「え……私の隊がですか?」

今、秀吉様の軍は信長の命を受け毛利方諸城を攻撃している。
そして今度は備中高松城を攻めることになった。
高松城は周囲を沼地に囲まれ難攻不落を誇っていたため攻城戦は長引き、決着が付きそうになかった。
秀吉様が降伏を勧められたが、城主の清水宗治はそれを受け入れない。

そこで、水攻めを行う事に決定した。
たしかに今は梅雨の季節、雨は多いし沼地は水が溜まりやすい。
城の周囲に堰を作り、雨で増水させて一気に城と外界を遮断する気なのだろう。

そして堰を完成させ多くの敵兵を一点に集める為に、綾葉には陽動部隊の一員として動いてほしいとのことだった。

「陽動部隊に適しているのは今の所お前の隊だろう」


一歩間違えば、敵兵もろとも水に流されて死ぬ。
そんな危険な策に、三成様は私を使おうとしてくれている。


「やれるな?」
「はい、必ずやご期待に添えたいと思います」

不安はなかった、重要な任務を任されたという事は……認められたという事。

「………気をつけて行け」

三成様のポツリと呟かれた言葉だけで、もう十分だった。






8・鎖をはずした獅子






「三成、いいの?」
「何がですか」

三成にあてがわれた陣幕で、ねねは背を向けて筆を進めている彼に話し掛けた。

「次の作戦……危険なんでしょう?綾葉を入れてよかったの?」
「あれならできると思って入れました。できない奴にはやらせません」

三成は特に反応する事もなく淡々と物を言った。

「心配じゃない?」
「……あれは槍の腕の他にそれなりに洞察力も備えているので、何も心配はいらないと思いますが」

ねねは溜息をついて、困った子供に諭すように三成を覗き込んだ。

「そうじゃなくて……わかってる?綾葉は女の子なのよ?もしまた怪我したらとか……最悪な場合、死んでしまうのよ?」
「怪我なら今までにも何度も経験しています。それに戦に出る者でしたら、それくらいの覚悟当たり前でしょう」
「…………生きにくい子ね、本当に……」
「仰っている意味がわかりかねますが。臣下として認めているから仕事を与えたのです。いけませんか?」

そんな事はねねだってわかっている。
心配だから外せ、なんて言う気は毛頭ない。

そういう事ではなくて、三成の気持ちを聞きたかったのに……

「あの子は……三成を心から信頼してくれてる……数少ない子よ?」

そう言い残すとねねは出て行ってしまった。


……おねね様の言っている事がわからない。
確かに危険な陽動だが、あいつの腕は認めている。
おねね様の言う『心配』がないと思ったからこそ参加させた。
怪我や死など、あれもそれなりの覚悟をしているはずだろう。それを、何故今更?

「……意味がわからない」

あれが俺を心から信頼している、それが何だというのだ。
信頼で戦に勝てるのなら苦労しない。

無駄死にさせるつもりなどないし、できると思ったから入れたまでだ。
それでもし死んでしまうのなら、恐らくこの先でも生き残る事は不可能だろう。

……そうだろう?


「………………」

ふと、筆が止まった。
その理由に三成は気付きもしなかった。











陽動部隊と合流すると、その中心には部隊の指揮をとる福島正則がいた。
秀吉様の片腕とも言うべき勇将、だけどそれ故に裏方に回る事の多い三成様をあまり良く思っていないようで、
城にいても時々綾葉を見つけては軽く嫌味を言っていく人だった。

挨拶するのは非常に面倒だったが、一応参加する旨を伝えねばとその中心に向かった。
彼は綾葉の顔を見るやいなや心底嫌そうに眉をしかめた。

「三成の所の寵姫ではないか。ここはお主のような者が来る所ではないぞ」
「……既に聞き及んでいる事と思います。不肖の身ですが私もご助力いたします」
「ふん、誰も女の手など借りぬ」

正則の周りにいた男達からも失笑が漏れる。

「どうせその体で三成をたらし込んだのだろうが、俺には通用しないぞ」
「いえ、滅相もございません。我が主は人を性別で判断するような方ではありませんので」

綾葉はただ一度も視線を反らさずに正則を感情のない目で睨んだ。

「お前の主は良い身分だな。
寵姫を遊ばせ、さらには我らに前戦を押しつけ、己は後ろでのうのうと見ているだけとは」
「主には主のすべき事がございます。それに、陽動部隊に何人も勇将がいたら目立ってしまうでしょう」
「…………ふん、口先だけは達者な女だ。
ま、寵姫がこんなむさ苦しい所で何されても我らは一切関与せぬがな。お前の大事な主にでも泣きつくといい」

正則は不吉な言葉を残して興味をなくしたように去っていった。
顔色を全く変えずにいた綾葉に対して、後ろにいた1人の小隊員が拳を振るわせていた。

「いいんですか、言わせておいて!」
「……いいんです。これ以上言い返せば三成様の風あたりがさらに悪くなってしまいます」

実の所綾葉も小隊員ぐらいの怒りは感じていた。
自分の事など言われ慣れているからどうでもいい、だけど三成様の事を悪く言われるのだけは許せない。

しかし秀吉様の片腕というだけあって、何も言い返せない。
できる事なら殴り倒してでも訂正させたいが、それをしたらさらに三成様が恨まれる。

上下関係とは、時々本当に面倒だと感じる。
秀吉様の義に集っている集団のはずなのに、個々の考えはまるで違う―――



「おお~ホントに女がいるぞ」
「本当だぜ、しかも豪傑な男女かと思いきや、可愛らしいお姫様じゃねぇか」

怒りを沈ませようとしていた矢先に、噂を聞きつけてきたのか野蛮そうな男達が集まってきた。
ガハハと下衆な笑いが方々でおこる。

「……何だと、俺らの隊長さんに向かって――」

後ろにいた隊員が飛び出していきそうになったが、それよりも先に綾葉が前に出た。

「お姫様かどうか、確かめてみます?」

そう言うと槍を構えた。
綾葉は確実に……殺気を放って薄ら笑っていた。




「……今、非常に虫の居所が悪いですから手加減できませんよ?」


綾葉殿を怒らせたらいけないと、その場にいた誰もが心に誓った。




そうして、その場に立っているのは綾葉だけになった。

「申し訳ございませんが、まぐれで生き残ってきた訳ではありませんので」

綾葉はフンッと倒れている男達を見下ろすと、遠巻きに周りを取り囲む奴らにも槍をつきつけた。

「皆様も、お相手してさしあげますのでいつでもどうぞ」

完全に戦う気をなくしている男達は、もう相手になろうとは思わない。
目の前の女が1人で生き抜いて来れた理由というのを、皆おおよそ理解できた。


「私は一向に構いませんが……あまり体力を消耗されると、明日の戦に生き残れないと思いますけどね」


それはいくつもの戦場で行ってきた、綾葉にとってはいつもの光景だった。











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高松城攻略前編。備中は今の岡山。
面白い事にヒロイン、信長様だけは呼び捨て(笑)
正則はモブ武将のままです。福島さんスキーにはごめんなさい。

8年間男だらけの戦の中で生きてきたので、実はヒロイン強気なタイプです(主以外には)
主には従順な猫、でも他に対しては獅子。
環境が環境だけに複雑な性格です。屈辱とか恨みとかを人一倍感じてきた子なんで。

たぶんヒロインには友達がいないだろうな。
数年間主に尽くす事しか興味なかったので、友達の作り方をおそらく知りません。
友達ができるような環境でもなかったもんですから(できてもすぐ死にそう(え?)
同志ならいくらでもいそう。