は三成様や他の武将達の母親的な存在の方で、いつも私の事も気に掛けてくれていた。
怪我をして安静にしている事を聞いてよく部屋にも遊びに来てくれる。
「どうしたのそれ?」
「先程、部屋で読書するものがないと言ったら三成様が貸してくださいました」
「え~?これ全部軍事書じゃないの!もう三成ったら、色気がないんだから」
やはり母親が子供を怒るようなねね。
綾葉はそれを見て思わず顔が綻んだ。
「いいんです、三成様に貸して頂いたって事だけで嬉しいんです」
読めるかどうかはともかく、私の為に何かしてくれたという事実が嬉しかった。
怪我の手当てをしてくれた時も、さっきの「帰れ」と言ったことも……たぶん、私を心配してくれたのだろう。
「ん~~~綾葉はいい子ね~~~!」
「お、おねね様……」
ねねは感動したとばかりに綾葉を抱きしめる。
ついでに頭まで撫でられて、思わずねねを見つめた。
おねね様は、本当に優しくて包み込んでくれるような方。
「あの子は生きにくい子なの……これからも、あの子の傍にいてくれる?」
「……はい、出来る限りお傍におりたいと思っています」
三成様は私の最後の主君だからと、言葉にはしないけどそう主張するように綾葉は胸を張った。
「可愛いね、綾葉。そうやって笑ってるほうが可愛いよ」
「……っ」
……おねね様はまるで、あの方のように……私を慈しんでくれる。
「失礼しますおねね様……秀吉様がお呼びですのでどうかお戻り下さい」
ちょうど人が来たので、綾葉が僅かに肩を震わせたのには誰も気がつかなかった。
「え、もう~……でもうちの人がお呼びなら仕方ないわね、ごめんね綾葉」
「いえ、私は大丈夫です」
動揺しているのを悟られないように笑うと、おねね様は手を振って行ってしまった。
部屋に戻る途中、ふと目に入ったのは中庭の桜の木。
あの頃、桜の木の下でよく……三人でお茶をしていた。
光のようなあの人と、花のようなお方。
――「綾葉……!」――
遠くから嬉しそうに走ってくる姿は本当に花のようで。
「可愛いね」と頭を撫でられたり抱きしめられたり……
私よりもあの方のほうが可憐で綺麗で、あの人の傍にいるのがふさわしかった。
――「藤姫、おいで」――
二人の微笑みはいつも私の胸をキュンと切なく締め付けて、でもそれ以上に温かかった。
柔らかい世界がいつまでも続くように……二人も、そして私も願っていた。
――「大好きよ、綾葉……貴女がいてくれてよかったわ」――
――「綾葉……お前には、幸せになってもらいたいのだ」――
私の名前を幸せそうに呼んでくれたあの二人は……もういない。
急に部屋におねね様が来て何事かと思えば、「綾葉にもうちょっと気の利いた書物を渡せ」という事だった。
軍事書は小隊を率いる者として読んでおいて損はないものであるから十分気が利いていると思うが、
おねね様には不満だったらしい。
――「先の戦で怪我をおして三成を助けに来てくれたんでしょ?そのお礼は言ったの?
ちゃんとお礼も兼ねて、もっと楽しそうな書物を渡してくるのよ?」
何故俺がそこまで……そう思ったがおねね様に言い寄られてしまっては何も言い返す事ができない。
確かに、あの時の礼はしていないが。
重い腰を上げて綾葉の部屋へと向かっていると、中庭に続く縁側で綾葉は座っていた。
部屋まで行く手間が省けたと声をかけようと思ったが、できなかった。
「…………」
おそらく一呼吸も終わらないほどの一瞬だったと思うが、それは見間違いではなかった。
今まで自分が見たことのない顔で、こちらの気配には気付かぬほど一点を見つめ。
…………泣いていると思った。
確かに涙は零してはいなかったが、朧気な瞳が揺れていた。
「……あ、三成様」
「………………っ」
俺に気付いたかと思えば、すぐさま先程の顔が嘘のように微笑む。
「どうしたんですか?」
「……その……おねね様に、もっと気の利いた書物を渡せと、言われたのでな」
しばらく声がかけられず見ていたなどと悟られないように持っていた書物を渡した。
書物の山の奥の方で見つけた、ほとんど読んだ事のない文学書。
「え、わざわざ持ってきてくださったんですか?私はこれでも十分嬉しいんですけど……ありがとうございます」
「……いや」
ただ書物を貸しただけなのに嬉しいと言われ、思わず目を反らす。
しかし、やはりどこか綾葉にはいつもの覇気というか生気がなかった。
怪我が痛むのだろうか。
「部屋に戻ってろと言わなかったか?」
「……すみません、すぐに戻ります」
俺の機嫌が悪くなったと感じたのだろうか、綾葉は軽く礼をすると背中を向けた。
しかし怪我を労るような仕草もなかったから痛みで泣きそうだった訳ではなさそう。
では、何故?
「…………」
綾葉の見ていた先には、満開の桜の樹。
常人であればあのような桜を見て感動したり、酒盛りでもする所だろう。
なのに何故、彼女は泣きそうになっていた?
「……桜は、嫌いか?」
ふと口をついて出てしまったのを聞いていたのか、綾葉は幾分遠くなった距離から振り返った。
不思議そうな顔をしていたから、嫌いではないのかもしれない。
………ならば、何故?
臣下であるはずの彼女がわからない。
元々興味があった訳でもないし、臣下に対してそこまで立ち入った話もする方じゃない。
むしろ策を練っていく上で私情は邪魔だとも思っている。
しかし今、わからない事が不快で堪らない。
「三成様は好きですか?」
「は?」
突然何を聞かれたかと思ったが、それが桜の事だと理解して考えを巡らす。
「……別に、好きでも嫌いでもない」
何とも思わない、どうでもいい部類に入る。
特に話が弾むような解答ではなかったが、綾葉は気を悪くしたようには見えずただ笑っていた。
「なら私も三成様と似たようなものです」
いつもとは違う、影が差し込んでいる微笑。
「……好きだけど、嫌いです」
「………」
綾葉の事がわからない。
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ウチのツンデレ三成、やっと興味を持つ段階までやってきました。
たぶん、そろそろヒロインの過去がバレてきそうです。
でももうちょっと粘ります。(何で?)